第134話 雷娘(かみなりむすめ)vsドMゴリラ
「……………………え」
雄弥の脳神経はすでにパンクしていた。
今の今まで数十メートル先にいたはずのグドナルがいきなり眼と鼻の先に現れた事実。シフィナがなんの抵抗もできず殴り飛ばされた事実。……そして、これら全ての出来事の一切を、自分が全く認識できなかったという事実。
「し……シーナ!!」
ユリンも同様であった。現に今ようやく、親友が攻撃されたことに気がついたのだから。
「よそ見はダメぇえッ!! ボクだけを見なさぁァァァいッ!!」
だがグドナルは手を緩めない。彼らの動揺などには眼もくれず、左拳による追撃を繰り出す。
「くッ!!」
ユリンはいまだ放心状態から抜け出せていない雄弥を抱えて飛び退き、紙一重でそれを回避した。
「おお!? いいじゃーん!! もっとチョロチョロしてみろォォォ!!」
「よ、よくもシーナを……!! いきなり何するんですかッ!!」
「そらそらそらそらそらそらァ!!」
当然追いかけるグドナル。相変わらずその暴力には躊躇が無い。ユリンの抗議に耳も貸さない。
ユリンの身体能力で彼を振りきることは誰が見ても不可能だ。そんなユリンはなんとかこの場だけでも凌ぐため、雄弥への治癒を1度中断。魔力を身体に戻し、グドナルの猛攻を遮らんと防壁を展開する。
「"慈䜌盾"ッ!!」
「"壁"なんて作んないでよォォ!! さーびしいぃいいーんッ!!」
バリィィィィンッ。
……割られた。
たった1発のパンチで。なんの抵抗も無く。
ユリンの"慈䜌盾"は無惨にもガラスのように砕け、やがて魔力の微粒子となって霧散していった。
「素手で!? そ……そんなッ!!」
「そーれ、2人めだァッ!! これ1発くらいで死ぬなよッ!!」
愕然とするユリンにグドナルの魔手が振り下ろされる。
だが拳が彼女の鼻先まで迫ったその時ーー
「おぅふ!?」
グドナルの顔面のど真ん中に1つの攻撃が命中した。雷の弾だ。その勢いにより彼はユリンを潰し損ね、後ろにぐらりとふらついてしまう。
「触んな……!!」
その後を追うように飛んできた、怒髪で天を抉り壊すかのような鬼声。たった今の攻撃の主……シフィナである。
「ユリンに触んじゃねぇ!! 殺されてぇのかこの肉達磨ッ!!」
岩壁の山から破片を根こそぎブッ飛ばすことで脱出していたシフィナ。親友に手を出されかけた怒りで煌めく銀髪をわらわらと揺らし、瞳孔を押し潰すほどに眼を睨ませている。そしてその全身からは、細かな電気を無数に、バチバチと火花を立てて爆ぜさせていた。
「……へへへへェェ……!! そうだよ、殺されたいんだよ……!? でもボクはダメだ……死ねないんだ……だから困ってるんじゃないか……!! エ〜へへへへへへへ……!!」
そんな彼女の雷撃弾を顔へモロにくらったグドナル。しかしやはり1ミリも効果は無い。傷を負うどころか眉毛や頭髪が燃えることすらなく、ただ顔を上気させニタニタと笑っているだけだ。
『くそ……バケモンめ……!! 〈剛卿〉グドナル・ドルナドル……世界最強の肉体の持ち主……!! 噂に聞いたことはあったけど、トチ狂ってるなんてもんじゃないわ……!!』
怒りを顕にしこそすれ、シフィナの心中には確かな焦燥があった。
くらったのは初撃のパンチ1発のみ。それでも彼女の身体にはとんでもないダメージが刻まれていた。殴られた左頬は痛々しく腫れ上がり、頭から流れ続ける鮮血で銀色の前髪を真っ赤に染めている。衣服もボロボロである。
『でもあたし1人ならともかく……ユリンとユウを連れてちゃ、あのイカれた身体能力からは逃げられない……! アイツに話し合いが通じる脳ミソがあるとも思えない……! ……倒すしか……ない!! アイツを!! 一刻も早く!!』
シフィナは両手を握りしめ、腹を括った。
「シーナッ!! 大丈夫ッ!?」
「だからああああああボクだけをおおおおおおおおお見ろってのおおおおおおおおおおおおおー!!」
姿を見せた親友に無事を尋ねるユリン。そんな彼女に、再び癇癪を起こしながら襲いかかるグドナル。
最中、シフィナは全身に纏う雷気を一層スパークさせ、腕や足の筋肉をボゴリと膨れ上がらせる。
「ふ……うぅッ」
そして大きく強い一呼吸とともにドンッ、と地面を蹴り、バネで弾かれたような猛スピードでグドナルに向かって行った。正面から、一直線に。
「おお、素直なバカだなぁッ!! 大好きッ!! 死んじゃえーッ!!」
すかさずグドナルは攻撃のターゲットを挑み来る彼女へと変更。樹齢1000年の大木のような大脚による蹴りをシフィナに繰り出す。
ーー"粗忽迷忌羅"
が、蹴りが命中する直前、なんとシフィナが増えた。
その数10人、20人、いや50人。身体に雷を帯びた女が、空間をたちどころに埋め尽くした。
『!? なんだ、分身? いや……残像か!』
グドナルはこの現象のカラクリを瞬時に見抜き、そしてそれは的中した。現に彼の蹴りはシフィナの頭に炸裂したが、同時にシフィナの身体自体がなんの手応えも無いまま霧のように消えてしまったのだ。
稲妻と同レベルにまで加速することで発生させた、シフィナの残像分身体。50を超える"彼女ら"が全て、一斉にグドナルに押し寄せる。
「ぐぉおおおおおおお!?」
息つくヒマも与えない猛撃群がグドナルの身体を丸呑みにする。その手数の分厚さは、まるで本当に分身したかのよう。
シフィナは彼の頬に肘を打ち、ノドを突き抉り、アゴを思いっきり蹴り上げる。200キロの巨体が大気圏を貫通するロケットばりの速度で上空にブッ飛ばされた。
シフィナ、それに一瞬で追いつく。彼女は空中で、右手と左手を合わせた両拳骨のハンマーをグドナルへと振り下ろす。
地上に真っ逆さまに殴り落とされるグドナル、再び追随するシフィナ。グドナルが地表に激突したのと同時に、彼女は雷を爆ぜさせる両手をギリリと握り固めるとーー
「"獰悪摩扈羅"ッ!!」
世界最強の筋肉人間に向けて、稲妻の速度をもった拳による連打のラッシュを放った。1秒に何百発という速度で叩き込まれるその衝撃はグドナルを突き抜けて地盤にまで伝播し、巨大なクレーターを形成していく。
鼓膜が引き裂かれそうな雷鳴・破砕音、そして何万本もの落雷が発生しているかのような強烈な閃光。彼女が今グドナルにくらわせているのは、そこらの核兵器を軽く凌駕する威力を持つ攻撃であった。
「ぬあ……!! し、シフィナ……すげぇ……!!」
ここでようやく、雄弥は正気を取り戻した。我らが副官殿の文字通り破壊的な力を改めて見せつけられればそりゃあこうなる。
「…………」
翻って、ユリンはずっと険しい表情のままだった。現状圧倒的にシフィナが優勢だ。であるのに、彼女の赤い瞳の中には隠しきれない不安が滲み上がっていた。
「ぐらぁあッ!!」
そんな2人はさておき、ここでシフィナは雷拳の連打をやめ、グドナルの身体を力の限りに蹴り飛ばした。野球のライナー弾のように飛ばされたグドナルは、さっきまでシフィナが埋もれていた岩塊の山に頭から突っ込んでしまう。
シフィナの手はゆるまない。彼女は両手を自身の頭上に掲げると、全身からこれまでの比にならない量の魔力を解放する。
やがて彼女が天に突き上げた手のひらの上に金色の球体がひとつ出現し、ほんの数秒で直径70メートルほどにまで膨れ上がった。言わずもがなその球体とは、何億ボルトとも知れぬ電圧を秘めた雷の塊であった。
シフィナは腕を振り下ろした。岩塊の下敷きになっているグドナルに向かって。
「"涅槃頞兒羅"ァッ!!」
弩級のエネルギーと巨大さを有する雷球が落下する。その様は、空そのものが落ちてきたかのよう。
やがてそれが地表に触れると、辺り一面は宇宙誕生のビッグバンの渦中が如き純白光の世界となった。"慈䜌盾"によって守っていなければ、この余波だけで、雄弥とユリンまでもがチリと化していたことだろう……。
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