第132話 無双、シフィナ
「て、てめぇ!! 上等だぁッ!!」
「フクロにしてやるゥゥッ!!」
シフィナの啖呵に触発された義勇隊兵士たちは一切に彼女へと襲いかかる。
屈強な肉体に包まれた男たち、先発する者だけでも10人を超える。彼らの剛腕、剛脚があれよあれよとシフィナに迫る。
ーーしかし。
「りゃあああああ!!」
「がッ!!」
「ごッ!?」
「うぐぇええ」
シフィナの拳は、蹴りは、まさに稲妻のような速さで、襲い来る男たちに向けて放たれた。
先発した10人ほどの義勇隊兵士たちは全員1人1発で仕留められてしまった。天の彼方へとブッ飛ばされ、地面に埋まるほどに殴り倒され、胴体が変形するほどに蹴り込まれた。
結果、10人合わせて3秒も保たなかった。
「はあ!? バケモノかあの女!!」
「ちいッ!! 接近はムリだ!! 術を撃てぇッ!!」
リーダーのドレッドヘアー男の一喝により、後方にいた残りの兵士たちが次々と魔術による遠距離攻撃を放つ。
炎の球に、水のムチ、光の刃、岩の礫。それらがシフィナに向け、同時に、彼女の全方位から降り注ぐ。
対するシフィナは上体をわずかに反らし、すううッ、と深く息を吸い込んだ。そしてーー
「かあッッ!!」
瞬間的に、周辺の木々の枝葉が丸ごと吹き飛ぶほどの雄叫びを上げた。
その強烈な音波は彼女に迫っていた魔術と激突。すると炎は消え、水は蒸発し、光は散らされ、岩石は粉々に砕かれた。全てがまとめて消滅させられてしまったのだ。
「な……な、な、な……んなァ……ッ!?!?」
とうとう義勇隊兵士たちは揃いも揃って戦慄。
両の拳をゴキゴキと鳴らし、ふしゅぅ〜ッ、と蒸気機関車の煙のような濃い息を吐きながら、怒れる鬼のような形相で立つ銀髪の女。
「な、なんなんだ……ッ」
そう、彼らは知らない。
「なんなんだお前はァァァァァァッ!!」
これがーー
「あの死に損ないのバカの仲間だッ!! そう言ってんだろうがァッ!!」
シフィナ・ソニラなのだ。
彼女が、突然フッと姿を消す。義勇隊兵士たちが驚くのも束の間、彼らのうちの5人ほどが瞬く間に殴り倒される。
魔術ではない。彼女の天賦の身体能力が可能にする超速の動きである。誰もが一瞬で背後をとられ、一撃で沈められていく。数十人もいたはずの義勇隊はみるみるうちに数を減らしていった。
「チョーシのんじゃねぇよクソアマァァァッ!!」
「いい気になりやがって!! 潰すッ!!」
そのスピードについて来れた者もいるにはいた。リーダー格のドレッドヘアー男を含めた4人の兵士だ。おそらく彼らが、この集団における最上位の実力者なのだろう。
4人は同じように高速で動きながら、シフィナを取り囲む。一糸乱れぬ、息のあった連携だ。お互いがお互いの隙をカバーする形の完璧な包囲網となっている。
彼らにミスがあったとすれば1つだけ。……力の差がありすぎた。
「ぜぁああ!!」
「ぐっはああああッ!!」
シフィナはその緻密な連携網をパワー一辺倒でブチ壊してしまった。
互いの隙をカバーしあう、とは言ったが、そもそも生半可な防御では彼女の攻撃は受け止められない。どんな形であれ喰らったら終わり、つまり近づいた時点で負け確定である。
「がべッ!!」
1人目はストレートパンチへのクロスカウンターで卒倒させ、
「ぶぐぅッ!!」
2人目は背後から迫ってきたのを裏拳でKOし、
「いぎゃあああああ」
3人目は足払いをしかけてきたので逆にその脚を踏みつけてへし折った。
シフィナがこの一連の流れを終えるのにかけた時間は1秒足らず。あっという間に記録更新だ。
残ったのは、リーダー格の男ただ1人。
「ひ……く、クソ……クソ……!!」
冷や汗で制服をじとじとにしながら狼狽するドレッドヘアーの男。彼は無意識のうちに後ずさる。
「ーーなんだよ。てめぇらケンカが好きなんだろ? 楽しいんだろ? それもこのあたしがせっかく付き合ってやってんだ」
ざむ、ざむと、ゆっくり近づいてくる女から。
「……笑えよ……!!」
金色の瞳で自分を睨みつける、化け物から……。
「クソぉおおおおおおおおおおおおおおお」
男は周囲もはばからず恐怖の涙と鼻水を垂れ流しながら、両の手のひらをその化け物に向ける。やがてそこから直径にして3メートルはあろう巨大な魔力の塊を撃ち出した。
……だが勝負はもうついている。
シフィナは自身の眼の前まで来たその術に対し、ひとつのデコピンを喰らわした。
途端に術は弾き返された。シフィナに撃たれた時の倍以上の猛スピードで、男のもとへと戻っていく。
「はへ……♡ やっぱダメかぁ……♡」
最後に心までをも挫かれたドレッドヘアー男に、はね返された魔力塊が直撃。彼は遥か彼方へとフッ飛ばされ、"いなくなった"。
ーーここまで魔術の使用は無し。それでも圧倒的な力量差を見せつけたシフィナ。
1人対50人超というこの戦いは、彼女の完全勝利で幕を下ろした。
* * *
「あ、相変わらずのパワーモンスターめ……。魔狂獣がカワイく思えるぜ……」
地べたに座り込んでユリンの治療を受けながら、ほんの1分ほどで決着をつけたシフィナを唖然と見上げる雄弥。かつては彼自身もその身をもって体験した力だが、やはり圧巻であった。
「あたしに言わせりゃあんな雑魚の集まりに手こずるほうが意味分かんないわよ。それよりアンタ、なんでこんなとこにいるのよ」
「そっちに帰ろーとしてたんだよ。非占有地帯なら安全だっつーからやっとの思いで来てみりゃこのザマだ。お前らと会えてツイてたぜホント……」
「帰るって……ユウさん、今までどこにいたんですか? それによく生きてましたね。……ホントに、よく生きて……」
雄弥のそばにしゃがみ込んで『命湧』の光を纏った手を彼の傷に当てているユリンは、再び涙声を震わせる。
「ああ、ある人たちに助けてもらったんだよ。それがーー」
「ん……え!? ちょっとユウさんどうしたんですかこの右腕!? 神経が完全にやられてるじゃないですか!! あのヘンな制服着た人たちにやられたんですか!?」
「へ? いや違う違う、それはまた別件だぜ。まぁ話せば長ぇんだけどーー」
「てかユウ、アンタのその眼はどういうこと? アンタ、人間の?」
「おーいッ! 質問すんなら喋らせろよ! ハナシが全然進まねーじゃねーかッ!」
聞きたいことを口当たり次第にまくしたてるユリンとシフィナに挟まれる雄弥。そこら中にシフィナに倒された兵士たちが転がり、地面はどこかしこも木々をブチ折られた更地になっているというのに、なんともこの場に似つかわしくない能天気なやり取りであった。
「マヨシーってとこに漂着したところを現地の人に助けられた! 腕はここに来る前に、ええと……"事故に遭って"こうなった! で! ーー……そうだよシフィナ、俺は人間だ。黙ってて……悪かった」
彼女らの質問にまとめて一気に答えた雄弥。さすがに最後の問いに対しては語気を静めるしかなかったがようだが……。
「ふーん……なるほどね。アンタみたいなヘナチョコにわざわざユリンが世話係についたのは、そのワケありのせいだったってことね」
「ま、まぁな……」
「てことは元帥も知ってるのね。あとは……アルバノさんもかしら?」
「私とシフィナ以外でユウさんのことを知ってるのは、最高戦力の御三方と5名の上級議員、そしてベラーケン議長だけ。……最重要機密事項なの、これは……」
その疑問にはユリンが答えた。……不安そうな顔をシフィナに向けながら。
シフィナは腕組みをしながらしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開く。
「……そ。ならこれ以上は聞かないわ。このバカが動けるようになったら、早くナガカに行って任務を果たしましょう。ただユウ! 帰ったら行方不明になってる間のことをしっかり聞かせてもらうわよ」
「……え?」
「? なによ」
「い、いや……いいのか?」
「は? 何が?」
「いやその……俺、帰っていいのか? 人間の俺が……」
「はあ? ワケ分かんないことほざいてんじゃないわよ。ビックリはしたけど……アンタは人間とか猊人とかの前に、"ユウヤ・ナモセ"でしょうが。あたしにとって大事なのはそれだけよ。せっかく無事だったんだから、とっとと帰って来なさい」
我らが第7支部副長は淀みの無い瞳と口調で、そうきっぱりと言い切った。
「……シーナ……」
ユリンはそんな親友に微笑み、誇らしげに見つめた。
「お、おう! ……ありがとよ」
「フン」
雄弥も感慨に満ちた礼を静かに述べる。でもやっぱりシフィナは、変わらずいつものツンツンした態度のままだった。
「つーか……お前ら2人はなんでこんなところにいるんだ? ナガカに行く任務がどうとか言ってたけど……」
「はい。実はナガカの領主様に用がーー」
ユリンが答えかけたその時だった。
ーー突然、空にひとつの影が現れた。大きな影だ。陽の光が遮られ、一瞬ではあるが辺りは薄暗くなってしまう。
「!?」
その気配に気がついたのはシフィナとユリンだけ。彼女ら2人は顔中に冷たい汗を吹き出させ、頭上の影にがばりと視線を向ける。
やがてその影は落下。すっかり木々が潰され見通しが良くなったこの地に、ズズゥン、と降り立った。
影の正体は、ヒト。1人の男。
2メートル半に迫る身長、先ほどの義勇隊兵士たちの誰とも比較にならないほど太い手足、坊主半分、つるっぱげ半分という奇妙な頭髪。
……そして何より、その圧倒的な存在感。軽い足踏み、腕の揺れ、指のあそび。それらひとつひとつ全てが、空気を大きく振動させている。空間にヒビが入ってしまいそうなほどに。まるで世界そのものが、その一挙手一投足に傅いているように。
「スゥ〜……ハァアアァア〜ァ……」
男は上体を起こしながら、大きく深呼吸をする。
まばたきも忘れて本気の構えを取るシフィナ、何が起きているのかまだ理解できずにいる雄弥、そんな彼を自身の身体を覆い被せて庇っているユリン。
男……グドナル・ドルナドルは、そんな彼らを見て笑った。口角を大きく上げ、真っ白な歯を露わにした。
彼らから感じる"ビリビリ"に、胸を躍らせながら……。
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