第144話 覚醒、恐怖の開花
空に浮くフラム。彼は、遥か下方にある地上の、彼自身の炎の爪痕をじっと見つめている。
彼が先ほど雄弥抹殺のために放った一撃は、直径数千メートルとも知れない巨大過ぎる穴を大地に穿った。底が見えない、深い穴だ。星の中枢が壊されていないか心配になる。
当たり前だが、そこに雄弥の姿は無い。彼は死んだ、そうに違いない。バカじゃなくたってそう思う。
……だがフラムの顔は、戦いが終わった者のそれではなかった。
口を半開きにし、まばたきを忘れ、額に冷たい汗まで滲ませている。今日1番の焦燥が見て取れる。
「ーーなぜだ」
空中に、フラムは1人。しかし彼は急に喋り出す。
「……どういうことだ……何をした……!」
独り言ではなく、会話。明確な相手を認識している。その相手とは?
「貴様……どうやって今のを避けた!?」
フラムは怒鳴りながら、がばりと振り向く。
ーー彼の背後……少し離れた後方に、雄弥がいた。
身体中の皮膚を火傷でグズグズにし、ひゅうひゅうとか細い呼吸をする雄弥。両足から噴いている弱々しい波動で、フラムと同じ高度を浮遊している雄弥。
生きていること自体が異常ではある。しかし、今の雄弥の身に起きている最大の異変はそんなモノではなかった。
雄弥の全身からは魔力が発せられていた。いつもの魔力解放、それには違いない。
…………だがその魔力の"色"は、いつもの青みがかった白ではなく…………銀色だった。
『……この気配……!! 似ている……!!』
雄弥を正面から睨むフラム。……彼は感じていた。
『グドナル殿と……!!』
ユウヤ・ナモセという人間が纏う魔力……その威圧感を。ブラックホールのような質量や引力を。
『ま、さか……これは』
自分自身の、命の危機を……。
『ーー『褒躯』の術か!?』
「…………俺は…………帰る、んだ…………」
だらりと下がっていた両手を、雄弥は握る。
「みんなのところに……帰るんだ……」
潰れかけていた瞳を、雄弥は開く。
「その……邪魔、をォ……ッ!」
倒すべき相手を……雄弥は、捉える!
「するんじゃあああねぇえええーーーッ!!」
「ごはッ!!?」
次の瞬間、雄弥はフラムの顔面を殴りつけた。両者の間には数十メートルの距離があったが、彼はそれを1秒とかからず詰めたのだ。
右頬を真っ赤に腫れ上がらせてブッ飛ばされるフラム。姿勢を整えようと両手両足から炎を出すが、それより先に再び接近してきた雄弥に蹴り飛ばされてしまう。
「が……ッ!! ーーッぬぅうああッ!! 『百火紅』ィッ!!」
フラムは姿勢制御を捨てた。飛ばされながら両手に魔力を貯め、雄弥に向けて火球のマシンガンを乱射する。
だが、狙った位置に雄弥の姿が無い。
発見。手の照準をそちらに合わせる。……また消える。また合わせる。また消えーー
『は……速すぎるッ!!』
空を飛び回る雄弥の速度は、フラムにすら捉えられない。しかもまだ加速を続けている。
両手や両足からの『波動』放射で緩急の激しい超高速移動を繰り返した雄弥はフラムの後ろ側に回り込み、また彼に向けて拳を振るう。
「!! うしろかッ!!」
強者の勘が働いたか、フラム、間一髪でこれを察知。雄弥が自身に肉迫する直前になんとか振り向くと、彼の右拳を左手で受け止めた。
銀の魔力と紅の魔力。ついに直の激突を果たし、火花を散らす。
これまでで最も接近する2人の顔。激情に駆られる雄弥、狼狽するフラム。
押し勝ったのはやはり雄弥であった。
「ぐ……ッがあああッ!!」
フラムは左手からベキリという鈍い音を鳴らしながら弾かれる。雄弥はまたすぐに追いつくとまた一打、フラムへの蹴り上げを見舞った。
「おごぉッ!! く……く、くそおおお!! くっそおおおおッ!!」
身体を回転させながらさらなる上空へと打ち上げられたフラムだが、今度はなんと無理矢理の姿勢制御に成功する。
「ぢぇあああァァッ!!」
そしてすかさず右手から熱塊の鞭……『阿陽裁』を発動すると、眼下の雄弥に向けてそれを振り下ろした。
腕でガードされたものの、鞭は雄弥に直撃。音速を超える先端の威力はさすがであり、それをまともに受けた彼は自由落下の何倍ものスピードで一気に地上へと叩き落とされる。
「"花熄"、『火嵌放』ッ!!」
雄弥が地表にズダァンッ、と着地したのと同時に、フラムの即座の追撃が発動。彼の右手から螺旋を纏った炎熱火閃が放たれ、空気を切り裂く甲高い音とともに猛スピードで雄弥へと襲いかかる。
地上の雄弥、これを逃げず。
代わりに広げた両足を地面がメキメキと鳴るほどに踏ん張らせ、拳を握り締めた右腕を左脇の下へと振りかぶる。
「!? ま…………まさか…………!!」
迫る炎、不可解なり雄弥、最悪の未来を予期するフラム。
……見事よ〈煉卿〉、正解である。
「ぎぎぎぎッ…………ぬッぐぅがーーーッ!!」
雄弥は自身の眼と鼻の先まで突撃してきた炎に対し、筋肉の毛細血管の全てが浮き上がるほどに全開稼働させた右腕を思いっきり振り上げた。
ーーそして彼の手の甲で殴りつけられた結果、フラムの炎は倍以上の速度を付与された上で、弾き返されたのである。
「んなッッ!! ば、バカな!! そんな……そんなバカなああッ!!」
自身のもとへとハネ返された炎をなんとか回避しながら、抗いようのない絶望と衝撃に打ちのめされるフラム。
だがそれはあからさまな隙であり、今の雄弥はそれを見逃せる状態ではない。たちまちフラムの眼の前に彼が出現し、半ば放心のフラムは空中にて、拳骨でめった殴りにされていく。
……息つくヒマも無い猛撃に晒され、頭蓋の中で大脳を無限にバウンドさせるフラム。
彼は思い出していた。初撃の火柱……『火囲』の炎を、ユウヤ・ナモセという男は耐え切ったという事実を。その後に何千発と術を叩き込んでもなお、彼の息の根を止められなかったという事実を。
『……そうか……!! 予兆は……あの時すでにあったんだ……!!』
『褒躯』という肉体強化の術。雄弥が最初からそれを使えたのか否かはフラムにとっては知るよしも無いが、布石は確実に存在したのだ。
『ふ……ふざけるな……!! 負けてたまるか……ッ!! 僕は……僕は……ッ!!』
「う……おおおおあああああァァァーーーッ!!」
フラムは全身から爆炎を撒き散らした。その熱風に煽られたことで雄弥は彼より少し低い位置にまで吹き飛ばされ、攻撃もようやく停止する。
「僕は……僕はフラム・リフィリアッ!! 〈煉卿〉フラム・リフィリアだぞッ!! 公帝軍最高戦力だッ!! 公帝陛下の、その臣民たちの、希望の象徴そのものなんだッ!! それが!! それが貴様のような、外道極まる狂悪畜生などにッーー」
殴打の嵐によって顔面の肉という肉をパンパンに腫れ上がらせながらも、フラムは雄弥に向けて罵詈雑言を浴びせかける。
口だけではない。彼の両手が再び色濃い魔力を纏いだす。空気を融かす爆熱、重力を干上がらせる豪炎。その狙いは、無論雄弥へ。
「負けるワケにはぁァァッ!! いかないんだァァァァァァァァァァァァーーーッ!!!」
底無しの絶壁穴を穿ち開けた一撃ーー『砲穿火』が、今もう1度放たれた。
しかも先ほどより明らかに威力が上がっている。命中せずとも、フラムの手から放たれた瞬間にその熱だけで星が丸ごと蒸発してしまうのではと思わせるほどの、凄絶な迫力に満ちていた。
攻撃対象である雄弥がいるのは、フラムより下側の位置だ。万が一彼が回避を選択してしまった場合、この暴炎がまたもや地上を襲うのである。その被害たるや、もはや想像の及ぶ域ではない。
『…………やれる。今なら』
しかし雄弥はまた、逃げの択をとらなかった。
妙に落ち着き払っている彼は、自身に向けて落ちてくる火炎の奔流に対し、静かに両手を構える。
『強化された今の肉体なら出せる。脆い生身では扱いきれなかった俺の魔力……その、さらに上の力。より真髄に近づいた力』
『"表現"しろ……ッ!』
『俺の全てを……!! 本物の菜藻瀬雄弥……その限界をッ!!』
「ぬぅぐ……ッ!! ーーうぅあああああああああーーーーーーーーーーッッッ!!!」
『褒躯』の銀と、『波動』の青白。
2色の魔力が溶け合った一点より、破壊の神は降臨した。
雄弥が両手よりブッ放した超弩級の滅撃はフラムの大火炎をあっさりと包み込むと、一切の抵抗無くそれを押し返しーー
「えそんなウソだぐぬごぎにぺむばだもがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
炎の、『雅爛』の術者フラムを、無惨にも喰い尽くしたのだった。
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