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第136話 埋めようのない力量差




 シフィナが戦っている。1人で、あのバケモノと。


 金の魔力を纏うシフィナと、銀の魔力を纏うグドナル・ドルナドル。ふたつの魔力が2人の動きの軌跡に沿っていくつも交錯し、煌びやかな幾何学(きかがく)模様を描いている。

 俺にはヤツらの動きは速すぎて全く捉えられない。だがその軌跡を見れば分かった。明らかに押されているのは金の魔力の方だった。いくらシフィナといえどあの傷だ。ここまで競り合えているだけでもさすが、均衡はいつ崩れてもおかしくない。



「がッは……!!」


 雄弥が不安に見守る中、膝蹴りの直撃を腹に受けた挙句頭から殴り倒されるシフィナ。地に伏せたまま動かなくなる。いよいよ限界が来てしまった。


「なに、終わり? 終わりなの? あのさ、そのくらいの怪我で辛そうな顔するのやめてくんない? 大ゲサなんだよ。本当に辛いのは僕なんだからね? キミが今当たり前に享受している苦痛の一切を、"生きることの実感"を……ボクは生まれた瞬間から取り上げられたんだ。そうして死に直面できるキミはなんて幸せなことか……!! さあ続きだ!! さっさとかかって来い!! ボクにもその幸せを分けておくれ!!」


「ハァ、ハァ、ハァッ。……ちく……しょう……!」


 自身の眼の前に仁王立ちし理屈が不明瞭すぎる煽りを吐き散らすグドナルに対して、彼女は膝を立てるので精一杯だった。


「ーーユウさん。あなたはここにいてください。いいですね」


「!? ゆ、ユリン……!?」


 その時、雄弥の隣にいたユリンは何かを決意したかのような神妙な面立ちでそう言い、ゆらりと立ち上がった。そして持っていたカバンからひとつの注射器を取り出すと、中に入っている紫色の薬液を自分の首筋から体内に注入する。

 すると彼女の全身の筋肉がビキリと音を鳴らしてわずかに膨張。顔の所々にむくむくと血管も浮き出ていく。


「ま、待てユリン!! 行くなら俺も……!!」


「ダメです!! ここにいて!! いいですねッ!!」


 柄にも無く怒鳴り声をあげるユリン。それに怯んだ雄弥が次にまばたきをすると、隣から彼女の姿は消えていた。


 地面に座り込んで動けずにいるシフィナを踏み砕かんと、グドナルが右足をぐわりと上げる。

 それが振り下ろされる直前、彼の足元にユリンが現れる。彼女は片足立ちの状態になっているグドナルの重心の隙を狙ってひとつ鋭い足払いをした。


「あん? なんだ?」


 バランスを崩され背中から倒れるグドナル。ユリンはすかさず彼の首元に馬乗りすると、いつの間にか取り出した細く長い鉄針を彼の耳の穴に突き入れた。

 ……だが針はあっさりと折られてしまう。


『!! ……鼓膜が!! ……カタい!!』


 改めて体感するその頑強さにユリンは唖然。内耳を通り抜けて脳まで貫くつもりの一撃だったが、それ以前の障壁を破ることもできなかった。


「おほッ!! キミもやるのか!? いいぞ大歓迎だーッ!!」


 容赦無く掴みかかるグドナル。ユリンはその前に首元から空中へと飛び退くと、右手の人差し指を彼に向ける。


 ーー特性解放、『僥光(ぎょうこう)』!!


「"視閃亡(しせんぼう)"ッ!!」


 瞬間、彼女のその指先が激しく発光。あたり一帯の景色が真っ白に塗り潰される。


「ぬッ? 眼が……!?」


 光の直撃を受けたグドナルの視界は完全にシャットアウト。ユリンはこのチャンスを逃さない。地に降りるとすかさず、グドナルの足元にいるシフィナを抱えてその場から離脱。彼女の救出に成功した。

 

「へえ……やるじゃん……!」


 視力を回復させたグドナルは、自身から離れた位置に立ったユリンを見て嬉しそうに笑う。


「シーナ大丈夫ッ!?」


「へ……イキよ……。ありがとユリン……助かったわ……」


 四つん這いで(こうべ)を垂らしながら息を切らすシフィナと、背後の彼女を庇うようにして立つユリン。

 シフィナの声のなんと弱々しいことか。だがグドナルはお構いなしだ。むしろユリンへの興味をそそられたせいで余計にヒートアップし、彼女らへの追突撃に入る。


 0.1秒とかからず間合いを詰め、右拳の暴力をなんの躊躇いもなくユリンに振り下ろす。


「"慈䜌盾(しらんじゅん)"、『(そん)』ッ!!」


 ユリンはそれに対し両腕を前に出すと、"正四角形"の防壁を張った。グドナルの拳はそれに命中。先ほどと同じく、またあっさりと防壁を打ち砕きーー



 ……とはならなかった。

 それどころか防壁はグドナルのパンチを丸ごと反射、跳ね返したのである。

 


「ぐおおー!?」


 一撃で地面に大穴を穿つほどのパワーが彼自身にそのまま返されたのだ。ここでグドナルは初めて大きくブッ飛ばされ、地面を転がった。


「はっはっは!! なんだ、おもしろい術だな!! そんなの見たことないよ!!」


 それでも彼はダメージ無し。ケロリと起き上がりご機嫌に大笑いまでする始末。


『な……なんて力なの……! 完全に跳ね返したのに衝撃が骨まで響いてる……! ステロイドで肉体強化してなかったら、今のだけで腕が潰されていた……ッ!』


 むしろユリンの方が腕を強く痺れさせ、魔力消費の激しさゆえか顔色も悪い。

 

「ユリン……ど、どいて……! アイツは……あたし、が……!」


「シーナ動いちゃダメッ! それ以上無理したらホントに死んじゃうよ!」

 

 ユリンの制止も聞かず腰をわななかせて立ち上がる、血みどろのシフィナ。

 それをよそに、ユリンの術で遠くまで吹っ飛ばされたグドナルが突如、ブォン、と音を立ててその姿を消した。


「!! 来るッ!!」


「野郎……ッ!!」


 それに続き、ユリンとシフィナの姿もシュンッ、と見えなくなる。やがて上から、下から、かと思えば右の方から、何かが激しくぶつかり合う音が次々と響く。

 ……3人が戦っている。眼にも止まらぬ速さで動くグドナルが、ユリンとシフィナが。


『く、くそ……ッ!! 全然……ついて行けねぇ……ッ!!』


 呆然とするしかない雄弥。それは、今の彼が踏み込める世界じゃなかった。



「でぇえああああああァァァ!!」


 グドナルの両拳のラッシュがユリンを襲う。


「"慈䜌盾(しらんじゅん)"、『(しん)』!!」


 ユリン、両手に小さな魔力盾を生み出して対抗。かつてのエドメラル戦時と同じだ。相手の攻撃を受け止めるのではなく、盾の角度や位置を瞬時に調整して受け流している。

 それでも腕にズシズシと押し寄せる圧倒的パワーの衝撃に耐えながら、彼女はラッシュの全てを捌いて見せた。


 この攻撃終わりに発生した、グドナルのわずかな隙。これを逃さないシフィナの雷速蹴りが彼の顎に炸裂する。

 だが効かない。顎は割れず、脳震盪も起こさない。グドナルは蹴り込まれたシフィナの脚を引っ掴むとそのまま彼女の身体を振り回し、側にいたユリンにフルスイングでぶつけた。


「がッ!!」


「くあ……ッ!!」


 2人揃って吹き飛ばされるシフィナとユリン。走り追撃に向かうグドナル。

 それより1歩早くシフィナが、ユリンを脇に抱え、術を発動する。


「"粗忽(そこつ)……迷忌羅(めきら)"……ッ!!」


 シフィナ、稲妻の速度を獲得。先ほどと同じようにたちまち無数の残像を発生させる。


「へッ!! このボクに同じ手が2度通用するかよッ!! そこだァァァ!!」


「ぐあッ!!」


 学習済みのグドナルは本体の位置を即看破。シフィナの顔に右腕の肘打ちを見舞う。

 シフィナの裂けた頬からへし折られた奥歯が飛び散る。だが彼女とて考え無しに同じ技を使ったわけではなかった。すでに彼女の脇には、さっきまで抱えられていたユリンがいないのだ。


 そのユリンは、グドナルの懐に潜り込んでいた。


 彼女はまたどこから取り出したのか右手に小さな瓶を持っており、開けっぴろげられていたグドナルの口の中にそれを無理矢理押し込んだ。


「むおッ?」


 割れる瓶、ゴクリと喉に流されていった瓶の中身……緑色の液体。


「毒ぅ!? 効かないよ、バァ〜カ!!」


 それでも!! 彼にはなんの効果もない!!

 グドナルはお返しとばかりに、口の中に突っ込まれていたユリンの右腕を思いっきり噛み千切った。


「ぎ!? ゔああッ!!」


 肘から先を失い傷口から大量の血を噴き出させながら、ユリンはあまりの痛みに鈍い悲鳴をあげる。


「て……てめぇええええええッ!!」


 親友を傷つけられ激昂するシフィナ。だがいくら怒ろうとも、もう彼女の体力はほぼ残っちゃいない。

 グドナルは彼女の猛攻を軽くいなしながらユリンの右腕を口からベッと吐き出し、シフィナの頭頂部にトドメの(かかと)落としをくらわせた。


「か…………ッッッ」


 頭蓋をカチ割られた頭からさらに血を噴出し、シフィナの意識は闇に沈んだ。


「どうやらこれがキミらの限界らしいな……!! とんだ期待ハズれだったよ!!」


 もうグドナルは彼女らに見切りをつけていた。シフィナを仕留め、残るは片腕を失ったユリンのみ。彼女に終焉の一撃が打ち込まれーー

 

 

 "砥嶺掌(とれいしょう)"ッ!!



 ーーる寸前、そこに雄弥が乱入。青白く輝く左鉄拳をグドナルの顔面ど真ん中にブチ込んだ。


「…………あァ〜??」


 グドナルは全く微動だにせず、血で真っ赤にした顔で雄弥をギロリと睨む。

 当然この血液は彼のではない。傷が完治せぬまま術を使ったことで潰れてしまった、雄弥の左手からのモノだった。


「……ちょっとくらいビビれよ……このバケモンが……ッ!!」


「ビビるぅ……!? オメーにはハナっからキョーミも無ぇんだよ……!! ……失せろ!!」


 恐怖を通り越してウンザリとする雄弥の身体を、グドナルは右側から回し蹴る。


「ぶご……ッッ!!」

 

 ベキベキ、ブチブチ、と、思わず耳を塞ぎたくなるような音を右腕から鳴らしながら吹き飛ばされる雄弥。一撃で殺された……と思いきや彼は100メートルほど飛ばされたところで、空中で身体を捻りながら地面に着地してみせた。


「……アレ? なんか……あんま効いてない?」


 キョトンとするグドナル。


「バ……バーカ……!! 俺の右腕は……ッとっくにオシャカなんだよッ!!」


 すでに麻痺している右腕をさらに壊され、内臓への衝撃で口からでろりと血反吐をこぼしながらもフラフラと立つ雄弥。


『だ、ダメだ……!! 今のままじゃ……セーブしたままの魔力じゃハナシにならねぇ……!! こうなりゃ、賭けるしかねぇ……ッ!!』


「ユリぃぃンッ!! 盾で身を守れぇえッ!!」


 決死の覚悟を心に刻んだ雄弥はグドナルのそばにいるユリンに向けて叫ぶと、5指全損した左手の照準をグドナルへと合わせた。

 全身から青白い魔力を解放。戦いの余波で地平線まで真っ平にされたこの地では、その魔力の圧倒的輝きはまるで日の出のようである。


 ……まったく足りない。


『足りない……!! まだ5%も出ていない!! こんなモンじゃ野郎は倒せない!! もっと……もっと、魔力をッ!!』


 雄弥自身、それは理解していた。


 彼はさらに魔力を解放していく。これまで訓練の時ですら踏み入れたことのない領域に足を伸ばす。無論反動はあまりにもデカすぎる。ただでさえ多量に出血している彼の身体からさらに血の気が失せ、皮膚は水気を無くしてヒビ割れていく。

 その甲斐あって、と言うべきか……彼の身体から湧き上がっている魔力のオーラは、いつの間にか高さ300メートルを超えるほど巨大なものになっていた。


『……!! アイツの魔力……ここまでデタラメな量なのか……!!』


 ここで初めて、グドナルの表情から余裕が消えた。


 構えられた雄弥の左手にその魔力が凝縮していく。日の光すら霞んでしまう凄まじいエネルギー密度。それにあてられ、周囲の景色は陽炎のように歪む。

 


「チリになれぇッ!! この人外脳筋ゴリラがぁあああああああ!!」



 意識が途切れ途切れになりながらも気合いの絶叫を轟かせる雄弥。彼の手から、かつてない極大の一撃砲が放たれた。




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