表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/212

第117話 少年の誓い




「…………オマエ…………よわむし、だな…………」




「……あ? ……なんだと?」


 カビに侵食され息も絶え絶えの少年が吐いたその言葉に、彼を見下ろすニビルは眉をしかめた。



「オマエ……だれかをきずつけなきゃ、じぶんのまもりてーモンもまもれねぇのかよ……? だれかをしなせなきゃ……じぶんのやりたいこともできねぇのかよ……」



「!! ……ッ」


 ぜいぜいという荒い息切れが混じる言葉。

 ……ニビルは思わず唇を噛む。


「……下の毛も生え揃ってねぇガキが知ったようなことぬかすんじゃねぇ……! いいか、今日3つめの教訓だ……! 世の中には綺麗事が通用しねぇことが山ほどある……! 常識の通じねぇ悪魔みてぇなヤツがうじゃうじゃいる……! そいつらが凝り固めたこのクソみたいな現実をどうにかしようと思えば、手段なんざ選んでられねぇんだよ……ッ!」


「……そうだよ……オレ、ガキだよ……。エミィみたいにアタマもよくないし、とーちゃんみたいにはたらけないし、かーちゃんみたいにそうじもせんたくもできないよ……。……でも……!」


 少年は、震える両手を地につける。



「しってるんだよ……アイツを……!」



 震える腕に力を込める。倒れていた小さな身体が、やがてゆっくりと起き上がり始める。


「なに……!?」


「じぶんが1ばんボロボロなのに……。じぶんが、1ばんひでーメにあってんのに……。それでもほかのヒトのことをまもることばっかり……きずつけないことばっかしかんがえてんだ……! キライなはずのオレのことまで……! そういうヤツを……しってるんだよ……!」


 膝を立てる。足をつく。ぶるぶると腰を上げていく。


「せいかいなんてわかんない……。ただしいやりかたなんてオレは……わかんない……! でもーー」


 視界の歪み、四肢の痙攣、カビに捕食される腹部と頭部の激痛……それらはいまだ少しも止まない。

 だが……



「アイツの……ユウヤのやりかたのほうが、カッコいいんだッ!!」



 リュウ・ウリムは、立ち上がった。


「!! ユウヤ……ユウヤだと!? お前まさかその男とはーー」


「だあッ!!」


 ニビルの台詞の終わりを待たず、リュウは彼に1発の蹴りをお見舞いする。


「ぐう!!」


 交差した両腕でそれを防ぐニビルだが勢いまでは殺せず後方彼方に吹っ飛ばされ、30メートルほどの位置でようやく足の踏ん張りをきかせて身体を停止させた。が、彼が顔を上げると、さっきまでの場所にリュウがいなくなっていた。


「!! ちッ、どこにーー」


 がしゃあん。


 辺りを見回すニビルの耳に、何か……木材のようなものが壊された音が届いてくる。

 彼が慌てて音の方に駆けつけると、そこは酒樽が何列も、何段もズラリと並び置かれた場所。その樽のひとつが壊されていたのだ。中に入っていたのであろう酒でそこら中が濡れている。


 ニビルはその場所で、そっと眼を閉じる。


 聴力をフル稼働。空気の流れ、工場の機械音、その中に混じるものを探す。


 ーージャリッ。


「そこだッ!!」


 聞き求めた音がした地点に向け、ニビルは眼にも留まらぬ速さでナイフを投げた。

 彼が狙ったのはある1本の柱の影。建物の柱の影である。


「うくッ!!」


 影をナイフが射抜く直前、リュウがその影から転がり出てくる。ナイフは彼の右頬にかすり傷を負わせ、後方の壁へと突き刺さる。


「意味の無ぇことをするな……。どこへ行こうが何をしようが、もうカビは寄生してんだ。たとえ今すぐに俺を殺しても術は止まらねぇぞ。もうそのカビがエサにしてんのは俺の魔力じゃなく、お前という宿主だからな。まぁ……今のフラフラのお前じゃ、そんなことができるはずもねぇが」


 諭すニビル。ふらつきながらも身構えるリュウ。両者は再び姿を晒して向かい合った。


 ……しかし妙なことが、腑に落ちぬ点がふたつ。それはニビルが感じたものである。


 まずひとつめ。リュウの全身が、何かの液体でびしょびしょになっていたのだ。彼のチャームポイントであるふわふわの頭髪も真下に垂れ下がっており、毛先が顔面にべったりと張り付いている。服やズボンも同じである。

 そしてふたつめ。リュウの右手だ。何かが握られている。長方形の、黒い何かが……。


『この匂い……酒か? コイツ酒をかぶって……? そうか、さっきの壊した樽の中身か……!』


 ニビルは少年の身体が放つアルコールの匂いで、ひとつめの違和感への察しをつける。


「ふん……妙な浅知恵は働くらしいな。そいつは消毒のつもりか? しかし残念ながら、カビはとっくにお前の身体に根を生やしている……。表面を洗い流すくらいじゃなんの意味も無ぇんだよ、バカが」


 呆れた嘲笑。だがリュウはニンマリと笑う。


「バカぁ? ちげーよ……」


 そして彼は、自身の右手の中身をニビルへと見せた。


『! あれは……さっき俺が落とした、予備のマガジン……!?』


 そう。彼が握っていたのは、この工場内に落下してきた際、リュウに殴られた衝撃でニビルの懐からこぼれ落ちた、拳銃の弾倉だった。


 リュウはそこから弾丸をひとつだけ抜き取り、残った弾をマガジンごと投げ捨てる。そしてーー


「バカはてめーだッ!! おおバカやろーッ!!」



 その弾丸を、瞬間的に、思いっきり握りつぶした。



 弾丸は、ばぁん、と破裂。中に入っていた火薬が、少年の手の中で小さな花火を起こす。


 そしてその火花はすぐに引火した。全身を酒で……アルコールで濡らす、リュウの身体に。

 

「!? な、何を!?」


 ニビルは無論戦慄する。

 リュウの身体の火はみるみるうちに彼の全身を包み込み、火だるまにしてしまう。髪も、皮膚も、服も、何もかもが黒く焦げてゆく。


 だが少年は笑ったままだ。

 なぜなら信じているから。大好きな女の子が授けてくれた、知識をーー


「おしえてやる……! カビのせーちょーには……"おんど"がひつようなんだぜ……! あつすぎず、つめたすぎもしない……"てきせつ"な"おんど"がよォーッ!!」


 実際、彼の腹部と頭部のカビはどんどん焼き払われていく。

 しかしこれでは本末転倒ではないのか。朽ちて死ぬか焼け死ぬか。これでは後者を選んだだけではないのか。


 混乱するニビル、だが今は戦いの最中。文字通り燃え盛る少年が、彼に向かって挑みかかる。


 殴りかかる。両の眼球の水分を沸騰させながら。

 蹴りかかる。身体中の皮膚をただれさせながら。


 ニビルはそれらを何発も受けてしまう。防御に集中できないのだ。

 できない。理解できない。この少年を、その行動を。考えても考えても考えても。


「な、なぜだ……なぜだッ!!」


 やがて耐えかねたニビルはリュウに向けて、取っ組み合いながら胸中を吐き出す。


「なぜそうまでして俺の邪魔をする!! メリッサ・デノムはてめぇにとっちゃなんの関係もあるまい!! 死のうが生きようが……気にかける必要など無ぇだろうがよッ!! なんなんだてめぇは……なんなんだよてめぇはよォォ!!」


 それはもう恐怖の叫びだった。自分の中の後ろめたさを真正面から見せつけられたような、心を締め殺す恐怖。


 それをぶつけられたリュウは、何を思うーー


「ーーオレは……アイツがキライだ……だいっキライだ……。オレからエミィをとっちゃうから……」


「は……はあ!?」


「でも……」



 ーーひとつだけ約束してほしいな。私じゃなくて、ユウさんに。


 きみはとっても強い。誰にも……それこそ私やユウさんにも真似できない、特別な力を持っている。


 その力を……"誰かを守ること"に、使えるようになりなさい。




「だれかをまもる……だれだってまもる!! おれは、やくそくをまもるんだ!!」




 ……少年の瞳の中には、1人の男が映っていた。

 片眼を抉られ、両手をズタズタにしながらも、真っ直ぐに立っている1人の男が。その背中が……。


「わ、分かんねぇことを……しゃべるなァァァーーーッ!!」


 錯乱を極めたニビルは己の魔術を再び発動、全身を解放した魔力で染め上げる。


 しかし遅い。

 止まるものか。止められるものか。


 彼より先に、だ。リュウ・ウリムの全身もまた、青白い光で包まれたのだ。


 魔力の光。(まばゆ)くも暖かい光。彼の身体を包んでいた赤い炎を上塗りするほどの濃い光。


 リュウは右の拳を振り上げる。全身の魔力が、その一点に集約する。


 そして……



 ()


 (れい)


 (しょう)ーー



 その拳……約束の証は、ニビルの土手っ腹へと撃ち込まれた。


「が……………………ッッ!!」


 男は眼球を裏返し、血反吐を吐き散らす。


 衝撃波が、拡散する。

 工場内に爆風を起こし、全ての窓ガラスを四散させる。床や柱に亀裂がはしる。


 そしてその爆心地にいた、ニット帽の男はーー



「…………リュウ・ウリム…………。"誰だって守る"…………か…………」


「…………もっと早く、会いたかったぜ…………」


「てめぇがいりゃあ…………俺も…………妻と、娘…………も……………………」



 ーー悲しそうに微笑みながら、地に倒れ伏した。




 よろしければ、評価やブックマーク登録、感想等をお願いします〜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ