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第130話 グドナル・ドルナドル

 



 ……汗が止まらねぇ。服も、もうびちょびちょだ。


「ーーなるほどな。お前のその傷だらけの(ツラ)……ただの見かけ倒しってワケでもねぇようだな」


 このダセェ制服の連中全員の俺を見る眼には、マックスの警戒色がハッキリと映っていた。どうやら俺をそれなりの相手とは認めてくれたらしい。

 ……てか、"認めてくれた"ってなんだ! 俺はこんなヤツらとすったんもんだしてる場合じゃないのにッ!


 たった今勢いのまま啖呵切ってやったのはよかったが、そんなモンは純度100%の強がりだった。

 毎度の如く術の反動によって半壊した左手はズキズキと脈打っている。あまりの痛みに、握りしめた指を開くことすらできない。


 つくづく俺の魔力は扱い勝手が悪すぎる。しかもこの状態であと2人も倒さなきゃならないのだ。


「……どーしよ……」


 自分でも情けなくなる弱音をぼそりと吐いてしまうが、仲間をやられた敵サンたちは完全にヒートアップしている。


 そんなことをごちゃごちゃ考えてる間に2人目の相手がお出ましだ。

 裸学ランそのまんまの気持ち悪いカッコをした男だ。真っ赤な逆毛の頭髪を揺らし、手の骨をバキボキと鳴らしている。タッパもデカい。さっきのシックは俺と大して変わんなかったが、コイツはアルバノさんと同じくらいはある。見上げるのに首が疲れてしまう。


「小僧ォ〜! 次は俺とだぜぇ! てめぇとは思った以上に楽しいケンカができそうだ! ガツンと来い! さっきみてぇに一撃で決めにきたって構わねぇからなァァァ!」


 おまけに嬉しそーにそんなことを言いやがる。100点満点のバトルジャンキーだ。

 ジョーダンじゃねぇ。さっき1発で終わらせられたのは相手が油断しきってたおかげでもあるんだ。もう同じ手はもう使えない。今度こそ、真正面からやるしかない……。


「そりゃどうも……! じゃあ遠慮なく行くぜぇえッ!」


 ここまできたらもうヤケクソ。俺は左手の激痛を無理矢理抑え込み、2戦目に臨んだ。




* * *




 ーー雄弥と義勇隊兵士たちが戦っている場所から2キロほど離れた地点に、そこはあった。


 公帝軍の駐屯基地。ナガカ国境警備拠点となる基地である。

 木造の柵や見張り台、サッカーコート2つ分程度の敷地面積など、憲征軍総本部と比較するとかなり安っぽいつくりだ。レンガでできた本棟が豪華な宮殿に見えてしまうほどに。


 本棟内には部屋がたくさんあるわけだが、その中でも特に広い一室に妙な男が……とんでもなくイカれた男が1人いた。


 男は部屋のど真ん中で"逆立ち"をしていた。


 ()で。


 腕じゃない、眼で逆立ちをしていた。

 両の眼玉に太さ2センチほどの杭をブッ刺し、それを基点にして"気をつけ"の姿勢で逆立ちをしていた。

 しかも彼は汗ひとつかいていない。せいぜいバランスを取るために身体をちょびっと震わせている程度だ。


「グドナルちゃ〜ん? 入るわよ〜ん」


 やがてその部屋に、酒瓶を片手に抱えた1人の女性が入ってくる。30代前後、巻き髪で化粧の濃い、まるでキャバクラのホステスのような女性が。

 そして女性の入室と同時に、男が両の眼玉に刺していた杭が負荷によって2本ともボキリと折れてしまった。男は顔面を床にぶつけて倒れる。……と思ったら、何事もなかったかのようにすぐさま起き上がった。


「ママー!! こんなんじゃダメだよッ!! 全然痛くなァいッ!!」

 

 立ち上がって開口一番、彼は女性に向かって半泣きの台詞を吐く。


「あらダメだったぁ? いいアイデアだと思ったのにねぇ〜」


「もっと硬い素材のヤツもってきてよッ!! こんなの爪楊枝の代わりにもならないじゃないか!! 眼球がヘコみもしないんだよ!!」


 まるで駄々っ子のようなその男は、無傷であった。たったさっきまで太い杭が突き刺さっていたはずの眼玉がキラキラとした艶の輝きを残していたのだ。


 ーー駄々っ子、と表現はしたが、男の年齢は明らかに30代半ばを越えている。

 2メートルを優に上回る身長に、山のような猛々しさを誇る筋骨隆々・剛健無比の肉体。歩くたびに部屋が軽く揺れることから、体重も200キロ以上あるものと推測される。

 白のチュニックと革製のサンダルを身につけたその姿は、古代ローマあるいはギリシャ人のようである。さらに右側のマユ毛が無い。さらにさらに、頭は左半分がツルッツルなのに対して右半分だけ長さ3ミリ程度の坊主頭にしている。どこを目指しているのかサッパリ分からないスタイルである。


「まぁまぁそう怒らないで。それよりほらコレ。新しいヤツだよ」


 女性は自身がグドナルと呼んだ彼に、持ってきた1本の酒瓶を渡した。


「おーッ! ありがとありがと! 今回のは期待してたんだ!」


 相変わらず外見及び声の低さと言葉遣いが噛み合わないグドナルは酒瓶を受け取ると、コルクを軽く引き抜いて中身の液体をがばがばと口に注ぐ。雑な飲み方ゆえ液体が何滴か床にこぼれ落ちてしまうが、奇妙なことに、その液体は床板に触れた瞬間しゅうしゅうと音をたててそこを溶かし始めたのだ。


「ぷはぁ……。……いやダメ。全然ダメ。炭酸飲料にしても弱すぎる」


「ダメぇ? これでもぉ? 濃度300倍の硫酸なのにねぇ。ごめんね、次はもっと強いの作ってもらうから」


 10秒もしないうちに飲み切ったグドナルはひどく落胆し、床に寝転がってしまう。


「あーあ! タイクツだなーッ! なんでボクばっかこんな"刺激"の無い人生を歩まなきゃいけないんだ! こんなの死んだ方がマシだー!」


「でもグドナルちゃんは寿命でしか死ねないからねぇ。耳の穴から銃弾撃ち込んでもダメ、胃の中で爆弾を爆発させてもダメ、お尻の穴からマグマを流し込んでもダメ……。もう諦めて生きるしかないわよぉ」


「そんなぁ〜! 冷たいこと言わないでェ! なんとかしてよママぁ〜!」


「そう言われてもねぇ〜……どうしても今退屈なら、隊員たちのところに行ってみたら? さっきからなんかドンパチやってる気配がするし。ヒマ潰しくらいにはなるんじゃなぁい?」


「あァ〜!? ダメダメ! 相手が弱すぎるんよ! コイツはただのザコ! まったく()()()()しないし! どーだっていいもーん!」


「もぉ〜ワガママなんだから」


 女性の提案に耳も貸さずそのままフテ寝するグドナル。大の字になって床をゴロゴロ、足バタバタ。これをやってるのが年頃の女の子ならさぞ可愛いもんだが、コイツは40を目前にしたムキムキのオッサンである。見るに耐えない。

 

 ……ところが、そんな彼が突如全身を硬直させ、バネで跳ねたように上体をがばりと起こした。


「ぐ、グドナルちゃん? どうかした?」


 女性が驚きながら声をかけるが、彼はその三白眼を見開かせたまま動かない。



『ーー何か来る。……速い。大きな力がひとつ、もっと大きな力がひとつ……』



 グドナルは感じていた。隊員たちが騒いでいる方角に猛スピードで接近する2つの気配を。……自身の欲求を揺さぶるほどの、強く大きな気配を。

 

「……ママ。やっぱ行ってくるわ」


「お? ビリビリした?」


「うん。……した」


「はいはい、気をつけてね〜」


 グドナルは真っ白な歯を剥き出した笑みを浮かべながら、ゆらりと立ち上がった。




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