第145話 イユ、闇の中
全身を真っ黒に焦がし口から煙を漏らし続けているフラムを抱きながら、雄弥はふよふよと宙を飛ぶ。
やがて、1発目の『砲穿火』が生み出した大穴の終点に辿り着き、地に足をつけた雄弥はその場にそっとフラムを下ろした。
白眼を剥いてぴくりとも動く様子は無いが、フラムの口元からは確かな呼吸音が聞こえる。彼は気絶しているだけだった。
「…………アンタは誤解をしてる。でも…………先にアンタを裏切ったのは、間違いなく俺だ。…………ごめんな、フラムさん…………」
地に寝るフラムにそう言い残し、雄弥は再び空へと飛びたった。
皮膚が焼け爛れ人相の判別すらも怪しくなっている雄弥の身体は、いまだ銀色の魔力を纏っていた。 先ほど過去1番の大技を放った両腕は、反動によるダメージをまったく受けていない。生身の状態であんなものを使えば腕どころか肉体そのものが粉々になっていただろうが、彼の腕には火傷以外の傷はなかった。現代戦闘機のような激しいウェーブ飛行を繰り返したのに、『波動』の噴射口たる両脚も無事のままであった。
「……これが……『褒躯』……」
空を進みながら自身の身体を眺め、ぼんやりとする雄弥。
ーーその時。
「……ん? !! !? ぐッ!? うぷ……ッッ!?」
突然、彼の顔が紫色に塗りつぶされた。続いて嘔吐と、多量の鼻血。雄弥は地上に向けて自身の体液を撒き落とす。
「な、なんだ……あ……ッがががががががががががががが!!」
異変はさらに大きくなり、全身の筋肉が猛痙攣を始める。あまりの振動で肩や膝などの各部関節が外れ、あちこちの皮膚がばりばりと割れていく。
眼球が裏返ったまま戻らない。前が見えなくなる。
両耳から黄色い液体が出てくる。もうこれはなんなのかすら分からない。
姿勢制御どころではなくなった雄弥は気がつけば真っ逆さまに墜落し、地表に激突してしまう。
「ぐぎゃあああああッ!! がぐぁーッ!! うぐぅあうあああーッ!!」
落下の衝撃はものともせず。だがそれ以外の苦痛はどんどん激しくなる。地面を転げ回る彼の身体は今、"内側"から勝手に崩壊しているようだった。
「……ッ!! ま……まざが……ッ!!」
悶え叫びながらも何かに気がついた雄弥は、『褒躯』の術を解除。銀色の魔力を引っ込ませる。
すると謎の肉体崩壊現象は、ウソのようにピタリと止んだ。
「がはッ、げッ、ばはぁッ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜーーーッッ」
仰向けで必死に酸素を取り込む雄弥。
彼は理解した。『波動』の時と同じだと。
……これが、『褒躯』の代償なのだと。
「…………そ…………だよな…………。んなウマいハナシが…………ある、ワケ…………ねーー」
がくり。
こうして気絶した雄弥は数十分後、戦いの騒ぎを感じて駆けつけた憲征軍兵士たちによってなんとか生きたまま保護され、無事に(?)2ヶ月ぶりの帰還を果たしたのだった。
ーーここどこ。
私は誰なの。……ううん、私はイユ・イデル。
肺が、憎い。
心臓が、カワイイ。
カラダが血だらけ。お風呂で泳ごう。
胃液を出したい。お肉を舐めよう。
お空と友だちになりたい。ジャンプしてみよう。
ネバネバの鼻水を編んで縫って、ホラ、これが私のウェディングドレス。
腐った赤ちゃんはいいよね。夜泣きもない、ミルクもいらない。
ミミズとバケツ、どっちが好き? え、干し草? ダメ。私は大統領しか認めないよ。
生きるってスゴい。かまぼこみたい。
「ーーどこぉ……? ユ、う、やあああ…………ッ」
ボロボロと泣きつつも笑っている、白髪の少女……イユ。
彼女は暗い森の中を、1人、歩いていた。
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次回より新章、「狂獄に死す」に入ります。




