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第135話 世界最恐の暴力




「…………」


 一寸角残らず真っ黒に焼け焦げた地面と、そこら中に散らばった無数の瓦礫。地表ではいまだ細かな電気がパチパチと爆ぜ、灰色の粘っこい煙が立ち昇っている。

 その荒地をこしらえた張本人であるシフィナは、眉間にシワを寄せながらグドナルがいた地点を睨んでいた。わずか2分足らずの間に彼女が叩き込んだ攻撃の手数は10000を優に超える。加えて先ほどの、核攻撃にも匹敵する破滅級の一撃。常識的に考えればあんなものをくらって肉体の原型を留めていられる生物など存在するはずがない。

 だがシフィナは、どうしても手応えを感じることができなかった。絶対の自信が宿った己の力を全開でぶつけてもなお確信があった。あの男は……グドナルは生きている、という確信。


 ……それは当たっていた。


「ーーメ……だって……ッ」


「!!」


 シフィナの視線が集中していた地点の瓦礫がボゴンと盛り上がると、そこに埋まっていたグドナルが地上に姿を現した。

 彼は暗い顔で何かをぶつりと呟き、肩をわなわなと震わせている。



「ダメだってえええええ!! おいいいいいッ!! 痛くないんだってええええええええェェェーーーッ!!」



 そして顔面の表情筋を失望で歪ませながら、涙混じりの悲痛な絶叫をあげた。

 "痛くない"。彼のその言葉がウソでないことはすぐに証明された。なぜならーー


「ば…………ば、バカな…………!! あの野郎、無傷だと…………ッ!?」


 こうして雄弥が愕然としているとおり、グドナルの身体にかすり傷のひとつもついていなかったからである。

 あれだけの乱打と(いかづち)を浴びせられたにもかかわらず、アザも、火傷も、1滴の出血もなかった。皮膚がほんの少し泥に汚れ、上半身の服が燃えて無くなっただけであった。


「ねぇ……まさかこれで終わりじゃないよね……!? 今のが本気じゃないよねッ!? こんなちょっとくすぐったいだけの"イタズラ"が、キミの全力なワケないよねええええええ!?」


 おまけにシフィナに向けてこんなことまで言い出す始末だ。

 この台詞にもウソはない。彼の懇願するような必死の形相がそれを物語っている。戦いの中に痛みを求めるグドナル・ドルナドルの、魂の叫びであった。


「……そんなすぐに手の内全部晒すワケないでしょ。戦いには組み立てってのが……あるのよ」


 当のシフィナは強気な言葉を返すが、その表情にはもはや一片の余裕も残されてはいなかった。彼女の頬を、ひとつの冷たい汗がつたって落ちていく。


『くそ……参ったわね……。さすがに今のだけで倒せるとは思ってなかったけど、まさかノーダメージだなんて……。いったい何でできてんのよアイツの身体は……ッ!』


 ……心中もこのとおり。こんなデタラメな頑強さを持つ敵は、彼女にとっても初めてだったのだ。


「は、なにそれ? じゃあどうしたら本気でやってくれるの!? ねぇ、どうすればいい!? ボクはどうすればーーハッ!! そうか!!」


 彼女の答えに納得がいかなかった様子のグドナルだったが、何かを合点しーー



「ボクが本気を出せばいいんだね!? 今すぐに!! そうすればキミも、もっと死に物狂いでやってくれるよね!? そうだ、そうしよう!! そうするよ!!」



 ……こんなことを言いだした。同時に、これまで子供のように喚き散らかしてたグドナルの雰囲気がガラリと変わる。全身から重い空気を発し、眼元をドス黒い影で覆った。


『さて……どうくるかしら……!?』


 その変貌を察知したシフィナは構えの姿勢を固める。

 

「な……何が"本気"だ、あの野郎……! ダメージが無いにしたって、シフィナに手も足も出てねぇくせに……! ヤツはただ硬ぇだけだ……! シフィナの動きにはまるでついていけてなかったじゃねーか!」


 遠巻きに眺めている雄弥はそんな見解を(こぼ)すが、隣にいるユリンがすかさず否定する。


「違う……」


「は?」


「あのグドナルって人……まだ……魔術を使っていません。……(なに)も……!」


「!? な、なんだとッ!?」



 彼らがそんな話をする中、突如として周囲に嵐が巻き起こる。()()()()()()、雨が降り出す。

 やがて地響きが発生、じわじわと強くなる。大地が……否、世界そのものが揺さぶられているかのような振動。もともと地べたに座り込んでいた雄弥だが、あまりの揺れに座る姿勢を保つことすらできなくなる。



 ーー()性解放  『褒躯(ほうぐ)



 その異常現象の元凶は、やはりグドナルであった。

 彼は全身から銀色の魔力を解放していた。そしてただでさえヒト離れした太さを持つ腕や脚の筋肉をさらに膨張させ、体表にいくつもの血管をビキビキと浮かび上がらせている。


「ーーさあッ!! 行くぞォッ!!」


 三白眼を剥き出しにしたグドナルはいよいよ攻勢に転身、シフィナへの突撃を敢行した。

 彼は停止状態からいきなり音速を超えるという異次元の加速を披露し、0.01秒とかからずシフィナまでの距離を詰める。


『速いッ!!』


 驚きつつも、さすがはシフィナ。彼の急突撃もなんとか見切り、空中に飛び上がることで振り下ろされた拳を回避する。

 空振りしたグドナルの拳骨はそのまま地面を叩き……そこを思いっきり陥没させた。亀裂が入る間も無かった。たった1発のパンチで、一瞬にして直径80メートル、深さも30メートルを超える巨大な穴が構築されたのだ。

 

「うおおおおおおッ!?」


「きゃ……ッ!!」


 地盤の破片、衝撃。それら余波は離れた位置にいた雄弥とユリンにまで襲いかかる。


「ユリン!! ユウッ!!」


「よそ見するなよおおおおおおッ!!」


 彼ら2人に気を取られたシフィナへ、グドナルの追撃が迫る。

 しかも今度は空中。さすがにシフィナといえど身動きが取れなかった。彼女はあっという間に眼と鼻の先まで接近してきたグドナルの蹴りに対し、左腕による防御という選択をするしかなかった。


 ボキィッ。


「!! ぐ……ッ!!」


 ……折れた。蹴りを受け止めた彼女の左前腕骨が、なんの抵抗もなくへし折られた。

 さらに蹴りの勢いは微塵も殺せなかったため、シフィナはそのまま地に叩き落とされてしまう。あまりのスピードにより彼女の身体は地表を貫通して地面の中に埋まってしまった。


「ぞあーーーッ!!」


 グドナルは急降下すると彼女が埋まったその地点に、ズダァァンッ、と両足での踏み付けを行なった。地表がまるで豆腐のように突き潰され、またもや最大震度を上回らんばかりの振動が起きる。

 そして彼は地中にいたシフィナへとあっという間に追いつき、そのまま彼女の腹部を踏み抜いた。


「ごはッ!!」


 ベキリ、という肋骨の破砕音とともにシフィナの口から噴水のような鮮血が吹き出す。

 こんなものでは終わらない。グドナルは片手で彼女の頭を鷲掴みにすると力の限りに上に向けてブン投げる。左腕がひしゃげ、腹部が不自然に凹凸した状態のシフィナが、一本釣りされた魚のように地上へと打ち上げられた。


 彼女を追い、グドナルも地上に現れる。容赦無く潰しにかかってゆく。


「や……ろぉおおおおあァァッ!!」


 満身創痍、だがシフィナは立ち上がった。今度は自らが先手を打ち、自身に迫るグドナルの右側頭部に(いかづち)のパワーとスピードを乗せた強烈な回し蹴りを見舞った。


 ぐしゃッ。


 砕かれた。

 ……蹴り込んだ彼女の脚、が。

 

「な……な……ッ!?」


「だァからッ!! 痛くねぇっつってんだろーがあああァァァァァァ!!」


 いよいよ戦慄するシフィナを、グドナルが殴りつける。その拳を顔面にくらった彼女は右頬(みぎほお)(にく)を弾け散らしながら数百メートル先にある山まで飛ばされ、その山肌へと激突。


「基本がなってないんだよォッ!! キックってのは!! こう打つんだーーーッ!!」


 グドナルはシフィナを殴り飛ばしたその山に向けて、1発、蹴りの"素振(すぶ)り"を放った。


 ……風が起こった。彼が振るった片脚から、夏の台風のような大風が発生した。

 その大衝撃波の塊は山に直撃すると、なんと標高600メートルはあろうその山を丸ごと吹き飛ばし、粉々にしてしまった。砕かれた山の破片が豪雨の如きに降り注ぎ、四方数百メートルにわたる地表が瓦礫で埋め尽くされてしまう。


「シーナぁあッ!!」


 冷静を失い、山もろとも打ち砕かれた親友に向けて叫ぶユリン。雄弥に至っては最早何が起きているのか理解できずにいた。


『…………な…………んだよ、アレ…………。蹴りの風圧だけで、山が…………。ヘタすりゃ…………俺の『波動』より…………ッ』



 五芒卿(ごぼうきょう)が一、〈剛卿(ごうきょう)〉グドナル・ドルナドル。

 これが彼の、「本気の()()」だった。

 


 倒壊した山の瓦礫の下からシフィナが飛び出す。


 その身体はすでに血まみれで真っ赤になっており、もともと露出が多かった服もいよいよその役割を果たせなくなってきている。

 だが心はまだ折れてはいない。シフィナは裂けた右頬から奥歯を剥き出しにしながら、かろうじて機能している右手を振るって術を放つ。


「"転婆(てんば)……因堕羅(いんだら)"ーッ!!」


 目測でも1000を超えるであろう無数の稲妻が同時にグドナルに直撃。甲高い雷音が、障害物の無くなった大地に轟く。


「なーはははははは!! そう、それでいい!! 倒れちゃダメだッ!! 頑張ってくれ!! ボクのためにィッ!!」


 だがグドナル、やはり無傷。やはり笑顔。攻撃を受けている最中なのに。まさに絶望の化身。

 倒せる気がしない。だが逃げることなどもっとできない。


「ぬゥああああああァァァーーーッ!!」


 そんな暴力の体現者に向けて、シフィナは捨て鉢の猛攻を仕掛けるしかなかった。

 


 

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