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第131話 イザコザの再会




「ちゃりゃああァァーーーッ!!」


「くッ!!」


 逆毛の男が振り下ろした手刀を左手で受け止める雄弥。しかしすでに壊れかけだった彼の左手組織は、その防御行為を最後にいよいよ完全に砕けてしまう。


「ぎゃ……ッ!!」


 1本限り残った腕……その5指をバラバラの方向へ捻じ曲げられた雄弥。激痛に思わず涙を滲ませる。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇえッ。ち……ちきしょう……ッ!!」


 無理もない。2人目の相手とはいえ、雄弥の体力はすでに限界。そもそもここに来るまでの旅路でとっくにヘトヘトだったのだ。

 今やそれに加えて全身の皮膚をどこもかしこもひどい内出血によって紫色に染めるほどのダメージを負っている。


「おいおいなんだなんだァ! シックをブン殴った時の勢いはどこいっちまったんだ!?」


 逆毛の男も顔面を何箇所か腫れ上がらせている。雄弥の奮戦の証である。だが彼に比べればぜーんぜん大したモンじゃない。ダメージの差は明らかだった。


「よく頑張ったがここまでだ!! ケリをつけてやるぞォッ!!」


「くうッ!!」


 逆毛の男は両腕の筋肉をボゴリと膨張させ、雄弥に向かって飛びかかる。片腕しか機能しない雄弥はめちゃめちゃになった左手を構えるしかなかった。


 迫る。男の鉄球のような拳が、彼の壊れた左手に。

 受け止められない。左手は粉々に砕かれ、拳はそのまま雄弥の顔面を殴り潰す。未来は決まった。


 ……はずだった。


 雄弥の左手に拳が届く直前、逆毛の男にひとつの落雷が命中したのだ。


「びぎぇえええええええええええええ!?」


「!! な、なに!?」


 男は全身真っ黒コゲになって気絶。

 もちろん雄弥の仕業ではない。何が起きたか分からず困惑する彼だったが……




「…………ユウ…………さん…………?」




 突如鼓膜を、懐かしい声に揺らされた。この世界に転移してから1番聞いた声。包まれるように柔らかく、眠ってしまうほどに心地いい。全身の痛みなど忘れてしまう。

 雄弥は声の方向、左側へと顔を向けた。



 ーーユリン・ユランフルグ。彼女はいた。そこに、ここに。



「ゆ……ゆ、ゆ、ゆり……ユリンッ!?」


 眼に映る彼女が本物か否か判断できずに滑舌をはちゃめちゃにする雄弥だったが、そんな彼にユリンは勢いよく駆け寄り、そのボロボロの身体を力の限りに抱きしめた。


「ほ……んものだぁ……ッ。い、生きて……生きてて……生きてた……。ゆ、ユウさん……どうやって……よかった……。よ……よがっ、だぁぁ……ッ!!」


 彼の身体に腕をまわしながら呂律を失って涙を流すユリン。

 直に感じるその息遣いと体温に、雄弥もまた彼女が幻でもなんでもないことを理解した。


「ユリン……!! な、なんで……なんでお前ここに……!?」


「こっちのセリフだっての」


 さらにもう1人の声。その主もまた、ユリンと同じ方向の木の影から姿を現す。



「…………シフィナ…………!!」


「……ふーん、あたしのこと覚えてたのね。バカのくせに」



 頭巾を脱いで露わになった3つに結われた長い銀髪、金の瞳、電気をバチバチと爆ぜさせる右手、そして何よりこの物言い。

 シフィナ・ソニラだ。間違いなく本物の。

 

「ど、どーなってんだ!? なんでお前ら2人がこんなところにいるんだ!?」


「だーからそれはこっちのセリフだってーー」


 そこで、シフィナはぴたりと止まった。雄弥に向けた歩みも、言葉も。

 彼女の視線は雄弥の眼に釘付けになっていた。彼の……黒い瞳に……。


「…………アン、タ…………その眼…………」


「え? ……あ、ああッ!!」


 雄弥は長らく忘れていたのだ。"こちら"の領域にいる間に。自分がこの世界において、どんな種族に分類されるのか。彼は慌てて自身の右眼を血まみれの左手で覆い隠す。


「し、シーナあのね、これ、これは……!」


 ユリンも親友の方へと向き直り、彼女に対する弁明の言葉を探す。


 驚愕し身体を固めるシフィナ、怪我と体力の低下以外の理由で冷や汗をだらだらにする雄弥、彼らに挟まれてあたふたするユリン。

 しかし3人は忘れている。ここにいるのは自分たちだけではないということを。

 

「お、おいおいなんだ……? 猊人(グロイブ)だぞあの女ども……」

「小僧の知り合いみたいだぜ」

「つーかなんで人間と猊人(グロイブ)が仲良くしてやがんだ? あの小僧なんなんだ?」


 彼らを取り囲む義勇隊兵士たちが次々と不審な声をあげだす。

 シフィナはそれを聞いてハッと我にかえり、雄弥の眼の前まで歩み寄った。そして彼の全身を舐めるように見つめる。


 右眼を覆い隠す、指が5本とも根元からへし折られている左手。さらに青アザまみれの顔。

 ……シフィナの瞳の中にメラメラと炎があがり、両の拳がぎりりと握りしめられた。


「……いえ……いいわ。お互い言いたいことも聞きたいことも山ほどあるけど……とりあえず目の前の問題から片付けましょう。……で、ユウ? これはどういう状況なワケ?」


「あ……あ、ああ! あ〜えっと……要はだな、『ここを通りたきゃ俺たちを倒してみろ』っつーことらしいぜ……」


 それを聞いた彼女は義勇隊兵士たちのほうにゆらりと、眉間に溝を掘った顔を向ける。


「シーナ……あの人たち公帝軍だよ。ここでモメるわけには……」


「分かってるわユリン。大丈夫だから、そのバカを治してやって」


 シフィナはざむ、ざむと2歩だけ、義勇隊兵士たちとの距離を詰めると、周囲の木々を揺らすほどの大声で彼らに語りかけた。


「ねぇ!! なんでアンタたち公帝軍兵士がここにいるの!? ここは非占有地帯のはずよ!!」


「責めるような言い方はよせよォ!! 俺たちゃこのか弱い国の防衛に手を貸してやってるだけさ!! 上からの命令でな!!」


「ありがた迷惑なハナシですね……」

「まったくだ。侵略とどう違うってんだ」


 義勇隊の答えに、ユリンと雄弥は呆れ果てる。


「見ての通り、あたしたちはアンタらの敵側の者よ!! そしてアンタらが散々カワイがってくれたこのバカはあたしたちの仲間!! お互いにとっての他所の国でこのままイザコザを続ければ面倒なことになるってのくらいは分かるわね!! そっちは1人KO、こっちのバカもズタボロ!! これでおあいこにしましょう!!」


 その説得は木の枝の壁を突き破って青空の彼方へとこだまし、しばらくの間あたりを静まらせる。……が。


「ギャーハハハハハハハハハ!!」


 返ってきたのは男どもの嘲笑いだった。


「ダーメダメダメぇ!! ルールなんだからさ!!」

「それにこっちはもう1人やられてんだぞ!! おあいこになんかならねぇーんだよォ!!」

「だいたい面倒なことってなんだァ!? んなもん俺らが知ったことか!!」

 

 兵士たち全員、誰も耳を貸しはしない。極めつけは誰が言ったかーー



「小難しーことヌカすなやーッ!! これは戦争じゃねぇ!! ただのケンカだぜぇーッ!!」



 ぷちんッ。


 このひと言をトドメに、"何か"が切れる音がした。……シフィナの頭から。


「ーーそう。よぉ……く分かった」


 同時に彼女の銀髪が陽炎のようにゆらめき始め、全身からバチバチと火花が散りだす。


「おお見ろよみんな!! どうやらあの女、小僧の代打をやるらしいぜ!!」

「ウッヒョーッ!! マジかよなんのご褒美だ!! こんな若い女いつ以来だァ!?」

「ズルいぞ!! おいやり直せ!! ジャンケンをやり直せーッ!!」


「冗談言うな!! 3人目はこの俺だァ!!」


 そうして前に出てきたのは、さっきの逆毛の大男よりもさらにデカい男。身長は2メートルちょうど、髪型は扇のような縦に長いモヒカンである。……さっきからコイツらのセンスはどうなっているんだ!?

 男はシフィナの眼の前に立ち、身長173センチの彼女を見下ろしながらじゅるりと舌を鳴らす。


「へっへっへ、てめぇが何モンかなんざどーだっていい。時間はある。たっぷり……楽しもうぜェェッ!!」


 そしてすかさず電柱のように太い腕で彼女にぐわりと襲いかかった。



「ーーてめぇじゃムリだ。失せろ……!」



 パンチ1発。


「はぶぶぇえええええッ!?」


 パンチ1発。シフィナが放ったのは、顔面へのパンチを1発だけ。

 それだけで大男は顔の中央を深く陥没させてブッ飛ばされ、途中の木々をブチ折りながら地平の彼方へと消えていった。

 

「……………………へ」


 それは、ギャラリーの義勇隊兵士たち全員が同時に吐いた1文字。


「ーーそっちだけルールを作るのは不公平だわ。だから……あたしからもひとつ決めさせてもらう。『ユウの相手は、あたしを楽しませてから』。聞こえたか? ……カスどもが……!」


 大男を殴り飛ばした右拳からしゅうしゅうと熱と煙を発しながら、シフィナ・ソニラは残る白制服集団を怒りに満ちた眼光で貫く。



「何が"3人目"だ、まとめて来い!! このあたしのツレに手ェ出したらどうなるかを、教えてやるッ!!」




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