第133話 〈剛卿(ごうきょう)〉見参
ーー忘れない。この日のことは。
身長2メートル半に迫るかっつーゴリラみてぇな男が、いきなり空から降ってきた。
男は身体のデカさの他にも、坊主半分ハゲ半分というセンス皆無のアタマ、片っぽしかない眉毛など、他人の眼を引きつける要素が山ほどあった。
……でもその時の俺には、ヤツの外見なんざ二の次だった。
俺は、命のやり取りの経験が少ない。戦う者としてのカンがまだ無い。向き合っただけで相手の実力を測る……そんな武道の達人みたいなマネはそうそうできない。
それでも一瞬でわかった。現れた瞬間にわかった。この男のヤバさが。
まばたきを忘れて眼がカサカサになった。呼吸を忘れて肺がしぼんでいった。まだ治療が済んでない身体の傷の痛みを、全く感じなくなった。宇宙人、サンタクロース、神サマ。人がそれらと本当に出くわした時も、おそらくこんな反応をするのだろう。
すぐ近くで荒い呼吸音が聞こえる。……ユリンのものだ。俺を庇う姿勢のまま、普段はふわりとさせているオレンジ色の髪の毛を大量の汗でしなしなにしている。
ポタリ。地面に何か水滴が落ちる。……シフィナだ。シフィナの汗だ。金色の瞳、その瞳孔を全開にし、構えた拳をかすかに震わせている、シフィナの汗だ。見たことがなかった。コイツが、こんなに取り乱しているところなんて。
それらの原因全て、1人の男に有り。筋肉の壁、いや、筋肉の要塞を全身に纏った、その男に有り。
誰だ。
誰なんだ。
「…………だ……だ、れ……だ…………ッ!?」
俺はコンクリートで固められたかのようにガチガチになってしまった舌をなんとか動かし、男に弱々しい言葉を投じた。
ーー乱入者、グドナル。年齢37歳。
公帝領中級貴族の嫡子として生まれる。
彼は生来人智を超越した鋼の肉体を備えていた。
生まれた瞬間デカすぎる産声で病院の建物を丸ごと吹き飛ばし、生後6分で指立て伏せ23719回の珍記録を樹立。
2歳の頃、自分を叱った父親をブン殴って全身骨折で病院送りにし、そのバカげたパワーを恐れた母から家を追い出される。以後幼くして天涯孤独の身となるが、彼はまっっっっっったく苦労しなかった。喉が乾いた? 川の水をぜーんぶ飲んじゃおう。腹が減った? ちょうどいい、干上がった川の底に無数にいる魚を食おう。住む場所? 素手で山に穴を開けてかまくらにしちゃおう。……生態系はハチャメチャになった。
彼に困ることなどなかった。できないことなどなかった。側から見れば誰もが言うだろう。彼ほど幸せな者はこの世にいない、と。
が、あった。彼にも悩みはあったのだ。
彼はある日、住処にしていた山で捨てられたエ◯本を見つけた。当時彼は12歳。性の目覚めが始まる12歳。もちろん彼はその本を持ち帰った。
帰った彼がドキドキしながら開いたその本のジャンルは、なんとSM。しかももンのすごくどぎついヤツ。刺激が強いどころじゃ済まされない、完全な有害図書であった。
……彼の性癖はグニャリと曲がった。しかも"M"のほうに。
ボクもムチで打たれたい、燃えるロウソクを垂らされたい、キツく縛られてあれこれされたい。グドナルは早速実行した。自分でやったり、街でアブないお姉さんを誘ったり、方法はいろいろ。
しかし、彼の身体は頑丈すぎた。ゆえに痛みを、苦痛を、微塵も感じなかった。感じることができなかった。
腹を銃で撃ってもらった。……銃弾が跳ね返されてしまった。
キ◯玉をハンマーでブン殴ってみた。……ハンマーの方がひしゃげてしまった。
製鉄所の溶鉱炉に飛び込んでみた。……プカプカ浮かんだまま寝てしまった。
彼は泣いた。三日三晩泣いた。性欲すら満たせない己の不幸を呪った。
あまりの絶望に自殺も考えた。だが死ねない。だって身体が強すぎる。この世に彼を殺せる兵器は、方法は、なんにも無かった。
ちょうどその頃だった。野生のモンスターとして生きていた彼のウワサが、公帝軍に知られたのは。
軍は衣食住において最高の待遇を与えることを約束し、彼をスカウトした。13歳のグドナルはこれに応じた。常時戦いに身を置く兵士であれば、いつか自分に痛みを与えることのできる敵と出会えるかもしれない。そう考えたためだ。
案の定それからは兵士として八面六臂のスーパー大活躍を重ね、一躍公帝軍の最大戦力となった。噂によれば、彼によって殺された敵の死体は全て、お漏らしによってズボンをびしょびしょにしていたという。あらゆる者に、恐怖に満ちた死を与える……悪魔も裸足で逃げだすであろう残虐なパワー。この圧倒的な力から、彼には2つの呼び名がついた。
ひとつは、「世界最強の肉塊」。そしてもうひとつはーー
「〈剛卿〉!! 〈剛卿〉グドナル!! グドナル・ドルナドルッ!! ドルナドル義勇隊隊長にして、公帝軍五芒卿の1人ッ!!」
グドナルは嬉々として答えた。掠れた声で名前を聞いてきた雄弥に。そしてその視線は、彼の周りにいるシフィナとユリンを捉える。
「あはぁ〜強い……!! 強いねぇキミら!! さぁボクをブッて!! 殴って!! 痛くして!! たっぷりいいことしておくれッ!! えへ、へ、えェ〜へへへへへへへェェェ!!」
身につけている白いチュニックを口から垂らすヨダレで濡らしながら、拳をゴリゴリと鳴らすグドナル。
彼は歩を進める。3人に向かってドズン、と1歩。ズズン、と2歩。そして3歩目が地に着く前にーー
「ひゃぁあアアーーーッ!!」
テレポートでもしたかのように、一瞬で雄弥たちの眼前に出現。先頭に立っていたシフィナの顔面に隕石の如し右拳骨を叩きこんだ。
「ごッ!!」
身体をきりもみ回転させながらブッ飛ばされたシフィナは遥か後方の岩壁に激突。衝撃で岩壁はたちまちに根こそぎ崩れ、彼女の姿は岩塊の山の中に埋もれてしまった。
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