第151話 黒仮面の刺客
「ほれ、食いな」
「まぁ、よろしいのですか!?」
「奢られっぱなしってのも悪いしよ」
その後、雄弥とセレニィは移動。今度はVIP専門の高級店ではなく、ただの一般人御用達の安屋台である。
セレニィは雄弥に買ってもらったサンドウィッチ? のようなモノを、勢いよく、しかし上品に頬張っていた。
「うーん、美味ですわ〜!」
ベンチに腰掛ける彼女のその混じりっ気の無い笑顔は、やはり普通の女の子にしか見えない。……幼少期の過酷さも、微塵も感じさせない。
しかし彼女のしぼんだ左腕を見れば、隣に座る雄弥は嫌でもデネス侍従の話を思い出さざるをえなかった。
『……他人に同情してやれる立場じゃねぇだろうによ……』
「ご馳走様ですわユウヤさま! ありがとうございました!」
それでもこの娘は、初対面の雄弥にあんなあたたかい言葉をかけてくれたのだ。彼を励まし、奮い立たせてくれたのだ。
「……そりゃこっちの台詞だな」
「へ?」
「いや……俺の方こそ、アンタに礼が言いたかった」
「お、お礼?? さっきのお昼ごはんのお返しが、これじゃありませんの??」
「いや今日のハナシじゃなくて! ……んあ〜、いい! いいんだ! 分かんなくていい! とにかく……ありがとうッ!」
セレニィには自覚も何も無い。自分1人の空回りに雄弥は照れ臭くなり、そっぽを向いてしまった。
しばらくきょとんとしてその様子を見ていたセレニィだが、すぐにニッコリとした笑顔に戻る。
「何のことかサッパリ分かりませんが、私に感謝しているとおっしゃるのなら、1つお願いを聞いてくださいませんか?」
「お願い? そ、そりゃもちろん。俺にできることならよ」
「でしたら、私のことは"セレニィ"とお呼びくださいませ!」
「……あん??」
「貴方にお声をかけていただけるだけで十分幸せではありますが、"アンタ"では少々さびしいですわ〜! さ、呼んで! 呼んでみてくださいまし!」
紺色の瞳をキラキラ輝かせるセレニィに詰め寄られた雄弥はタジタジ。
「べ、別に名前呼ぶくらいなぁ……? ……セレニィ?」
「ぶふぉッ!!」
ただ名前を呼ぶぐらいなんでもない。だがいざそうした途端、セレニィは鼻血を吹き出して後ろに倒れてしまった。
「だーもうッ!! またか!!」
「も、申し訳ありません……! あまりにも……刺激が……ッ! ユウヤさま、お召し物はご無事ですか……ッ!?」
「いー加減にしろ!! お前そんなんじゃ俺と喋ってるだけでくたばっちまうぞ!! 俺のことはいいから、さっさと顔洗ってこいッ!!」
「ご、ごめんなさい! 行ってきますわ〜!」
感情表現のネジがことごとく外れているお嬢サマは、鼻元をデネス爺やに押さえてもらいながら近くにあった店に入っていった。
「ハァ……ヘンなヤツ」
雄弥は頭をボリボリかいて呆れつつも……気がつけばその口元は、笑っていた。
「……にしても、恋ねえ……あそこまで夢中になれるモンなんかね、たかが1人の男に。さっぱり分からんーー」
瞬間。
彼の脳裏に、イユ・イデルがその姿を現した。
『ッ? ……?』
イユの、紡いだばかりの絹のような髪が。
イユの、大理石の表面ように滑らかな皮膚が。
イユの、頼りなく細く華奢な腕が、脚が。
マヨシーを去る自分を見送ってくれたイユの、あの健気な笑顔が……。
「……あ? お、れ……?」
雄弥は動揺した。
突然の想起だった。これはイユに……彼女に対する心配から発生したモノじゃない。そんな感情じゃない。
だからこそ動揺した。
これまでずっと、感情を人生の指針として生きてきた彼だったが、こんな気持ちは経験がなかった。ベンチに腰掛けたまま、まばたきも忘れて固まるしかできなかった。
彼の前の街道を歩く人々にとっては、当然そんな彼の心中など知る由も無い。
時刻は15時くらいか。学校から帰る子供たち。その子たちを迎える準備をするため急いで家に向かう主婦。小さな茶屋で談笑するおじいちゃん、おばあちゃん。
長閑なものである。それこそ雄弥からしてみれば、マヨシーに渡る前後の出来事に続け、〈剛卿〉、〈煉卿〉といった強者共との交戦と……ここしばらくは心休まるヒマも無かった。こうして自分の感情と向き合うのも久しいものだ。
ーーしかし、世の常とはなんであろう。
静寂とは破られるもの。安らぎとは引き裂かれるもの。
そして命とは……踏み躪られるものなのだ。
突如として地面が揺れる。同時に、巨大爆発の轟音が鼓膜を震わす。
「ッ!? な、なんだ!?」
思考のトリップを無理矢理中断させられた雄弥が慌てて音の方向に眼をやると、すでにそこは炎の赤と煙の黒の2色で塗り潰されていた。建物は粉々に焼き飛ばされ、人々が悲鳴の渦の中を逃げ回る。
原因は不明、しかしただの爆発事故などでないことだけは明白だった。なぜなら街の至る所に向けて、魔力の塊とおぼしき黒紫色の光弾がいくつも降り注いでいたからである。
その光弾が、さらなる破壊の惨事をもたらす。民家を、土地を、人々を、迷いも無く蹂躙していく。
「わあああああーーーッ!!」
そのうちのひとつが、1人の幼い男の子に迫る。子供の足で避けられるスピードではない。できるのは、叫ぶことだけ……。
「ぬぐあッ!!」
しかし男の子の命を潰すより一瞬早く、その光弾は彼の前に回り込んだ雄弥によって殴り弾かれた。
「うぐぎ……!! ッに……逃げろ!! 逃げろガキ!!」
「ひ……ッう、うん……ッ! ありがとう……ッ」
光弾をブン殴った右手の痛みに顔を歪ませる雄弥に促され、男の子はその場から走り去った。
「くそったれめ、なんだってんだこれはッ!! 魔狂獣か!?」
これほどの破壊規模だ。雄弥じゃなくたってそう考えるのは必定。
……だが今回に限って、その予想は裏切られた。全く別の死角から。
「ーークク……聞イテイタ通リ、勘の鈍い男ダ」
「!? なに……!?」
その声は、焼き落とされた民家から立ち昇る黒煙の中から聞こえてきた。
雄弥の知らない声。機械音声のように無機質で、腹にズシッと響くほど低音の声。
やがて煙を割って現れたのは、全身を漆黒の鎧に包んだ1人の人物。頭部も白い2つの複眼が付いた仮面で覆い隠された、男か女かも判別できない人物。
「……菜藻瀬 雄弥……幸福ヲ知ラヌ悪魔ヨ……」
雄弥と正面から対峙したその人物は、いやに久しい呼び方で、彼の名を口にしたのだった。
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