第121話 小さなヒーローたち⑩ -断魔-
アドソンは思い出す。かつてバイラン・バニラガンと交わした会話を。
「エミィ……アンダーアレン?」
「そうだ……ガキどもの中で其奴だけが、この私の洗脳術をまるで受けつけんのだ。こんなことは初めてだ……」
「ふん。あの方のお力を分け与えられてもらった身でありながらなんという体たらくだ。この恥晒しめ」
テーブルに向かい合って座る2人。額に汗を滲ませる盲目の老人ーーバイランを、アドソンは鼻で笑う。
バイランは彼の態度を承服できずにガタリと立ち上がり、声を荒げる。
「言ってる場合ではない! 分からんのか!? あの方にいただいた力が通用せんということは、アンダーアレンはあの方をも上回る潜在能力を持っておるかもしれーーぐあッ!!」
しかし、その口はすぐに塞がれた。
もちろんアドソンの仕業である。彼の右腕が突如異形化・巨大化し、バイランの身体を握りしめ、背後の壁に叩きつけたのだ。
「……口に気をつけろ、老骨めが。貴様に与えられた力などあの方の能力のほんの一欠片に過ぎん。たった1度恩寵を賜った程度で、知ったようなことをほざくな……!」
声量に大きな変化はつけないが、鋭いドスを混じえた忠告。
バイランは頷かざるをえない。それと同時に、アドソンは龍の鱗ようなものに無数に覆われたその巨腕から老人を解放する。
「ゲホッ、ゲホッ」
「そのガキ、しばらく様子を見ておけ。のちのちあの方にとって有益な駒となるかもしれん。殺すのはいつでもできるからな……」
床にうずくまって咳き込む老神父にそう言いつけたところで、記憶は閉じた。
『殺すのはいつでも、できるだと……!? ……ノンキかッ!! 私はッ!!』
『あのジジイの戯言ではなかった!! この力……届き得る!! あの方にさえも!!』
そんな彼の現状は、黒焦げの肉達磨。
もう眼も見えない……はずである。息もできない、はずである。……というより生きてすらいないはずである。なのにこの男は今、鮮明な後悔の念を想起する余裕すらある。
「…………違う」
空中から彼を見下ろしているエミィは、その違和感に気づく。
「あの身体は……違う……!」
そう呟いた瞬間、彼女の頭上から一筋の巨大なレーザーが振り落ちた。
その青黒い光線は空中のエミィをピンポイントに捉え、命中を果たす。遮るもののない空に爆音が轟き、少女の身体は閃光と黒煙の中に埋もれてしまう。
ーー魔術特性のひとつ、『遷編』。
その能力はざっくり言えば、"変える"こと。変えるとはすなわち、形や色、触感等にまで至る。
術者自身の顔や骨格等をいじくれば全くの別人の姿に"変身"することもできるし、身体の色を周囲の景色と同化させれば擬似的なステルス状態にもなれるし、身体のパーツを大きくあるいは小さくすることもできるなど、非常に幅広い用途を持つ。
そしてアドソンの使用する魔術特性こそ、この『遷編』であった。
彼は今日、術を使った。アルバノに化けるために。
……彼はついさっきも、術を使った。
虫の爆発によって自身の身体の肉を抉り弾かれた際、その飛ばされた肉片を全てかき集め、ひとつの塊にした。あとはその肉塊の形を整えるだけだ。人のカタチになるように。
自分そっくりの、身代わりの肉人形になるように。
「ーーはぁーッ、はぁーッ、はぁ……ッ」
結果アドソンは少女の猛攻から生き延びることに成功した。激しく息を切らすその姿は身代わりの肉人形と大差の無いひどい有り様ではあったが、人の原型を留めているだけ遥かにマシである。
だが、彼の姿について言及すべきはそれだけではない。
彼は現在、肩甲骨を加工して背中から生やした2枚の翼によって飛行を可能にし、空中の……エミィよりさらに高い位置に飛び逃れていた。
そして欠損を免れた右腕と左脚を、まるで巨大な龍の頭のように変形させていた。そのうち右腕の龍頭の口からは青黒い魔力の光が漏れ出ており、先ほど放たれた光線の出所もここであることを示していた。
これが憲征軍対人治安部隊総隊長アドソン・バダックの……"全力"の戦闘形態だ。
「はは……!! この私をな、な……舐めるなよ……!! こ……小娘……が……ッ!!」
右腕左脚の龍をうねらせながら、瀕死の男は不意打ちの成功を喜ぶ。
……成功? 大間違いである。
やがて黒煙が晴れ、中から無傷のエミィが現れたのだ。
「ば!? ば、ば、バカな……!! そんなバカな……ッ!!」
彼女を見下ろすアドソンは絶句。
エミィの身体は、大きな球体に包まれていた。
鮮やかな茜色の球体である。表面をバチバチと鳴るスパークで覆われた、魔力の球体である。
それが光線を防いだバリヤーであることは、誰の眼にも明らかだった。
「……使っちゃったね、術。それに大勢の人にも見られた。もう逃げられないよおじさん」
エミィは絶望に苛まれる男に対して見せびらかすようにバリヤーを解除し、挑発的なセリフと視線を送る。
その威圧的な口調に、見るもの全てを焼き払ってしまいそうな攻撃的な眼つき。
……もはやそこにいるのがあの優しいエミィなのかすらも分からない。
「こ、こ、この……この……このこのこのこのッ!! バケモノッ!! がァァァーーーッ!!」
シナプス1本に至るまで恐怖に侵食されたアドソンは腕と足の龍の口から再びレーザーを放射。反動で自身の身体が崩れていくのを意にも介さず、下方にいる少女に向けてめちゃくちゃな乱連射を敢行した。
見た目通り、雨である。莫大な破壊エネルギーのシャワーである。下手をすれば雄弥の『波動』にすら並びかねない猛撃。その全てが、1人の少女目掛けて迫り来る。
「悪魔よりはマシだ。……消えろ……!」
エミィ。彼女は動じない。
右手の人差し指と中指を揃えて立て、それを頭上から接近するレーザーの群れに向ける。あとは……
ーー"デゥニマス"
ただ一言、唱えただけ。
「え? なぁに?」
分からない。何が起きたのか。喰らったアドソンすらも分からない。
エミィの指先がかすかにキラリと点滅した瞬間レーザーは全て消失し、今日1番の素っ頓狂な声を出したアドソンもまた、真っ白な光の中に消えていった。
認識された事実は、それだけだった。
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