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第125話 人殺しか、英雄か




「ねぇアルぅ〜お腹空いた〜。ゴハン食べてこーよ〜。あたし〜焼き鳥がいい」


「あとにしてください! 普段サボりまくってんだから、こんな時ぐらいしっかりしてもらわないと困るんですよ!」


「ああ怒んないでよ〜。悪かったよぉ」


 後ろであっちへこっちへ眼移りしながらふらふら歩いているゼナクを置き去りにする勢いで、アルバノは進んでいく。


 ゼナク・サズ……その無表情を極めた顔立ちはこれ以上無く整っている。そして180を超える背丈に、引き締まった身体。見る者全てを惹きつける大人の美貌がそこにはあった。

 ……が、中身は完全に逆である。おまけに眉や眼元は全然動かさないクセに口だけはずーっとペラペラ暴れさせ続けており、その感情の起伏に乏しい喋り方も相まって、アルバノの疲労をみるみる蓄積させていた。


『まったく……! 毎度毎度なんで僕ばっかりが厄介者を押し付けられなきゃならないんだ……ッ! 大体サザデーさんのせいだ……! 今朝急にあんなこと言うからーー』



 ーー具合が悪い。今日の合議は欠席する。私の代わりにゼナクを行かせるから、あとは頼んだぞ。



 そう、元を辿ればサザデーのせい。いつにないしかめっ面をした元帥閣下に勝手に話を進められた結果、彼はこんなことになってしまったのである。


『しかし……初めてだな、あんなサザデーさんは……。2日前からどうも機嫌が悪いとは思っていたが……』


 アルバノはせかせか歩きながら、終始上の空で自分の顔すら見ようとしなかった今朝のサザデーを思い返す。


「……ねぇゼナクさん。サザデーさんに何かあったとか、聞いてますか?」


 彼はゼナクに尋ねようと立ち止まり、振り返った。

 


「よしよ〜し、いいコだねぇ。ごろごろ〜」


「ニャア〜」


 ……当の彼女は道端でしゃがみこみ、ネコにそっくりな見た目と鳴き声をした1匹の小型野良動物を撫で回していた。



 頭にアゴ、さらにおなか。全身を優しく撫でられているその動物も、とーっても気持ちよさそうである。

 ……それがなに!?


「だーかーらッ!! ウロチョロすんなってのォォォッ!!」


 ガマンの限界である。アルバノはとうとうゼナクの後ろ襟を引っ掴み、彼女をズルズルと引きずっていく。


「わ〜アル、ゴメン〜。許してよぉ。ていうかそもそもどこに向かってるの〜? 本部はコッチじゃないよー」


「中央病院です!」


「へ? びょーいん? なんで? ……まさかアル、どこか具合悪いのぉ……!? 大丈夫……!?」


「はあ? 違いますよ! エミィちゃんに会いに行くんです!」


「! ……会議で話してた女の子? なんで?」


「……我々大人には、まだやるべき仕事があるってことですよ……!」


 アルバノは思い詰めた顔をしながら、そのまま街道を進んで行った。






 ーーエミィ・アンダーアレンは自分の病室内のベッドの上で、布団を被り、膝を抱えて座り込んでいた。


 真昼間だというのにカーテンを閉め切り、部屋の明かりも点けていない。そんな薄暗い空間の中にいる彼女の眼元は泣き腫らして真っ赤になっており、身体もずっと小刻みに震えていた。


 彼女の脳裏に絶え間なく浮かんでいるのは、アドソン・バダック。ただし生前ではなく、全身の皮膚を焼け焦がし片腕片脚を消し飛ばされ無惨な炭塊と化した姿の彼である。

 そして、街。エーキング駅とその周辺の建物。崩れた屋根、穴の空いた壁、割れた地面、あちこちから昇る黒煙……。


『…………私がやった…………。わ、たしが…………壊した…………。…………こ、ろ…………した…………』


 追い討ちをかけるように、そんな自責の言葉までもが彼女の鼓膜を叩く。この繰り返しだった。

 


 その時、病室の戸がコンコンと音を立てた。

 外からのノック。エミィはびくりと身体を震わせ、恐る恐る顔を上げてその方に眼を向ける。


「やあエミィちゃん。失礼するよ」


 入ってきたのは爽やかに笑うアルバノだった。エミィは被った布団の陰から覗くようにして、彼の顔をじっと見つめる。


「…………あなただぁれ。おじちゃんじゃない」


 やがて淡々と、そうとだけ答えた。

 すると()()()()の顔から表情が消える。


「……おお〜すごい。ホントに分かるんだぁ……」


 そう呟いた彼の姿は次の瞬間には、ゼナク・サズへと戻っていた。突如現れた見知らぬ女性に困惑し、エミィはベッドの上で後ずさる。


「アル〜、すごいよこのコ。すぐバレちゃった」


 ゼナクはそんな彼女に構わず、病室の入り口に向かってそんなことを話しかける。


「だから言ったでしょ。カンが良いなんてものじゃない。この子には正真正銘、天賦の才能があるんですよ。……まぁ、僕もまだ飲み込めてはいませんが」


 それに応じるように部屋に入ってきたのは、今度こそ本物のアルバノだった。


「や、エミィちゃん。ごめんねビックリさせちゃって。この人がどうしても試してみたいって言うもんだから……」


 優しく挨拶するアルバノ。しかし、少女がいつものように無邪気に返事をすることはなかった。



「…………おじちゃん。私の才能って………なぁに? 人を殺す才能…………?」



 代わりに彼女が溢したのは、暗く、重く、張り裂けそうな胸の内を晒した一言。アルバノはその痛ましい様に思わず唇を噛む。


「……エミィちゃん、昨日も言ったろう……? アドソンのことは、全部ヤツの自業自得だ。きみは悪くないんだよ」


「悪くない!? どこが!?」


 エミィは布団を投げ捨て、叫ぶ。



「私がやったんでしょう!? あのアドソンって人を殺したのも、街をめちゃくちゃにしたもの……全部私なんでしょう!? それなのに私は、自分がしたことを全部忘れちゃってる!! そんな……そんなことをしておいて!!」


「私は神さまじゃない!! たとえ悪い人だったもしても、私が勝手に死なせていいはずがないもん!! それじゃあ私たちを襲ってきた人たちと、やってることは同じじゃないッ!!」



 言葉を詰まらせるアルバノと、自分の長い白髪の毛先を指でくるくるといじるゼナク。大人たちはこの少女に何も言わない。


「おじちゃん……私を捕まえて……」


「え?」


「もしかしたら……私はまた自分で気づかない間に誰かを傷つけちゃうかもしれない……。何も悪いことをしてない人まで巻き込んだりしたらどうするの……!? お願いだよ……ッ! 私を牢屋に入れて……ッ!」


「い、いやそれは……ーー……ッ」


 怯えきった桃色の瞳でそう訴える、幼い女の子。


 アルバノはやはり何も言えなかった。どう声をかければ良いのか、分からなかった。

 エミィは賢い。中途半端な慰めは逆に彼女を追い詰めてしまうかもしれない。彼女を気遣うことを考えるばかりで、肝心の答えが出てこない。


 空気の流れる音すらうるさく感じるほど、病室内が静かになる。

 


「ーーそれだけじゃないじゃん?」



 なんとその沈黙を破ったのは、話を聞いているのかすら怪しかったゼナクだった。


「傷つけたり死なせたりしただけじゃない、あなたは大勢の人を助けたんだよ。あの場にいた怪我人たちの傷を治したのも、あなただったんだでしょ? 付近の住民もそうだし、駅員にすら1人の死者もいなかった。奇跡なのよ。あなたが起こしてくれた奇跡なの、これは」


「……そ、それが……なに……?」


「ん? んーとつまりね……あなたの力は決して無差別に誰かを攻撃するものじゃない。たとえあなた自身が覚えていなくても、本能は働いていた。あなたの優しい心は……きちんと力を制御していたんだよ」


 相変わらず表情はぴくりとも動かさなかったが、さっきまでののんびりと間延びした話し方ではない。ゼナクは初対面の少女の眼と真っ直ぐ向き合い、力強く語りかけている。


 ……アルバノは恥じた。"大人の仕事"などと啖呵を切っておきながら、子供1人に声をかけることすらできずにいる自分を。

 カッターシャツの襟を正し、彼もまた口を開き出す。

 


「今朝……メリッサ・デノムの無罪が公式に発表されたよ。きみとリュウくんが守ってくれたおかげだ。もしきみたち2人と出会わなければ……それこそ何の罪もない彼女が、名誉もなにもかも汚され、殺されていたんだ」


「たしかにきみは人の命を奪った。重いことだ。忘れてはならないことだ。でもそれによって救われた命があったこともまた、忘れちゃいけないよ」



 2人の大人に諭され、黙り込むエミィ。

 彼女は自分の両の手のひらを見る。右手は真っ赤な血で染まり、左手にはぬくもりが乗っている。どちらかを捨てるのか、どちらかだけを受け止めるのか。

 

 ……エミィは、両手を同時にぎゅうっと握った。


「…………メリッサさん、元気…………?」


「ああ。怪我も何もない。仕事にもすぐ復帰できるだろう。ーーあ、そ、そうだ忘れてた! 彼女の取り調べを担当した兵士が、これをきみとリュウくんに渡してほしいと頼まれたそうだよ」


 アルバノは慌ててシャツの胸ポケットから1枚の小さなメモ用紙を取り出し、彼女に渡す。四つ折りにされたそれを、受け取ったエミィが開いてみる。




 ーーありがとう。本当に、ありがとう。私の小さなヒーローたち。




 中に書いてあったのはたったそれだけ。読むのに10秒もかからない、短い文章だった。

 だが、エミィはその紙切れを眺め続けた。瞳を動かし、内容を頭から何度も何度も読み返していた。


「……そっか。元気……なんだ。……そっかぁ……」


 やがて少しだけ声を明るめながらポロポロと涙を落とす。アルバノはそんな彼女に寄り添い、頭にそっと手を乗せた。


「力の制御については、少しずつ練習していこう。僕が手伝う。だから大丈夫。大丈夫だ」


「…………うん…………うん…………ッ」


 エミィも彼の腰に抱きつき、一生懸命に返事をしていた。



「ーーさて、エミィちゃん。実は今日は、きみにお願いがあって来たんだ」


 しばらくそうしていたのちアルバノは自分に抱きつくエミィをそっと引き離し、新たな話題を切り出す。


「……お願い? なぁに?」


「ちょっとね、今から一緒に来てほしいところがあるんだ。ついてきてもらえるかな?」


「? いいよ? でも……どこに行くの?」


 その問いへはゼナクが答える。


「さっきあなたも言ってたでしょ。"牢屋"だよ〜」


「……えッ??」


 まんまるお眼々のエミィは、小首をかしげた。




* * *




「お、おじちゃん? ここどこなの?」


 アルバノとゼナクに連れられてエミィがやって来たのは、そこら中サビと煤だらけでボロボロの小さな廃工場だった。

 朽ちて歪みまくった柵をアルバノに抱っこされて乗り越え、取っ手が千切れかけている扉を開けて建物内に入っていく。


「まぁ……あえて言うなら隠れ家、かな? ここは僕個人が所有する秘密施設のひとつだ。サザデーさんにも教えてはいない」


「隠れ家……? それで……どうして私をここに?」


「ちょっとね。きみに会ってほしい男がいるのさ」


 電灯もひとつ残らず砕け散った薄暗い闇の中を進み、やがて彼ら3人はエレベーターの前へとやって来た。

 ……そこには小さな先客がいる。


「おーエミィ! げんきになったかー!?」


 まだうっすらと火傷の痕を残す顔をぱっと明るく染める、リュウ・ウリム少年だった。


「りゅ、リュウくん!? なんでいるの!?」


「きみと同じさ。僕が頼んで来てもらったんだよ」


 驚くエミィにアルバノが事情を話す傍ら、ゼナクが少年のもとへと歩いていく。


「こんにちは〜リュウくん」


 そして彼女は手をひらひらと振りながら、リュウに挨拶をした。


「あ、しらがのねーちゃん! こんちは! へーい!」


「へ〜い」


 リュウはそれに全く訝しむこともなく笑って返し、おまけに2人揃ってノリ良くハイタッチまでしたのだった。


「あ、あれ……? なんであの2人、あんな仲良しなんだろ……? リュウくん、あのゼナクっておねぇさんと知り合いだったの……?」


「ああ、彼はゼナクさんともう会ってたんだよ。……2日前にね。」


「え? 2日前、って……?」


「話は後だ。すぐに分かるよ。さぁみんな! エレベーターに乗ってくれ!」


 一連の出来事からただ1人完全に置いてけぼりにされているエミィだったが、アルバノに促されるがまま、リュウやゼナクと共に昇降機の鉄箱に乗り込む。

 アルバノが機内のレバーを下ろすと箱が降下を始める。崩れかけの建物に設置された機械にしては随分と滑らかに動いている。軋みも揺れも全然無い。まるでこのエレベーターだけ新品のようだった。


 3分……いや、4分ほどか。エレベーターは時間をかけてかなり深くまで降り進み、チン、と合図をして止まった。引き戸が開き、4人は鉄箱の外に出る。

 そこは地上とは真逆で、天井に整列した電灯は全て生きていた。あちこちで何種類もの機械音が静かに鳴り続けており、室温も程よいものだった。


 そしてその空間の1番奥。エレベーターから最も離れた場所に、"牢屋"はあった。


「え…………ッ!?」


 牢屋自体は鉄格子で仕切られた至って普通のモノである。

 だがエミィはそれを眼にした瞬間絶句した。問題なのは牢屋ではない、その中にいた人物である。


 ニット帽を被り、デニム型のセットアップを身につけた男。その着込んだ衣服類の全てにやり過ぎなほどのダメージ加工を施している男。

 ……ほんのついさっきアルバノが合議にて、"死んだ"と報告した男ーー



「ーーよおアンナ。いや……"エミィ"だったか? また会ったな」



 牢にいたのは、(うつろ)に微笑むニビル・クリストンだった。




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