第150話 お嬢様はご執心
「ユウヤさま! デートしましょ!」
時間は進み、その日のお昼。駐屯基地の事務室で業務にあたっていた雄弥の前に、再びご機嫌のセレニィが現れた。
「……今朝の……ユメじゃなかったんかァ〜……」
早朝4時に突撃してきた彼女を追い返したことをぼんやりとしか覚えていなかった雄弥だが、デジャヴとも思える彼女の姿とその言葉によって記憶は鮮明なものとなった。
「いや、あの……あのさ。デートって……俺と? アンタが?」
「はい! もちろんですわ!」
「……な、なんで??」
「決まってますわ! 貴方に恋をしているからです!」
ガタッ!
ぐわしゃん!
バサバサバサッ!
セレニィの清々しい即答ぶりに、周りにいたユリンを始めとする雄弥の同僚たちがあちこちで動揺を漏らす。
そしてそれは雄弥本人も同じ。顎を外れそうなほどあんぐりとかっぴろげてフリーズしていた。
「ただお礼を述べさせていただくだけなら、貴方のことをあそこまで調べ上げたりなどいたしませんわ。貴方の勇敢なお姿に、私、虜になってしまいましたの! あの列車の事件以来、貴方に会いたくて会いたくて仕方なかったのです! こうしてお顔を合わせてお話ししていると、胸のときめきが止められませんの!」
セレニィは腰をクネクネさせながら恥ずかしげもなく語っていく。
「念願叶ってお近づきになれたのです! 貴方のことをもっと知りたい! そして私のことも、いっぱい知っていただきたいのです! そしてゆくゆくは……貴方を私の生涯の伴侶として、お迎えさせていただきたいのですわ!」
「は、伴侶……!? ……結婚んんん!? ユウさんとおッ!?」
それまで黙って聞いていたユリンもたまらず仰天。無論、雄弥はもっとである。
「じょ、ジョーダンじゃねぇッ! 俺はまだ結婚なんて考えてもねーぞ! だいたい俺らはついこないだ会ったばっかだろうが! そ、そんな相手に恋だのなんだの……!」
「もちろんいきなりとは申しませんわ! ですから、まずは親交を築きたいのです! というわけでユウヤさま、今からデートしましょ!」
「なにがというわけで、だ! ハナシが全く進んでねぇッ! だいたい俺は今仕事中なのッ! 今から昼休みでメシ食って、そっから午後の仕事があるの! デートなんかしてるヒマねーのッ!」
「まぁ、お昼ごはんまだですの!? それならちょうどいいですわ! ご一緒にランチしましょう!」
「は!? おいッ!」
隻腕の少女はそのひとつしかない手で雄弥の腕を掴むと、軽快な足取りでそのまま彼を引きずっていく。
「何食べましょうね〜! お肉? 魚介? ガッツリとお腹を膨らませましょうか、それとも眠気防止のために軽めにしましょーか〜♪」
「ハナシ聞いてーッ!! お願ーいッ!!」
「ちょ……ユウさんッ!」
猪突猛進のマイペース娘に翻弄されっぱなしのまま、雄弥はどこぞへと連れていかれてった。
「お、おい……なんなんだここ……! 俺のこんなカッコで入れるような店じゃねぇだろ……! 大体こんなとこでメシ食えるようなカネ、俺には無ぇぞ!」
無理矢理バカデッカい高級車に押し込まれた雄弥が連れてこられたのは、漆のような艶塗りを施された壁を持つレストランだった。曇りも濁りも無いガラス窓から覗き見える室内にも、人1人よりも大きくギラギラしたシャンデリアが見える。背筋を伸ばしてツカツカと歩き回っているウエイターからも厳格なオーラが漂っていた。
が、セレニィはまったく動じない。
「とんでもありません! 私の奢りです! それにここはウチの会社の系列のレストランですもの。今は貸切にしてますし、気を楽にしてくださいませ!」
「へ……? う、ウチの会社……? 貸し切り……??」
「さ、参りましょッ!」
ぽかーんとしたまま雄弥は彼女に引きずられていく。
チラリと振り返り、自分が乗せられてきたのっぺりと長い黒塗りの車を見る雄弥。着てるワンピースの上質さといい、今の発言といい……。
『こ、コイツ……何モンなんだろ……』
「ーーうめェ……ッ! なんだこれ、うめぇ!」
「ホント!? よかったですわ! どんどん食べてくださいまし!」
が、そんな疑問は、食卓での一口めで吹き飛んだ。
質素かつ厳かな、さりげのない高級感で形作られたレストラン。運ばれてくる料理も、大きな皿の真ん中でちょこんと縮こまっているような、内向的なものばかりである。
だがそれらの味の自己主張は憚ることを知らない。客を足の指の先まで幸福感で包もうという、ある種の必死さすら感じるほどの貪欲な美味だ。
雄弥はほんのひと時だが仕事のことなど忘れ、食事に没頭。そんな中、彼の向かいに座るセレニィはというとーー
「まぁユウヤさま、おサカナの召し上がり方がとてもお綺麗でいらっしゃいますのね♪」
「あらユウヤさま、お口元にソースがついてますわ。お拭きしますわね」
「ユウヤさま、デザートは何にいたしましょう? 温かいのにしますか? それとも氷菓子などを? あ、もう全部持ってきてもらいましょうかね!」
ただ見てるだけ。彼が食べているところを見てるだけ。
なのに、ずっと心底楽しそうに、ニコニコと話しているのだ。雄弥が頬張るのに夢中で、満足な返事もしてやれていないというのに。
その様子を目の当たりにしていた雄弥は運ばれてきた料理をひとしきり完食すると、改めて彼女に聞いてみた。
「…………なあ」
「はい、なんでしょうユウヤさま?」
「ここまでメシを食い散らかしといて聞くことでもねぇんだけど……、冗談……とか、じゃ……ねぇのかな……?」
「? 冗談? 何がでしょう??」
「いやホラ……さっきみんなの前で、アンタが俺に言ったことだよ。そのつまりぃ〜……アンタが俺に、俺のことを、え〜……」
「ああ、もちろん本気ですわ! 私セレニィは、ユウヤ・ナモセさまをお慕い申しております!」
雄弥が照れて言い淀んでいたことを、このセレニィ、まったく躊躇いもしない。まるで幼い子供。幼稚園生が同級の異性と結婚するだのなんだのと公言し、周りにあたたかく微笑まれるような……そのレベルの純粋さである。
しかしだからこそ伝わってくる。彼女は本気なのだ。この娘は本心から、雄弥のことを好いているのだ。
「そ、それがわかんねぇんだよ……! なんで俺なんだ! 俺なんかのどこがいいんだ!? アンタほどの美人なら引く手数多だろうにさ! それがよりによって俺なんぞにーー」
ガターンッ!
そこで突然、セレニィが椅子ごとブッ倒れた。
「!? お、おい!? どうした大丈夫か!?」
雄弥は慌てて駆け寄り、床に横たわる彼女を抱き起こす。その顔は、両の頬を中心に真っ赤に染まっていた。
心臓発作? 脳梗塞? あるいはもともとの持病か何か? 彼の足りない脳ミソがぐるぐると混乱する中、セレニィがか細い声で何か呟いていた。
「な、なんだ!? よく聞こえねぇ!」
雄弥はすぐさま彼女の口元に、自身の耳を近づける。
「ーーい……いきなりそんな……"美人"だなんて……ッ。不意打ちはズルいですわユウヤさま……! ああでも……幸せ……ッ!」
……そしてすぐに、抱いていた彼女を床にポイ捨てした。
「ああッ、なんて雑な扱い……! まるで物のよう……! でも構いませんわ……ッ! 私、貴方にならどれだけ乱暴にされても……ッ!」
「そーかいそーかい、ならオマエは今日から粗大ゴミだ。来週火曜の回収日まで、黙って床に転がってろ」
「はい! 仰せのままにッ!」
ホントに床で微動だにしなくなったセレニィをほっぽり出し、真顔の雄弥は手洗いへと向かった。
「な、なんなんだあの女は……ッ!! 真剣なのかフザけてんのかサッパリ分からん!! あれじゃヤク中のほうがまだ納得がいくぜ……!!」
蛇口から出る水で両手をすすぐ彼は大混乱。怒ればいいのか、呆れればいいのか。感情の制御もままならない。
「……まぁ……悪いヤツじゃねぇのは確かなんだがな……」
ふへぇ、とため息をつきながら水を止め、ポケットをまさぐる。
「あ、ハンカチ無ぇや……。えーとなんか拭くモン……」
「こちらをお使いください」
「あ、どーも。助かりまー……すうッ!?」
あまりにも自然に差し出されたハンカチ。遅れてびっくりの雄弥。いつのまにか彼の真横には、1人の年老いた男がいた。
ミリ単位のシワも無い燕尾服をパリッと着こなす身長190センチ近い老紳士は、糸のように細い瞼の隙間から厳かな光を煌めかせ、年の功を余すことなく感じさせる無言の迫力を放っていた。
『い、いつからいたんだこのジイさん……ッ!! こんな図体してんのに、気配がまるで……!!』
「さ、どうぞ」
「あ、ありがとーございまーす……。あ、あのアンタは……?」
「は。セレニィ様の侍従、デネスと申します。以後お見知り置きを」
彼は60以上も歳下の小僧である雄弥に対して深々と頭を下げた。
「ユウヤさま……本日はお嬢様の我儘にお付き合いいただいてしまい、大変申し訳ございません。主人に代わり、お詫びいたします」
「い、いやいいっすよもう。ちゃっかりうまいメシご馳走になっちまったし。……てかあの……結局セレニィ……さんって、何者なんすか。なんかもう……見るからにカネ持ちそーっすけど……。アンタみたいなお付きといい、このレストランといい……」
「は。セレニィ様は、憲征領で最大の資本規模を誇る企業グループ、ハウアー商会の一族にして現最高取締役でいらっしゃいます」
「へ、へ〜……"アレ"でねぇ……」
どこにびっくりすりゃいいのやら。雄弥は顔をひくッ、と引き攣らせた。
「しかしよぉ〜……だから理解できねーんだって。なんでそんなすげぇヤツが俺なんぞに入れ込んでんだ? いくら助けた助けられたっつったって、それだけで……?」
彼が腕を組んでうんうん唸ってると、デネス侍従が神妙に口を開く。
「ーーあの汽車を襲った魔狂獣……ドルマルンは、10年前にセレニィお嬢様のご両親の命を奪ったのです」
「! な……なん……!?」
軽い気持ちで聞いたつもりが地雷を踏み抜いた雄弥。絶句、硬直である。
「10年前……まだ幼いセレニィ様は旦那様と奥様に連れられ、プライベートクルーザーでの遊覧航海に参られました。その際あの水棲魔狂獣に襲われたのです。ご両親は捕食され、幸い一命を取り留めたお嬢様も、左腕を失くされるという結果に……」
「あ、あの腕……そういう……」
「はい。……ですから、なんと申しますか……。嬉しかった、というのは言葉違いでしょうが、とにかくお嬢様にとってはある種の救いになったのかと思われます。貴方とユランフルグ殿が、かつてご自分の大切な存在を奪った忌むべき敵から、ご自身を含めた人々を懸命に助けなさったことが。……守りきりなさったことが。仇を討ったわけではございませんし、それはお嬢様とて分かっておられます。しかしそれでも、貴方に眩しさを感じずにはおられなかったのでしょう……」
……やはり、ウソなどなかった。初対面の時、セレニィが雄弥に向けて放った言葉には、何ひとつ世辞やおべっかなどは無かったのだ。
雄弥はその事実を、そしてセレニィ・ウィッシュハウアーの純真な想いを、改めて痛感した。
「……おっと。ただの召使い風情が、少々喋りすぎたようです。さ、どうかお戻りください。あまり貴方を引き留めすぎては、私がお嬢様に叱られてしまいますからな」
この時初めて、侍従デネスはその仏頂面をわずかに微笑ませたのだった。
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