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第129話 ナメたヤツにはおしおきを




 "ドルナドル義勇隊"を名乗る集団。そのリーダーなのであろうドレッドヘアー男が、仲間の兵士たちに号令をかける。


「じゃあいつも通り誰が闘るかジャンケンで決めるぞ! 2人1組になれー!」


「ええー!? あみだくじの方が楽しいじゃん!」


「イヤだッ! 俺はにらめっこがいい!」


 ……結局ジャンケンに決定。50人を超えるむさ苦しい野郎共がそこら中でペアを組み、迫真の気合いで手を振るう。

 その間雄弥は、地面に座りこんでしかめっ面。頭をぽりぽり、あくびぽわぽわ、左眼の眼帯をいじりいじり。


「いえーい俺の勝ちィ!」


「ああ待てオイ! お前この前魔狂獣(ゲブ・ベスディア)出た時譲ってやったじゃねぇか! 今度は俺に譲れよッ!」


  ……10分経過。雄弥、あぐらをかいた膝の上で人差し指をトントンと鳴らしだす。


「しょーがねぇなぁ〜。じゃあ今からもっかいジャンケンして、それに勝ったら今の負けはナシにしてやるよ」


「ホントか!? やさしーなお前!」


 さらに10分。またまた10分。人差し指を鳴らす速度がアップ。

 ……イライラ。


「よーし分かった、3回勝負でいこう!」


 イライライライラ。


「いや違う、7回勝負だ!」


 イライライライライライライライラ。


「いやいやいや19回勝負だー!」


「いー加減にしろォォ!! いつまで待たせりゃ気が済むんだ!! 仲良すぎだろてめーらッ!!」


 結局1時間経っても全然ペアが減らない。ガマンの限界だ。


「次だ次!! 次で決めろ!! 1回勝負こっきり!! いいな!?」


「えぇ〜でもぉ〜!」


「でもじゃないッ!! ダダこねないッ!! あと5分で決めないと俺行っちゃうからねッ!!」


 園児を叱る先生のように敵兵士の集団を指揮り始める雄弥。今のうちに逃げちゃえばいいものを、もうめちゃくちゃである。


『……ていうかコイツら……俺のこと知らねぇのか? こんなド田舎にはまだマヨシー地区の情報は出回ってねぇのか……。まぁどっちにしろ時間の問題だろうし、さっさとケリをつけねぇと……』


 

 ーー彼がそんなことを考えているうちに、ようやく闘う3人が選出された。


「ッしゃア〜ッ! んじゃ俺からいかせてもらうッスわ!」


 1番槍に名乗りをあげたのはその3人のうち最も若い兵士。外見的におそらく雄弥とほとんど変わらない年頃だ。


「シックー! やっちまえ〜ッ!」

「シックの負けに賭けるヤツいるかー!」

「オッズは!?」

「5倍だ!」

「おいおい低すぎやしねぇか!? 相手は片眼潰れたガキだぞォ!」

「シックぅ! 負けたらてめぇのチンコ切り落としてやっからなァ!」


「ちょカンベンしてくださいよ! 来年結婚するんスよー!? 俺子供欲しいんスから〜!」


 兵士たちの会話の呑気なこと。勝手に賭けを始めるヤツまでいる。

 このケンカは、彼らにとっては所詮お遊び。ヒマ潰し。……雄弥は完全にナメられているのだ。


「さぁあんちゃん、まずは俺が相手だぜ! いや……"最後の"相手"でもあるかなァ……!?」


 シックと呼ばれた坊主頭の若い兵士は雄弥の前に立つ。短ラン風に加工した制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、ニヤニヤといやらしい笑みを彼に見せつける。

 雄弥はそれに対し、黙って左手を構えるのみ。


「ん? お前さっきからなんかヘンだと思ったら……右腕イカれてんじゃねーか?」


「あん? だからなんだ。手加減でもしてくれんのか?」


「……へ、へへ……!! ……んなワケねーだろォォ!?」


 構えの姿勢の不自然さから、彼が片眼どころか片腕までをも失っていることに気がついたシック。彼は確信した。眼の前の男が自分より格下である確率は……120%ッ!


『ーー特性解放、『褒躯(ほうぐ)』!!』


 シックはたちまち魔力を解放し、肉体強化の魔術である『褒躯(ほうぐ)』を発動。そのまま両脚をぐぐぐッ、と力ませると、眼にも止まらぬスピードで跳び上がった。

 彼は木の枝の上に降り立ち、すぐさま別の木にジャンプ。その木の幹を蹴りまた別の木へ。それを繰り返す。まるで壁と壁の間をバウンドして跳ね回るボールのようである。


 そうして周りに生い茂っている木から木へと飛び移り、雄弥の頭上を縦横無尽に飛び回る。

 繰り返すがとんでもない速さだ。辛うじてわずかに動きの軌跡が見える程度であり、常人の眼には到底捉えられるものではない。『褒躯(ほうぐ)』による肉体強化が可能にした動きである。

 そのためか肝心の雄弥は最初に構えた姿勢のままずっと棒立ちだ。眼も顔も動かさず、シックの動きを追おうともしていない。


「あーあーシックのヤツ、ちょっとは手ェ抜いてやれよなぁ?」


「ホントだぜ。あのガキ、ビビって固まっちまってんじゃねーかよ」


「つまんねーの〜! 賭けなくて正解だったなァ!」


 ギャラリーの兵士たちもその光景にすっかり冷めた空気になってしまう。そしてそれは高速移動し続けるシックも同様であった。


『へッ、やっぱただのザコかよ!! もう一気に終わらせてやるッ!!』


 シックはこれまでより一層強く木の幹を蹴り、すっ飛んでいく。標的は雄弥本体。拳を振り上げ、彼の()()から襲いかかった。接近速度は1秒にも満たない。

 そこで決着はついた。



 ーー雄弥の、勝ちで。



「ずああッ!!」


 なんとシックに殴られるより一瞬速く、逆に雄弥が超スピードで肉迫してきた彼に1発のパンチをお見舞いしたのである。

 その左拳は青白い魔力を纏っていた。『波動』と殴打の併せ技……"砥嶺掌(とれいしょう)だ。

 

「が…………ッッ!?」


 文字通りの閃光の一撃によってシックは顔面から殴り倒され、地面に叩きつけられた。あまりに強烈な威力のせいで、白眼を剥いて気絶した彼の身体は土に深々とめり込んでしまっている。


 拳を振りきった姿勢のまま雄弥は、ふぅ〜ッ、と、脱力の息をひとつ吐いた。



「……ここまで来る途中にも、てめぇらみてぇなチンピラに絡まれることは何度かあった」


「そいつらとケンカんなるとよ、どいつもこいつも俺の身体の同じとこばっか狙ってくるんだ。死角になってる左顔面か、動かねぇ右腕か……そのどっちかをな」


「シック……だっけか? てめぇもそいつらと似た者同士だったっつーワケさ。顔か腕かはバクチだったが、2択まで絞れりゃ当たりを引くのは大して難しくもねぇ。右腕がオシャカになってるっつーことに気がついたのなら、黙っておくべきだったぜ」


「てめぇのスピードはなかなかだったけど……どこから襲ってくんのか分かってりゃあそんなモンは何の役にも立たねぇぞ」



 彼は兵士……ユウヤ・ナモセ。もう、甘ったれ小僧の菜藻瀬(なもせ)雄弥(ゆうや)はいない。

 彼は『砥嶺掌(とれいしょう)』の反動で鮮血を噴き出している左手を握り直しながら、ギャラリー連中をギロリと睨む。



「次のヤツ、さっさとかかって来い……! 俺は先に進みてぇんだ……!」



 ……義勇隊兵士たちの嘲笑が、消えた。




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