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第114話 小さなヒーローたち⑤ -俊足-




 昇る黒煙に、小気味良いリズムで音を刻む車輪。それが線路に擦れて散る火花。

 黒鉄(くろがね)を纏った汽車である。宮都外周4番線、その車両のひとつにエミィ一向は乗りこんだ。それはいい。それは別にいいのだが、問題はここからである。


「うぐ……く、くそぉなんでだ? あしがいてぇ……ッ。ホントならもっとはしれたのに……ッ!」


 ついさっきまでエミィとメリッサを抱えた上で眼にも止まらぬ速さで駆けていたリュウ少年は、座席にうずくまって両脚の脹脛の傷から血を滲ませている。


「だ……だから薄皮を張っただけって言ったじゃない……! あんな思いっきり走るから……!」


 傷に再び魔力の光を当ててあげる怪しい格好のままのメリッサ。エミィはというと、頭を抱えながらずっとオロオロしている。


「もうーッ! ぶっちゃダメって言ったのにッ! それによりによって汽車に乗っちゃうなんて、こんなの閉じ込められたみたいなものだよッ! もしこんなところで襲われたら逃げる場所がないでしょッ!?」


「う……ご、ゴメン……」

 

 座席に腰掛ける少年はバツが悪そうに少女から顔を逸らす。


「ま、まぁまぁエミィちゃん……発車直前で駆け込んだから、列車の中に悪者がいる可能性は低いんじゃないかな…….。それにこの汽車は外周線だからキグンジョー地区にも停まるし、結果オーライってことで……ね?」


「む〜……しょうがないなぁ。でもリュウくん! あとであの兵士の人たちにもちゃんと謝るんだよ!」


「お……おう……わかった……」


「あ、あのところでエミィちゃん……このコートとかもう脱いでもいいかなぁ……?」


「ダメだよー! こんな人眼につくところだし……! ごめんね、暑いだろうけど……」


「え、あ、その……別に暑くはないんだけど……」


 メリッサは周りの乗客たちのチクチクとした視線を浴びながら肩身の狭そーな暗い顔を見せているが、エミィはぜーんぜん気づかない。いつもの察しの良さはどこへ行ったのやら……。


 そんなこんなをしてるうちに、彼らの乗る汽車は陸橋に侵入。

 この陸橋は地上40メートルの高さがあり、橋下には住宅街が広がっている。列車が通ることで橋の骨組みを伝って地上にまで音と振動が届いており、騒音でうるさい、というよりも、列車が落っこちてこないかが心配になるほどの高さである。


 ……その陸橋の上の列車を、遠くから眺める者がいた。



「ーーなんだありゃ? ヘタな変装だ……。あれで誤魔化せるとでも思ったのか」



 それは、病院裏庭でエミィたちを襲ったグループのリーダー格の男。ニット帽に至るまでの全身の衣服に過剰なダメージ加工を施したこちらもやたらと悪目立ちする姿の、あの男である。

 男は陸橋から数百メートル離れた高台から双眼鏡を覗いており、その視界には……走る汽車の中ほどの車両にいるメリッサが映っていた。


「街をバカみてぇなスピードで走り回るガキがいるっつー騒ぎを聞いて来てみたが……当たりだったらしいな。俺は運がいいねぇ」


 男は双眼鏡をしまうと、肩に背負っていた長細く大きなリュックを脇に下ろす。そしてそこから、1挺のスコープ付きボルトアクションライフルを取り出した。

 弾をひとつ、ガシャリと装填。眼の前の段差に片足を置き武器を構える。スコープの中央に捉えるは、車両の窓ガラス越しのメリッサの頭部。


「ちょっち日の光が眩しいが……支障は無ぇな」



 ぞわ。


『!! ……な、何……!? 誰か……見てる……!?』



 同時に列車内のエミィは感じ取った。氷よりも冷たい手で首を鷲掴みにされているような感覚。周りの乗客たち、リュウやメリッサにその素振りは無い。エミィだけだ。彼女だけが感じている。少女は恐る恐る窓に眼を向けた。

 ……彼女は見た。窓越しの景色。そのうちの遠くの高台のてっぺんで、何かがキラリと光っているのを。小さなガラスか何かに太陽光が反射しているのを。

 



 ーーニット帽の男が、引き金を引いた。




「!! メリッサさん伏せてぇッ!!」


「え? きゃあッ!?」


 少女はその小さな身体で、メリッサに頭から覆い被さるようにして飛びつく。倒れるメリッサ、穴状に割れる窓ガラス、それを追いかけるように聞こえてくる銃声。

 そして銃弾は幸い誰の肉も抉ることなく反対側の窓ガラスにまで貫通して去っていった。


「!? バカな……!! 気付いたのか!?」


 奇襲狙撃を回避されたニット帽の男は驚きのあまり瞳孔の開きを抑えられなかった。


「な、なんだぁ!? エミィ!! メリッサさんッ!! ダイジョーブかッ!?」


「おいおい飛び石か?」


「飛び石ってここ橋の上だぞ」


「危ないわねぇ。ちょっとあなたたち、大丈夫?」


「ちょっと待って……なんか大っきな音しなかった?」


 倒れる2人に慌てて駆け寄るリュウ。それにつられるように、車内の他の乗客たちも口々に騒ぎ始める。


「リュウくん……!! ま……前の車両に移動して!!」


「ええ!? ど、どういうことだよ!! いまのなんだよ!?」


「いいから早く!! 頭が窓より高くならないようにしながら、前の車両に行って!! 早くッ!!」


「あ、わ、わ……わかった……!!」


 青ざめるメリッサを支えつつ起き上がるエミィの必死の剣幕に圧倒されたリュウは、何がなんだか理解できぬままその指示を聞き入れた。



「くそ!! 顔を出さなくなりやがった!! なんてガキだ本当に……!! カンが冴えてるなんてもんじゃねぇぞ!!」


 高台の上、ボルトを引いて排莢しながら舌を打つ男。そして再びスコープを覗き列車の中を伺う。


「3人揃って前の車両に逃げてるな……だが姿勢が低すぎる……! ちッ、もう遠距離からは無理か!」


 下した判断は、狙撃不可。

 すると男はライフルを投げ捨てつつ懐から拳銃を取り出し、それを右手で握りながら突然猛スピードで高台を走り下りだした。



「はぁ、はぁ、はぁ、は……」


 ガシャン。

 

 動悸に抗いつつ入り口の扉の鍵をしっかり閉めるエミィ。震えながら崩れるように床に倒れるメリッサに、やっぱり状況が掴めなくて首をあっちこっちに傾げるリュウ。

 3人が逃げ込んだのは客室車両と汽車の間に連結されている貨物車両。窓無し、灯り無し。木箱がそこらに積み上げられているだけで、他の乗客の姿も無し。


「な、なあってば!! いったいなんなんだよ!?

おしえてくれよ!!」


「撃たれたの……!! 誰かが……メリッサさんを狙って銃を撃ってきたんだよ……!!」


「う……撃ってきた……って……どこから……!? エミィちゃん……!!」


「外から……!! 少し離れた高い場所から……!!」


「う、ウソだろ!? そいつどんなメしてんだよ!?」


「でもここなら外から中の様子は見えないし、他の乗ってる人たちを巻き込むこともない……!! しばらくここに隠れて、次の駅で降りよう!!」



 ーー籠城する彼らがそう話す中、ニット帽の男は走っていた。


 高台を下りきり、街路を縫い、陸橋に接触。骨組みをよじ登っていく。

 あまりに速い。速すぎる。走るのも、登るのも。動かす腕や脚が、残像で10本に見えてしまうほどに速い動き。


 線路に登頂、再び走る。時速50キロの列車にどんどん迫っていく。

 

 やがて到達、柵を掴む。ひらりと飛び乗りさらに上。車体の天井をまた駆ける。

 最後尾からどんどん前へ。だが客室は全て無視。つまり……彼は察していた。標的がどこに逃げたのか。



 ーー貨物室の天井が砕かれる。



「きゃあああッ!!」


「こ、こんどはなんだぁッ!?」


 悲鳴のメリッサ、驚愕のリュウ。そしてーー


「…………そんな…………!!」


 エミィは絶望に眼を染めた。




「よう……。さっきぶりだな」




 不適な笑みを浮かべながら、息切れのひとつも起こしていない男は自身が破壊した天井板の破片と共に貨物室内の床に降り立つ。

 右手に拳銃を持つ彼の視線はメリッサを睨む。


「またおまえかこんにゃろーッ!!」


 すぐさまリュウが攻勢に。男に向かって蹴り足を振るう。

 男は腰を逸らして避けつつ上着の懐から何やらボールのようなモノを取り出し、ニット帽を深く被り直しながらそれをリュウの足元へと転がした。


「!? なんーーうわぁあああッ!?」


 リュウが気づく頃のと同時にボールは爆発。天井の大穴から差し込む太陽光だけが頼りの貨物室内の影を一片残らず掻き消すほどの、強烈な閃光を放った。

 至近距離での直撃を喰らったリュウは両眼を開けられなくなり、そして男はすかさず彼に向かって1発の銃弾を放つ。


 弾丸は怯みまくる少年の口元に命中すると、途端にドロドロの液体と化した。それらは彼の口内へと侵入し、やがてーー


「う……?」


 少年の身体が、いきなり力を抜かれたように床にパタリと倒れた。


「な……なんだ……! カラダが……シビれ……ッ!」


「心配するな。ただの軽い麻痺毒だ。死にはしねぇし、1時間もすれば動けるようになる」


 男は少年にそう告げながら、閃光から自身の眼を守るために深く被ったニット帽を元の位置に戻し、左手に腰から引き抜いたナイフを構える。刃先は当然メリッサへと向けられていた。


「あ……あ……」


 幸か不幸か、メリッサは変装と称してエミィに付けさせられていたサングラスによって閃光弾は回避していた。だがそれにより彼女は否が応にも認識せざるを得ないのだ。死神が、自身の命に這い寄るのを。


 が、その死神は急に足を止めた。


「…………お前、スカーフはどうした」


 彼は妙なことに気づく。ついさっきまでメリッサの口元に巻かれていたスカーフが無い。……ついでに、彼が最も厄介視している少女の姿も無い。


 察知してももう遅かった。


「えーいッ!!」


「!? しまっーー」


 男の背後から、隠れていたエミィが奇襲。

 彼女は自身の()()()巻き付けていたスカーフを取って広げながら男の首筋に飛びつくと、すかさずそのスカーフで男の顔全体をぐるぐる巻きにした。


「んぐぐッ!? お、おばぇえ……ッ!!」


 顔中を布で覆われたことで眼眩ましのお返しをされた挙句口元に蓋をされて酸素の補充まで妨げられた男は、慌てて少女を引き剥がそうと後ろ手で彼女に掴みかかる。

 対してエミィはそのままスカーフの端と端を男の後頭部でキツく縛り止め、一旦彼の首筋から離脱。そしてまたすぐに、今度は男の右腕にしがみつき、ダメージ加工の穴から覗いているそこの素肌に思いっきり噛み付いた。


「むぐぉおおおおおおお!?」


 呼吸困難・視界不良、おまけに腕が緊急事態。加えてその腕の痛みにより、握っていた拳銃まで落としてしまう。男はすっかり大混乱へと陥った。


「ぐ……ぶはぁッ!! お……おいやめろ、はなせ!! 俺はお前らに用は無ぇんだよ!!」


 なんとかスカーフの結び目を解き説得の言葉を投げかける男。だが少女はちっとも離れない。


「こ、の……!! やめろというのにッ!!」


 耐えかねた男はナイフを口に咥え、空いた左手でエミィの頬を平打ちした。


「あうッ!!」


 パァン、という肩が窄まる音とともに吹き飛ぶエミィ。引き離されドサリと床に落ちた少女の右頬が、じわじわと真っ赤に染まっていく。


「!! エミィッ!!」


「エミィ、ちゃん……ッ!!」


「あ……!! くそ、加減を……!!」 


 リュウとメリッサどころか手を上げた本人すらも動揺。おそらく無意識のうちにそんな言葉を漏らす男だったが……


「う……」


「て、て……てんめぇえええェェーーーッ!!」


 頬を手で押さえ、固くつむる眼尻に涙を浮かべる女の子。その姿をまざまざと見せつけられたリュウの怒りはあっという間に臨界点を超えた。

 リュウは両脚を無数の毛細血管が浮き上がるほどに踏ん張らせて無理矢理に駆け出すと、男に向かってミサイルのような威力の猛タックルをかます。


「ぐは!! う……おおッ!?」


 その1発を腰元にモロ受けした男は貨物室の壁に激突、そのままそこを突き破り車両の外へ……。


「!! りゅ……リュウくん……ッ」


 エミィの呼び声も虚しく、リュウはそのまま男と共に線路までをも飛び出し、地上40メートルの陸橋から転落。橋下の街へと消えていった。


 


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