第153話 心中読み合いの死闘
現在事件現場には、騒ぎを聞きつけて急行した第7支部の兵士たちが集結。あちこちに人員を散らしてその場の検証を行っていた。
「え……っと……? つ、つまりその……どういうことですか……?」
「ですから消えたんです!! ユウヤさまがこの街をめちゃくちゃにした敵と一緒に、消えてしまわれたのですわ!! その敵の術か何かに取り込まれて!!」
そのうちの一角、焼け焦げた民家の瓦礫の上に立つ2人の女の子。雄弥の状況の一部始終を一生懸命に説明するセレニィと、その言葉に頭を抱えるユリンである。
「消えて……それからは?」
「分からないのです!! 私もこのあたりは全部見ましたが、いくら探しても見つからないのです!! ……い、いえ……!! あっちの方はまだ行ってませんわ!! 私、見てきます!!」
「お、落ち着いてくださいセレニィさん! あとは私たちに任せて……! ね? 大丈夫、大丈夫ですから……!」
ユリンは顔を真っ青にするセレニィをなだめると、雄也と謎の敵がそろって消えたとされる地点にやってくる。
そこではジェセリを含めた4、5人の兵士たちが、何やら機械などを用いて調査を行っていた。
「ジェス! どうですか? 何か検出されましたか?」
「ん、おおユリン。……いやぁ〜それがさ、参ってんだわ」
「? な、何がです……?」
彼女に見せられたジェセリ・トレーソンの顔は、腐ったピーマンでも丸かじりにしたかのように苦々しいものだった。
「出たよ。ユウのヤツのと、ここでムチャクチャに暴れたクソ野郎のらしき魔力がな。……ただ、妙なんだ」
「妙……?」
「消えちまってんだよ。ここで、この地点で。ぷっつりとよ。移動した痕跡は無ぇ。歩いても、空を飛んでも、地中に潜ってもいねぇ。なのに消えてやがる。一切の足跡を残さず、蒸発でもしたみてぇに」
「じゃあ……セレニィさんが言ってたことは……!?」
「ああ……どーも、そいつを言葉通りに受け止めるしかねぇらしい。死んだような痕跡も無ぇのが救いだがな……」
ユリンは、胸の前で合わせた両手をぎゅッと握りしめる。
『ユウさん……どこへ……!?』
ガシィ!! とぶつかり、交錯する。火傷や生傷の痕で覆われた右腕と、黒甲冑に包まれた右腕が。
ユリンたちの心配の的である雄弥は現在、屍肉で形作られたような異空間で交戦中である。
『ーーおかしい……』
その最中、雄弥は自身の心中に引っかかる違和感に気づく。
『コイツ……このザナタイト……何かがおかしい……!』
その原因はこの敵、ザナタイト。指先を鋭利に尖らせた手掌を振るい、鉄塊の手応えを軽々と上回る装甲で固めた脚を薙いでくる、この得体の知れない敵である。
発言の内容が不可解・不明瞭なのは今に始まったことじゃない。この違和感は、それ由来のものではない。
『コイツ……さっきから俺を……俺の考えてることを分かってるみてぇな動きをしてやがる……!』
雄弥が足払いを仕掛けようとすれば、1手先に宙へと飛び上がる。雄弥が顔面を殴りつけようとすれば、今度は2手早くしゃがみ込んで回避する。ザナタイトは戦闘開始時からこんな予知じみたことを繰り返しているのだ。
『いや……それだけならいい。それならただ、カンのいいヤツだ、で済むんだ。何より気持ちワリィのはーー』
その時、ザナタイトが右脚での回し蹴りを見舞ってくる。
ーー雄弥は即座に避けてみせた。
蹴りを、ではない。
その蹴りを"囮"に……"フェイント"にして放たれた、左前腕部からの魔力光弾攻撃を、である。
『これだ……!! これが何よりの違和感!! 俺にも分かる!! 俺にも、このザナタイトの思ってることとか、動きとかが分かる!! 視界の外からの攻撃にも、全然ビビらず対応できちまうッ!!』
通常であれば喜ばしい限りであろう。
兵士としての成長。積み上げられた経験の活用。強敵たちとの激戦の成果。ポジティブな捉え方はいくらでも出てくる。
……だがいくら単細胞の雄弥とて、そこまで自己を過大評価することはできなかった。
『これが俺の成長の証だってんなら、こんな気色悪い感覚になるもんか……!! まるで戦いの何もかもが、お膳立てされてるみてぇだ……!!』
『"相手の動きに自分が対応している"んじゃなくて、"相手が自分に都合よく動いてくれてる"ような……!! これじゃあ、サンドバッグとなにも変わらねぇじゃねぇか!!』
『……いや、違う……!! もっとだ……!! これはもっとひどい……!! これはそう、まるでーー』
「ーーフフ……ドウシタ? マルデ自分自身ト殺シ合ッテイルヨウ、トデモ感ジタカ……?」
「!! こ、この野郎……ッ!!」
ザナタイトはやはり、彼の思考を読んでいた。隅々まで。彼が秘めた違和感さえも、あっさりと白日の元に晒してしまう。
心中を看破された雄弥は一旦その場を飛び退き、ザナタイトとの間に距離を作った。
「てめぇ一体何者だ……!! 誰なんだ……!!」
「ソレハ貴様ガ決メレバイイ……。私は貴様ノ血肉デアリ、五感デアリ……アルイハ貴様ガ過ゴシタ時間ソノモノトモ表現デキルカナ……?」
「答えになってねぇんだよ、ボケ!! そこまで知ったふうなクチきくなら、俺が底抜けのマヌケだっつーこともご存じなんだろうが!! 分かるように言え分かるように!!」
「……ソウダナ……ナラバ、1ツダケハッキリサセテオコウカ」
するとザナタイトが突然、ゆっくりと右手を前に掲げだした。
「貴様ハ自分ト私ガ、同類……同格トデモ感ジテイルノダロウガーー」
「ッ!?」
その時、雄弥は自身のすぐ背後……背中スレスレの位置から寒気を感じ取った。
ザナタイトはいまだ彼の眼前にいる。コイツが瞬間的に回り込んできたワケではない。だがこの悪寒は……間違いなく攻撃!
雄弥は当然すぐさま振り返る。頭より先に、瞳の端に背後の景色が映る。
……そこにあったのは、黒紫色の光弾。魔力でできた光弾。ザナタイトが放った光弾。
宙に浮いていた。静止していた。雄弥のすぐうしろで。
『コイツは……!! さっき俺が躱した……!?』
ーーパチンッ。
「ぐあああああああッ!!」
彼の首が回りきらないうちに、その光弾は炸裂した。ザナタイトのフィンガースナップに合わせて。
「がっは……ッ!! うぐ……ぐぅあ……ッ!!」
爆風で吹き飛ばされた地点で、焼け焦げた背中の激痛に悶える雄弥。
彼の背後で忍んでいたのは、つい先ほど彼がフェイントを見破って回避したあの光弾。あさっての方向に飛んでいったはずの攻撃術であった。
「ーー心外、ノ極ミダ……。身ヲ過ギタ力二振リ回サレルダケノ貴様ト一緒二サレルナド……」
ザナタイトは指を鳴らした姿勢のまま、地表でのたうつ雄弥を嘲笑う。
『な……なんだ……ッ!! 狙いを外した光弾を、仕掛け爆弾みてぇに……!! こ、こんな使い方……俺は思いつきも……!!』
「力トハ応用スルモノ……。ソシテ応用トハ、敵ノ予測ヲ置キ去ルコト……。巨大ナダケノ力ナド、ナンノ面白味モ無イ……!」
『……!!』
ーーいくら魔力がスゴくたって、ただデカいだけの力なんてなんもおもしろくないよ〜!
講釈を垂れるザナタイト。それは以前にも聞いた台詞だった。忌々しい筋肉ダルマからのご忠告……忘れたくても忘れられない。
「コレガ明確ナ"差"ダ。サァ……凌ギキッテミセロ。貴様ニハオ見通シナノダロウ? 私ナドノ考エハ……」
すると、ザナタイトは右前腕砲口部に魔力を凝縮。また光弾を撃つのか、と身構える雄弥だったが、その予想はハズレ。
砲口部から放出されたのは魔力で形成されたブレード……黒紫色の刃だった。
「!? な……なんだよそりゃ……!!」
「知リタケレバ……喰ロウテミヨッ!」
右腕から両刃の剣を生やしたザナタイトは、両脚の脹脛に備えたブースターをフル稼働させて突進。再び雄弥に襲いかかる。焼き剥かれた背中の皮膚の痛みも治らぬ中、雄弥は凶器を手にした相手に生の拳骨で挑むことになってしまった。
初撃、真下からの振り上げ。首を反らせて対応。しかし回避は半歩遅れ、雄弥は顎の先端を縦に切り裂かれる。
「っぐ……ッ!!」
さっきと変わらない。雄弥には、ザナタイトの動きが見える。腕、脚、胴体。全て見える。分かる。
だが"予想"とはすべからく、己自身の経験と知識から導き出されるモノ。雄弥には無いのだ。剣を使った経験が。剣技の知識が。
ゆえに分からない。その剣の動きだけは、今の雄弥には分からない。しかも雄弥の武器は生身だけなのだ。
なんとか致命傷は避ける彼だが、身体の衣服を、皮膚を、肉を、順々に削り取られていく。
「く……ッそぉッ!!」
地上戦での覆せぬ不利を悟った雄弥は両足裏から『波動』を噴射し、空中への一時退避を目論む。
だが、なんとザナタイトも脹脛のブースターをより強く吹かすことで飛翔。空中の雄弥を追撃してきたのである。
「!? て……てめぇも空飛べんのかよ!!」
「言ッタハズダ!! 私ハ貴様ノ血肉デアルト!! 貴様二デキテ私二デキヌコトナド、タダノ1ツモ有リハシナイッ!!」
愕然とする雄弥に、ザナタイトは"左腕"の砲口を向け魔力光弾を撃ち込む。
『こ、コイツを避けたら……またさっきみたいに……!! ……くそォォッ!!』
「ずぇええああああああァァァッ!!」
先ほどのような不意打ち爆撃を危惧した雄弥は、今度は回避でなく迎撃を選択。自身に迫り来る1発の光弾を拳骨で無理矢理殴りつけた。再び手にダメージを負いながらも、彼は光弾を真下の地表に叩き落とすことに成功する。
そしてすかさず"次"に備える。重ね重ね、雄弥には分かる。今日の敵は、ザナタイトは、この隙を逃したりなどしない。
『今の攻撃も囮だ!! 右か!? ……いや!!』
「上だッ!!」
「明答!!」
空中の雄弥が自身の結論に従い首を上に向けると、案の定、邪悪なる黒騎士は彼の頭上から迫り来ていた。
突き下ろされる魔力剣の一撃。雄弥は頬の皮膚を掠められる。
だが怯まない。お返しとばかりに魔力を纏わせた右手の"砥嶺掌で殴りかかる。
だが届かない。ザナタイトは蹴りの1発でその拳の軌道を崩す。
そしてやはり敵のほうが1枚上手だ。ザナタイトはそのままの流れで、拳を弾いたのとは逆足の踵を雄弥の土手っ腹に叩き下ろした。
「ごほッ!!」
雄弥は口端から少量の嘔吐を漏らしながら急降下。地表への激突寸前でなんとか姿勢を整え、足裏からの着地はできた。
だがザナタイトも、彼を追って勢いよく落下。そして地面に降りるのと同時に、右腕の刃で雄弥に向かって力の限りに斬りかかった。
「シャアッ!!」
「ぐ……おおおッ!!」
脳天を唐竹に割られる寸前で、雄弥は頭の前で自身の両腕を交差。振り落ちてきた剣……それが生える右腕を、どうにかこうにか受け止める。
地に足をつけたザナタイトは、ここで仕留めんとその右腕にどんどん力を加えていく。左腕まで添え、雄弥の額に刃を食い込ませようとする。
対する雄弥、足を限界まで踏ん張らせて抵抗。ぎりぎりと拮抗する両者の腕、その力は互角。震えるばかりで微動だにしない。
パチンッ。
「ぎッ!? い……あぁッ!?」
そこで、またもや不意打ちのフィンガースナップ。
それを合図に、なんと雄弥の左足元が突然小規模の爆発を起こしたのだ。
左脚の肉は炸裂をまともに受けたことでズタズタに。膝から下の肉は千切られ、焦げた骨が剥き出しになってしまう。
『く、くそ……またやられた……ッ!! さっき地面に叩き落とした光弾だ……!! 今度は、魔力で作った地雷ってワケかよ……ッ!!』
先ほどザナタイトが空中で放ち、雄弥が生手で迎撃した光弾。ここはちょうどそれが落とされた位置であったのだ。
ザナタイトは全てを計算していた。1発目の囮攻撃によって雄弥の脳に回避の危険性を擦りこみ、2発目の対応手段を誘導したのだ。
左脚という支えを失ったことで、雄弥が徐々に押されていく。膝立ちになり、上体を……背骨を思いきり反らされる。
「脆スギル……。コンナモノガ貴様ノ……転移者ノ力カ……!」
ザナタイトはそんな彼に落胆の溜め息を吐きつけた。
「高望ミヲシテイタツモリハナイ……! ダガココマデトナルトナ……期待外レモ甚ダシイゾ……! 興冷メダ、消エロ! 死者スラ立チ入レヌ、コノ闇ノ中デ……!」
トドメを刺す。その決意を表明するように、ザナタイトは腕に込めている力を目一杯に上げた?すでに限界近くまで追い詰められている雄弥が、これに耐えられるハズがあるものか。
だが。
なぜか突然、ザナタイトの右腕は止まった。……止められた。
「! ヌッ?」
その素っ頓狂な声からすると、これはザナタイトにとっても予想外であるらしかった。
「ーーこの……カタコト野郎が……!!」
……そう、予想外なのだ。片足を潰したはずの男が、じりじりと立ち上がってきたことが。
「いつまでも、ゴチャゴチャ、と……ッ!!」
男の腕から伝わる膂力が、いきなり何倍にもハネ上がったことが。
「言いたい放題……ッ!! 言ってんじゃ……ねぇえーーーッ!!」
ーー雄弥の全身が、銀色の魔力を帯びだしたことが……。
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