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第126話 生きていた証人




 彼は、鉄格子で四面を囲われた箱の中に片膝を立てて座り込んでいた。

 無精髭をちょっぴり生やし、首に鉄輪をはめられ、両手にも鉄製の手錠をかけられている囚人。その男は間違いなくニビルであった。


「な、なんで……どういうこと……!? だっておじちゃん、私たちを襲ってきた人たちはみんな死んだって……!!」


「死んだよ。……彼以外はね」


 驚くエミィのすぐ背後で、アルバノは真実を語りだす。


「エミィちゃん。2日前の事件の際、アドソン・バダックがこの僕に化けてきみたちと接触してきたと言っていたね。紛らわしいことに、その時全く同じことをしていた人がもう1人いたんだ。それが……」


「は〜い。あたしあたし〜」


 そこでだらりと手を上げたのはゼナクだ。


「あの日たまたまお酒工場の近く通ったら、な〜んかすごい音がしてねぇ? で行ってみたら、このリュウくんとそこのヘンな服の人が倒れててさ〜。ビックリしたよ。2人とも怪我してボロボロだったから、いっそいで手当してさ〜」


 彼女は自身の前に立つリュウの頭をポンポン叩く。


「じゃあ……私たちのところまでリュウくんを連れて来てくれたアルバノおじちゃんは……」


「そう。変身したゼナクさんだったんだよ」


「で、でもゼナク……さん? なんでわざわざおじちゃんに化けてたの?」


「あたし初対面の人とお話しするの苦手でさ〜。どうしてもそうしなきゃダメな時は、知り合いのカオを借りるよーにしてるの。今日あなたに会った時みたいにね〜。別にアルに化けるのは前からしょっちゅうやってるよぉ」


「……僕はやめてくれってずっと言ってんだけどね」


「まーまー、今回は結果オーライじゃ〜ん。たまたまリュウくんがアルのこと知ってて、話がスムーズに進んだからさ。で大体の事情を聞いて、駅まで連れて行ってあげたの〜」


 ゼナクが話し終わると、おまけとばかりにリュウが口を開く。


「オレもきのうおしえてもらったんだぜ。で、そのままこのしらがのねーちゃんとトモダチになったんだー」


「そっか……それで2人はそんなに仲が良かったんだ……」


 エミィはひとつの謎に合点をつける。

 次の疑問だ。彼女は牢の中のニビルに手を向ける。


「でも……どうしてこのおじさん、こんなところにいるの?」


「この男……自首したのさ。酒造工場でゼナクさんに手当してもらって意識を取り戻した時、その場でね」


「!? 自首……!?」


「まーあたしはその時まだ何がどうなってんのかよくわかんなかったからさ〜、リュウくんを駅に連れてった後にアルに会って、相談したの。で、アルの判断で、この人はここに収監しよーってことになったの。周りの人たちにナイショでねぇ」


「な、なんでナイショなの……?」


「誰が敵か味方か区別できないからさ。敵はアドソン・バダックという総隊長クラスの者すらも従えていた。軍はもちろん、議員連中にもまだ敵の内通者がいてもおかしくはない。僕から見て信用に足る根拠があるのは、今ここにいる3人だけだ。ゼナクさんについては、もしこの人が敵の仲間だったとしたら、酒造工場の時点でリュウくんとクリストンを殺さなかったのは辻褄が合わないからね。結局その後クリストンの部下たちは皆殺しにされたワケだし。だから……大丈夫だと判断した」


「でもバレたら大変だねぇ。事実隠蔽に証拠改竄、報告義務の放棄、情報の私物化……悪いコだなぁ〜アルぅ〜」


「アンタも共犯でしょーが! バレたらその時は道連れですよ!」


 ゼナクの物申し方はまるっきり他人事。アルバノのツッコミも当然である。


「ま、つまりだ……俺は1人だけここに匿ってもらってたおかげで、部下たちのように殺されずに済んだっつーワケさ。ラッキーなことにな……」


 そのまま真実の開帳は、牢内でうなだれるニビル・クリストンによって締められた。


「でもおじさん……どうして自首したの……?」


 エミィのその問いに、ニビルはどうもバツが悪そうに彼女から眼を逸らす。


「……お前には関係無い。……それよりエミィ。顔は……大丈夫か」


「? 顔? 顔って……?」


「ココだよ」


 ニビルは指で自分の右頬をトントンとつつく。


「……ほっぺた? わ、私の? 全然……ヘーキだよ?」


 どうやらエミィはさっぱり分からない……いや、忘れてしまっているらしかった。

 ニビルはそんなきょとんとするエミィを見てかすかに苦笑し、そのまま視線を彼女の隣にいるリュウへと移す。


「……リュウ。お前も身体の具合はどうだ」


「は? ふ、フン! バカにすんない! もうなんともないぞ! オレはあんなのへっちゃらなんだよ!」


「そうか。…………そうか…………」


 2人の答えを聞き終わったニビルは、顔の強張りをわずかに緩めた。それはどこか……ホッとしたような素振りであった。


「……さて、エミィちゃんにリュウくん。今から僕はこの男と、大人のお話しをしなくちゃいけない。先に地上に戻っててくれ。疲れているだろうに、来てくれてありがとう」


「え!? も、もう!? なんでだよ!?」


「そ、そうだよおじちゃん。結局なんで私たちをここに連れて来たの?」


「はいは〜い、2人ともおねーさんと一緒に行こうねぇ〜」


「あ、おい! はーなーせー!」


 アルバノの真意をはかりかねて戸惑う2人の子供たちそれぞれを片手で担ぎ上げ、ゼナク・サズは地下牢から去っていった。


 ……空間内の人口密度が一気に下がり、心なしか雰囲気が寒々しくなる。


「ーーさあクリストン。貴様が提示した条件通り……エミィちゃんとリュウくんの2人と会わせてやったんだ。約束通り貴様の仲間とその目的について、何もかも話してもらおう」


 アルバノは床に座り込むニビルを鉄格子越しに見下ろす。その声は、エミィたちがいた時より明らかにトーンが下がっていた。

 対してニビルは何も答えない。顔も床を見つめたままだ。その態度にアルバノは業を煮やし、さらに声を荒げる。


「……部下を殺されて分かったろう……! ヤツらはもう貴様を仲間だとは思っていない……! いや……貴様も貴様の部下も、バダックも……最初から捨て駒に過ぎなかったんだ……! そんなヤツらのために通す義理などないじゃないか!」


 ニット帽の囚人はそれを聞かされても尚ぴくりとも反応しない。……かと思われたが、とうとう観念したようにひとつのため息をつき、アルバノを見上げた。


「……先にも言ったが、俺は末端の使いっ走りに過ぎねぇ。大したことは知らねぇぞ」


「構わない。今はどんな情報でも欲しい」


「いいだろう……何が聞きたい」


「根本からいこう。今回の事件の発端となった殺人事件の被害者……ジョンソン・フィディックスについてだ。コイツも、お前たちの仲間だったのか?」


「……ああそうだ。バダックに命じられて俺が殺した」


「理由は? 仲間割れでも起こしたのか?」


「間違いではねぇな。ただ……どうにも妙なハナシなんだ」


「妙……?」


「ジョンソンのヤツ……急におかしくなったんだよ。もともとは人からの指示がなきゃ身動きひとつ取れねぇような肝の小さいヤツだったんだが……ある日を境にやたらと自分勝手なことばかりするようになっちまった。指示そっちのけの単独行動や反抗的なクチきくだけならまだよかったが、挙げ句の果てに計画に無い人殺しまでやらかしてな。まるっきり別人だった……。さすがに眼に余るってんで、バダックが粛清を決めたのさ」


「ふん、何が"別人"だ。それがそいつの本性だったというだけだ。貴様だって同類の人殺しだろうが」


 容赦の無い非難。ニビルは口をつぐんだ。


「…………そうだな。その通りだ。今言ったことは忘れてくれ」


「さあ次だ。貴様らはどういうグループなんだ? リーダーは誰だ。規模はどのくらいなんだ」


「だから言ってんだろ……俺は上から降りて来た指示をこなすだけの歯車だ。組織の全体像なんざ知る由も無ぇよ。世直しを目指す者たちの集まり……っつー曖昧なことしか分からん。……ただ、リーダーのヤツには会ったことがある。組織に勧誘された時の1度だけだがな……」


「! どんなヤツだ!」


「黒地に白の縦縞が入ったセンスの悪いローブを着た男だ。顔はフードを被ってるせいで見えなかったが、タッパは170弱、年齢は30代前後くらいだ。……そうだな、ちょうどアンタと同じくらいかもな。あくまで声からの想像ってだけだが」


「名前は!?」


「知らねぇ。バダック曰く、かなり用心深い性格らしいがな。現に自分から人前に出ることは全く無ぇし」


「く……! じゃあゲネザー・テペトという男を知っているか!?」


「は? 知らねぇ。誰だそれ」


『……くそ……! コイツの口ぶりだと、どうやらバダックの方が中枢に近い立場だったようだな……! エミィちゃんを責めるワケじゃないが……失われた手がかりが、あまりにも大き過ぎる……!』


 進むようで全く微動だにしない状況に焦り薄紅色の頭髪をバリバリと掻きむしるアルバノ。もどかしいなんてものじゃない。

 ……ところが次にニビルが発した言葉により、ようやくわずかな進展が訪れることになる。


「名前といえば……アンタ、"ユウヤ・ナモセ"って聞いたことあるか?」


 アルバノは頭を掻く手を硬直させた。


「……なんだと……!? 貴様みたいな末端分子でも、ユウヤくんのことなら知ってるのか……!?」


「……その言い方だとアンタの知り合いらしいな」


「話せ!! どういうことだ!! 貴様は、彼について何を知っている!?」


「うるせーな落ち着けって。……そいつがどういうヤツなのかは知らねぇし、俺も他人から直接聞いたワケじゃねぇ。ただ、この組織で仕事をしていると至る所でその名が耳に入ってくるのさ。俺たちの組織の目的に欠かせねぇキーマンっつーことだけはカンタンに想像できるが……具体的にそいつをどうするのかは、やはり知らん」


「キーマンだと……!? やはり……狙いはユウヤくんか……!!」


「……そうだ。そこでも妙なハナシがある。俺がその"ユウヤ・ナモセ"の名を最後に聞いたのは、今から2週間くらい前のことだ。バダックのヤツが誰かと電話しているのを偶然盗み聞きしたんだが、その時アイツが確かに言っていた。"ユウヤ・ナモセ"と」


「電話……!? 内容は!! 覚えているか!?」




「『2段階目は終了。ユウヤ・ナモセは滞りなく、五芒卿(ごぼうきょう)との接触を果たした』……とかなんとか……」




 ーーアルバノは、言葉を失った。


『ご……五芒卿(ごぼうきょう)……だと……ッ!?』


 虚像すら掴めない敵。だがその漆黒の魔手は、確実に世界全体へと伸びつつあった……。

 


 

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