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第113話 裏の進行 -交錯する道-




 憲征軍宮都総本部。その廊下を、ヨレヨレのカッターシャツを着たアルバノ・ルナハンドロは力の無い足取りで歩いていた。



「ルナハンドロ三位ぃぃッ!!」



 そんな彼の背後から1人の若い男性兵士のでぇ〜っかい声が飛んでくる。アルバノはボサボサにした桜色の長髪をかきながら、ヒジョーにメンドくさそうに声の方へと振り向いた。

 彼の元に駆け寄ってきたのはやはり20かそこらの、坊主頭の男。男はアルバノの眼の前で急ブレーキをかけ、長身の彼を見上げながらビシッと敬礼をする。


「お疲れのところ失礼いたしますッ!!」


「……ああ〜失礼だ。3日3晩不眠不休で働き続けた上に本来非番である今日という日まで返上したおかげで家にも帰れずにいる、可哀想〜な僕に対する最悪の無礼だ。その"デカいクチ"は……」


「ハッ!! 自分のクチ、デカいです!! 申し訳ございませんッ!!」


「ハァ……で、なに」


「はい!! わかったんです!! 3日前に宮都北東部で発見された射殺体の身元が!! 名前はジョンソン・フィディックス、26歳!! 現場付近に住む非正規労働者で、現在は自動車整備工場のアルバイトでした!! こちらが調査書でありますッ!!」


 若い兵士は10枚程度の調査紙の束を彼に差し出す。


「……ったくいつもいつも……何で僕の周りにはこうやかましいヤツしか寄って来ないんだ」


 ぶつぶついいながらも素早く資料に眼を通していくアルバノ。ものの数十秒で読了する。


「……? 特に物珍しい経歴でもないじゃあないか。コイツはどこにでもいる平凡な一市民だ。こんなのでいちいちギャーギャー騒ぐんじゃあない」


「いいえッ!! お伝えしたいのはそこではありません!! こちらをご覧ください!!」


 男は、彼のその反応は分かっていたとばかりに別の1枚の紙をすかさず手渡す。

 アルバノのこめかみに、ビキリ、と音を立てて血管が浮かぶ。


「あのな……! だったら最初からそっちを寄越したまえ……!」


 声は荒げずともスパァン! と乱雑に紙を取り上げた彼は眉間のシワを全開にして追加の資料を読んでいく。



 ーーその時。




「……………………なんだこれは」




 寝不足で潰れかけていたアルバノの(まぶた)が、突如限界まで見開かれた。


「ハッ!! ジョンソン・フィディックスの魔力の分析結果の資料であります!! 身元調査の一環として、軍の前科者リストに記録のある魔力と照合したものであります!!」


「そんなことは見たんだから分かる!! この結果はどういうことだと聞いているんだ、マヌケめ!!」


 ついさっきまでの疲れ果てた声色はどこへやらアルバノまでもが男性兵士に引けを取らない怒鳴り声を上げ始め、資料の一部を手でバシバシと叩いている。




〈記録(あり) 魔力(まりょく)一致率(いっちりつ)92% バイラン・バニラガン〉




 ……それが、アルバノに叩かれている部分に記された文章であった。


「分析の間違いじゃないのか……!!」


「いいえッ!! 5度です!! 5度の試行をしましたがいずれも9割を下回ることはありませんでした

ッ!!」


「冗談じゃあない!! 血縁のある親族間であっても、こんな数字を出すには天文学的確率の壁がある!! それが……赤の他人同士で起こったというのか!? しかも相手がよりによってバニラガンだと!? こんなバカな話があるか!!」


「ハッ!! バカな話であります!! ついでにもうひとつバカ話がありますッ!!」


「だから1度にまとめて伝えろというんだこのドアホめ!! で!! なんだ!!」


「このフィディックスという男、魔力量もまた異常なのであります!!」


「はあ!? ちょ……ええい分かるように話せ!!」


 理解が詰まったアルバノは寝不足で回転力の落ちている自身のアタマを拳でゴンゴン殴る。



「ジョンソン・フィディックスの学生時代の友人たちに話を聞いたところでは、フィディックスの魔力の素養は極めて低いものだったらしいのです!! ですが今回彼の遺体から検出された魔力量の数値は、それこそ私のような大マヌケだって口が裂けても素養が無いなどとは言えんレベルだったのです!! これをご覧くださいッ!! フィディックスの魔力量は、成人男性の平均の3倍以上もあったのですッ!!」



「な……に……ッ!? それはーー」

 

 アルバノは、兵士のその話に聞き覚えがあった。




 ーー同じだ……バニラガンと……!!



 1年半年前の事件の時……子供達の受け入れ先の孤児院長だったバニラガン自身の事前調査も当然行われ、ヤツには大袈裟な魔力の素養などは無い、と結論づけられていた。だがあの男は現に、エミィちゃんを含めた大勢の子供達を支配下に置くほどの術式規模を見せている。

 当時の捜査本部は事前調査に漏れがあったがための事態だったと見解を定めたが……。

 



「ど……どういうことなんだ……!! 何がどうなっている……!?」


「ちなみに私は平均程度です!! つまり私の3倍です!! うらやましいですッ!! 分けてほしいくらいですッ!!」


「だーまーれッ!! 頼むから静かにしてくれ!! 考えがまとまらなーー」


 ピタリ。


 喉の奥に何かが引っかかったように黙るアルバノ。


 彼は眼の前に立つ部下となにやら恐る恐る瞳を合わせる。


「…………おい。きみ…………今なんて言った」


「ハッ!! 私の魔力量は平均程度であると言いました!!」


「このビッグバンポンコツバカめッ!! きみみたいなクサレウジ虫のひき肉炒め野郎の個人情報なんかどーだっていいッ!! "うらやましい"の後だ!! なんて言ったッ!!」


「……ハイ。分けてほしいな〜……って……言いました……」


 ……その一言でアルバノは何かに気がついたのか、再び絶句してしまう。


「いや……さすがに今のはヒドくね……? モラハラで訴えたら勝てるよねぇ……?」

  

 いきなり別人のようにイジイジし始めちゃった男性兵士だったが、無論アルバノはそんなのに構わない。自身のアゴをなぞりながら、瞬きも忘れて思考を回す。




 分ける……。


 分ける……。


 ……分ける……ッ!?




「……ま、さか……そんなことがあり得るのか……?」


 "分ける"力……。"譲渡する"力……。


 ユウヤくんのような転移者の事例とは違う、全く別の力……。魔力がゼロの者に注ぎ込むのではなく、魔力を有する者同士での魔力譲渡が、もし可能なのだとしたら……?



 ーーバニラガンやこのフィディックスが、()()()から"魔力を分け与えられていた"のだと仮定したら!? 彼ら2人の持っていた魔力が、もとは全く別の1人の物だったのだとしたら!!

 辻褄は合う……!! 全くの無関係であるはずのこの2人の魔力が異常な一致率を示したことの、辻褄は!!



 だが……だとしたら誰がそんなマネを……!?


 そもそもそんな力聞いたこともない……!! バニラガンの裏にいたのであろうあのゲネザー・テペトにも、そんなことができるとは思えん!! 



 ……ならまだ他に……我々の知らないところで動いている者がいるのか……!?

 


「ちッ、まったく……!! いつまで経っても寝れやしないッ!!」


 アルバノはとっ散らかっていた髪をヘアゴムでまとめながら、渡された資料を持って早足で廊下を歩き出す。


「あ……ルナハンドロ三位!? どこへ!!」


「1度家に戻る!! 着替えが足りなそうなんでねッ!!」







「ど、どうしよう……おじちゃん電話に出ない〜」


「つかれてねてんじゃねーか? おれのとーちゃんもやすみのひは、ずーっとねてばっかだぞ」


 一方その頃街道の公衆電話の前にたむろしているエミィ一向は、アルバノ宅への電話に全く応答が無いことに焦っていた。


「と、ところでエミィちゃん……このカッコは……」


 1人ミョーに様子が違うのはメリッサ。何やらモジモジしているが、その理由はつい先ほど半ば強引にエミィとリュウに身につけさせられた()()にあった。


「変装だよ! これならメリッサさんだって誰にも分からないでしょ? 小説に出てきたスパイがやってたの!」


「へ、変装……ね……」


 エミィはエッヘンと胸を張るが、メリッサの困惑は明らかだった。

 現在彼女は口元に柄物スカーフを巻き、やたらとデカい黒サングラスをかけている。さらに分厚い生地のロングコートをワンピースの上から着込んでいる。しかもそれらはリュウがテキトーなゴミ捨て場から拾ってかき集めたものであったため、当然のごとく全部ボロボロ。そりゃあ彼女がメリッサであるとは見分けられないかもしれないが、目立つか目立たないかで言えば……うーん。


「で、どうすんだよエミィ」


「うーん……ーーならおじちゃんのお家に直接いこう!」


「そ、その人の家……? 住所は分かるって言ってたけど……どこにあるの?」


「えーっとね……」


 エミィはオーバーオールのお腹ポケットから1枚のメモを取り出して中を見る。


「キグンジョー地区24番街、5の14だって」


「ふーん、なるほどな! ……で、それってどこだ?」


「け……結構遠いわ……。宮都の隣ではあるけど、ここからだと歩きで行くのは難しいんじゃーー」


「あの〜ちょっとよろしいですか?」


 行き先を決めかねていた3人に突如背後から声がかけられた。彼らが振り返ると、いたのはなんと2人の男性兵士。


「!!」


「この暖かいのに随分と寒そうなお姿ですねぇ。失礼ですが……お名前とご職業を教えていただけますか? その子供たちは、貴女のお子様でしょうかぁ?」


 片っぽの兵士があからさまに不審がりながらメリッサに向けて職質を始めるが、メリッサそしてエミィは顔を青くするばかり。質問内容なんて頭に入ってこない。


『へ……兵士……ッ!!』


『ホンモノ……!? ニセモノ……!? ど、どっちにしてもメリッサさんを逃がさないと……!! どうしよう、どうしよう……!?』


 そうこうしているうちに彼女らを睨む兵士の眼つきはどんどんギラついていく。


「あの〜どうしましたぁ? 早くお名前とーー」



「てぇええいッ!!」



 しかし瞬間、なんとリュウがその兵士に飛びついてブン殴ってしまったのである。


「ぐぼぉおッ!?」


 顔面に拳を喰らった兵士はきりもみ回転しながら近くにあった1軒の屋台に激突し、きゅう〜、と伸びてしまう。


「……………………エ?」


 愕然としたのはエミィたち。口をあんぐり、眼をパッチリ。


「ちょ……ちょちょちょ何やってるのリュウくんんんんんんッ!?」


「ん!? コイツもニセモノかもしんねーだろ!?」


「だ、だとしてもそんないきなり人をぶっちゃダメでしょーッ!!」


「おお、お前ッ!! 何をする!?」


 もう1人の兵士がたちまち腰から銃を抜く。


「ええい全員動くな!! 公務執行妨害と傷害罪で逮捕すーーぱぎょーッ!!」


 ところがどっこい、その兵士までもリュウにすぐさま蹴っ飛ばされ、同じ屋台に頭から突っ込んで沈黙。残念ながらエミィの声は、少年には届いていなかった……。


「おい、はやくにげるぞッ!!」


「もーッ!! めちゃくちゃじゃないのーッ!!」


「ああああやっぱりこんなカッコじゃダメだった〜ッ!!」


 動いてナンボ精神のリュウは大パニックの2人を両肩に担ぐと猛スピードで走り出し、突風を巻き起こしながらその場から逃亡した。




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