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第111話 小さなヒーローたち③ -乱闘-




「お、おいおいおいまたガキかよ……!? どうなってんだいったい……!!」


「ていうかアイツ……チャカの弾を素手で防ぎやがったぞ……!!」


「"俺の女"だァ? ひゃはははは! こいつぁ随分とマセたガキだ! 子供の作り方から勉強するこった!」



 また1人の小さな乱入者に男たちは口々に驚く。リュウはそんな彼らと目線を外さないように後退りし、自身の背後で半ば放心状態のままへたり込んでいるエミィを質問攻めにしていた。


「おいダイジョーブか!? なんだこれどーいうことだ!? アイツらだれだ!? そのオンナのヒトだれだ!?」


 確かに友人の声に間違いのないそれを聞いたエミィは、自分がついさっき殺されそうになったという事実の混乱からからようやく立ち直った。

 

「……悪い……人……!」


「へ!?」


「あの人たち、悪者なの……ッ!! この女の人を狙ってる……!! ……やっつけて!! リュウくんッ!!」


 そんな彼女の必死の形相に呆気に取られていたリュウだったがーー


「お、お……おおッ!! まかせとけ!!」


 すぐに胸をドンと叩き、自身より遥かに大きい大人5人に向き直った。


「クソボウズが! スーパーマンごっこならヨソでやんなァッ!」


 5人のうち先ほど彼をマセガキ呼ばわりした男が、その行動を見てすぐさま彼に銃を向ける。


 ……が、構えを整えた時、男の視界からリュウは消えていた。


「ん? あれどこに……ぐげぇッ!?」


 次の瞬間、銃を構えた男は背後から頭を殴られて意識をトばし、地面に倒れた。もちろん殴ったのは、いつの間にか男の後方に回り込んでいたリュウである。


『速い!!』


 その動きを眼で追えたのは、リーダー格であるニット帽男ただ1人。そんな彼ですら驚愕を隠せない速さであった。


「な……なんだぁコイツはぁッ!?」


「野郎ッ!! ブッ殺してやるッ!!」


 たちまち他の3人も懐から銃やらナイフやらスタンガンやらを取り出し血眼になってリュウに殺到。しかし……


「てぇッ!! せいッ!! とりゃりゃりゃりゃーッ!!」


 やはりリュウの敵ではなかった。

 1人は足払いからの顎へのアッパーで、もう1人は顔面へのパンチラッシュであっという間に仕留められてしまう。


「チョーシ乗んなやクソガキがァァァッ!!」


 3人目が巨大なサバイバルナイフを両手で握り締め、力の限りに振り下ろす。が、リュウは全く臆することなく手刀の1撃で、ばっきーん、と、それを根本からへし折ったのである。


「へ!? うううううううう、う、うそォ……ッ!?」


「ちぇーいッ!!」


 眼ん玉を飛び出させて仰天するナイフ男。リュウはそのまま彼の腹に、1発のとびきり強烈なキックをおみまいした。

 

「ごえッ!! どわぁあああああ………ぐはァッ!!」


 ブッ飛ばされた男はそのまま背中から建物の壁に激突し、舌をでろりと垂らしたまま気絶。ここまでほんの20秒足らずだが、残るはーー


「……こりゃたまげた。世の中ってのは広いもんだ。こんな子供もいるんだな……」


 感心しながらそう呟く、リーダーの男ただ1人になった。


「さぁジジイ! おまえもやるか! それともおとなしくコーサンするかッ!」


 濃い緑色のズボンと黄色いスウェットに身を包む少年は息巻いたまま拳を握り直す。

 すると……リーダーの男は上着の懐から1本の紙タバコを取り出し、口に咥えて火をつけた。しぱしぱと吸い、口脇から気持ちよさそうに煙を吐く。それを2、3度繰り返す。


「降参、な……。ところがそれがカンタンにできねぇのがプロの辛ぇところでな。それと……」


 男はもう1度、今度ははより深く息を吸い込む。そして……



「俺はまだ37だ。ジジイじゃねぇ」



 その台詞と共に、咥えていたタバコをリュウに向けて吐き飛ばした。

 タバコは、ピウウッ、という鋭い音を発しながら銃弾にも迫るスピードで一直線にリュウへと接近。


「へ!! なんだこんなモンッ!!」


 予想外の攻撃。しかしさすが、少年はその不意打ちすらも拳で迎え打つ。

 ところがリュウが叩き落とさんとそのタバコを殴りつけた瞬間、タバコは耳をつんざく破裂音と共に爆発した。


「ぐ!? うわぁあああッ!!」


 もちろんサイズがサイズ、爆発自体は大した規模ではない。だが発生した音だけはそのサイズに見合うものではなく、加えて爆弾は爆弾である。殴ったリュウの右拳に火傷を負わせるだけの殺傷力はあった。


「お前にとって今日ひとつめの教訓だ、"リュウくん"よ……。敵の持ち物には、無闇に触れちゃいけねぇ」


 男はそう言いながら手の痛みに苦しむリュウとの距離を一瞬で詰めると、彼の腹に向かって1発の膝蹴りを見舞った。


「!? お、おいおい……! どんな反射神経してやがる……!」


 男はまたもや驚かされた。リュウは完全に痛みに気を取られていた。そのはずだった。にもかかわらず、少年は彼の膝蹴りを左手1本で受け止めたのである、


「て……んめぇええッ!! よくもやったなぁッ!!」


 お返しばかりに傷ついた右手も使って猛攻を仕掛けるリュウ。男はしばらくは防戦していたがそのあまりの手数の多さに対応しきれなくなり、やがて左拳骨が頬に炸裂するのを許してしまう。


「ぐぅ〜……いってぇ……! こりゃ撃たれるよりキツいな……!」


 殴り飛ばされる男。それでも彼は怯まない。宙を舞いながら体勢を立て直し、右手に持っていた拳銃から一気にばばばばばばん、と6発の弾丸を連射した。


「ふん!! ピストルはおれにはきかねーぞ!!」


 先ほどと同様に4()()の弾丸を一瞬、それも左手のみではね除けるリュウ。子供じゃなくたって化け物じみた身体能力と動体視力である。


 が、おかしい。おかしいのだ。彼が弾いたのは4()()。撃ったのは6発。残りの2発はどこへ?

 それらが飛んで行ったのはまるであさっての方向である。リュウの遥か頭上、当てる気をまるで感じさせない距離感。標的を完全に見失っていた。


 ……しかし、着地した男の顔は余裕に満ちていた。自信、確信。満ちていた。

 

 大暴投の弾丸2発。進む。真っ直ぐに。

 やがて命中。それは、リュウの背後の壁。

 チュイン、という音と同時に、それらは壁から跳ね返る。


 男が小さく口を開く。


「……そしてふたつめ。正面の敵と戦う時はーー」




「う……ッ!?」


 ……刹那。リュウの両脚に1発ずつ、背後からの凶弾が襲いかかった。




「かえって後ろを見るもんだ」


「うぁ……ぁあああッ!!」


 地に倒れ、悲鳴を上げる幼い男の子。撃たれた脚が血に染まってゆく。


「リュウくんッ!!」


「心配するな"アンナ"、神経は避けた……。簡単に治る傷だ。"リュウくん"は3日もすれば、また元気に跳ね回れるようになる」


 歩く男は痛みに悶えながら倒れているリュウの真横を通り過ぎつつ、エミィに声をかける。


「さて……いい加減仕事を終わらせなぇとな。さすがに病院の連中が気づく頃だ……」


 そのまま空になったマガジンを銃から落とす。彼がざむ、ざむと歩いて向かっているの先にいるのは……当然ターゲットのメリッサだった。


「ひ……ひ……ッ!」


「悪いな……アンタに恨みはねぇが、こっちもおまんま食うために必死でね」


 怯え、地べたを仰向けで這いずって後退るメリッサ。それを追い詰める男。新しいマガジンを装填、スライドがガシャリと引かれ、撃鉄が下ろされる。


『な……なんとかしないと、なんとか……どうしよう、どうしようどうしよう、どうし……ーー!!』


 その中で、幼い頭脳を猛烈に回転させるエミィ。

 そんな彼女の視界に入ったのはついさっきまでメリッサと一緒に隠れていた、積み上がったドラム缶の山であった。



『ーーパズル本は、3日前……じゃなくて2日前だ……! おやつ食べた後に読んだ本……! これも根っこはおんなじのハズ……! 一気にまとめて崩せる場所……バランスの中心は……!』


『ーーあそこだ!!』



 エミィはドラム缶の山に飛びつき、少しばかりよじ登る。下から2段、右から6つめ。そこが彼女の目標点。


「? ……おい"アンナ"、何してる」


 メリッサの眼前まで来た男が彼女の行動に気づくが、エミィは構わない。目標点の1本のドラム缶にしがみつくと、その小さな身体を目一杯に踏ん張らせる。


「ぐ……ぬぬぬぬぬ……ぬ……ッ!!」


「!! おい、やめろ!!」


 男は気づいた、少女の目的に。慌てて止めようと銃口を向ける。だが……少し遅かった。


「え……ッえええい!!」


 エミィは顔を真っ赤にしながら、その1本のドラム缶を山から引き抜く。


 途端に雑に積み上がったドラム缶が一斉にバランスを失い、ガラガラガラガラと音を立てて崩れ出した。

 錆びたドラム缶、その雪崩。雪崩は薄暗くじめじめとした裏庭全てを埋め尽くさんと大進撃。


「おうおうなんてガキだ……まったく……ッ!!」


 男は呆れ半分、感心4割、ほんのちょっぴりの苛立ちを抱えながら、鉄屑の暴動に呑み込まれていった。




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