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第110話 小さなヒーローたち② -密襲-




「ーーはいッ。おしまい」


「あ、ありが……とう……。お嬢ちゃん……」



 ハンカチを消毒液で濡らして額と頬の切り傷を優しく拭い、絆創膏をペタリ。エミィは実に慣れた手つきで女性の手当てを終えた。


「よ……よくそんなの……持ってたわね……。絆創膏とか……」


「リュウくんがいっつもすぐ怪我するから、持ち運ぶようにしてるの」


「リュウくん……? ……お友達……?」


「うん! そうだよーー……あッ! そ、そうだった……! 今リュウくんとかくれんぼ中だったんだ……!」


「そ、そうなの……。ごめんねジャマしちゃって……」


「あ……だ、大丈夫だよ! リュウくん見つけるのへたっぴだから。まだしばらくはここには来ないよ」


 エミィは、女性の隣の地面にちょこんと座り込む。


「それでおねぇさん……ここで何してるの……? なんか……その、すごく……えっと……大変そうだけど……」


 幼子ながらに言葉を選び、慎重に聞いていくエミィ。女性も少しばかり緊張がほぐれたのか、ぽつぽつと話し始めた。


「……おねぇさんもね……かくれんぼをしてるのよ……」


「? か、かくれんぼ……? どういうこと……?」


 


 ーー女性の話はこうだった。


 3日前、雨の日の夜。女性の自宅のすぐ眼の前で1人の男性が倒れているのを、女性自身が発見した。

 男性は腹にひとつの銃創がありそこから血を流していたが、その時点ではまだ意識があった。


 女性は、看護師であった。そんな彼女がそんな状況に出くわせば当然、倒れている男性を助けようとする。実際彼女はそうした。

 彼女はほんの初歩レベルではあるが『命湧(めいわ)』の術を使えた。それを男性の患部に対して用い、出血を止めることを試みた。……成功した。仕上げにガーゼを当て、腹部に包帯を巻いてあげた。

 応急処置を終えた彼女は、男性を家に入れようと肩で担ぎ上げた。その際彼に向けてこう尋ねた。「何があったのか」、「誰にやられたのか」。男性は苦しそうにしながらも、その質問に答えようとした。



 ーーその直前に、男性の頭を突如飛来した1発の銃弾が撃ち抜いた。



 男性は眉間の大穴から血を吹き出して即死。再び地面にどさりと倒れる。


 死んだ? なんで? 撃たれた? 誰に? どこから? 誰が撃った? 女性はたちまちパニックになった。

 しかも彼女が悲鳴をあげるより先に、どこからか飛んできた2発目、3発目の弾丸が彼女目掛けて撃ち込まれたという。幸いにもそれは彼女の頬と額を掠めるのみにとどめたが、なんの予告もなく恐怖のどん底に突き落とされた彼女は脇目も振らずにその場から逃げ出した。


 当然、彼女は兵士に助けを求めようとした。だがそれはできなかった。

 なぜなら翌日の朝刊で、なんと彼女が殺人犯であると報じられていたからだ。彼女が男性を撃ち殺した張本人であるという誤情報がデカデカと載せられ、世間が完全にそれを信じ込んでいたからだ。

 

 それで彼女は誰にも助けを乞えぬままただ逃げ続け、途中兵士に見つかりながらなんとか辿り着いたのが、エミィとリュウのいるこの病院だったのだ。




「ーーな、なんで……!? なんでおねぇさんが犯人にされちゃったの……!?」


「……殺された男の人の腹部から検出された魔力が、私のものと一致したから……って、朝刊には書いてあった……」


「そんな……!! それはおねぇさんが男の人を助けるために術を使ったからでしょ……!?」


「そうなんだけどね……誰もそう思ってはくれなかったみたい……。……ていうか……」


 女性は隣に座るエミィの顔を、恐ろしげに見つめる。


「……お嬢ちゃんは……信じるの……? 私の話を……」


「? ど、どういう意味?」


「いや……ほら……私がウソをついてる、とは思わないの……? もしかしたら今のは私の作り話で、本当に私が殺したのかもしれない、とは……思わないの……?」


 それは、常識的に考えれば誰もが想定するようなこと。しかし、エミィの返答はきっぱりとしたものだった。


「思わないよ」


「! ど、どう……して……?」


「だって……おねぇさんがホントに人殺しなら、今私が生きてるハズないもん。おねぇさんを見つけたのと同時に死んじゃってるよ、私。それにおねぇさんは……おねぇさんの眼は、人殺しの眼じゃないもん。……"あんな"眼じゃないもん……」


 そう答える彼女の頭に何が、"誰が"思い出されていたのかは、想像に難くないだろう。


 女性はエミィの答えを聞くと静かに感極まり、眼元や口元をぶるぶると震わせた。誰にも頼ることができなかった彼女にとっては、こんな小さな女の子の言葉ですらあまりにも暖かかったのだ。


「……私、メリッサ。メリッサ・デノムよ。お嬢ちゃんのお名前は……?」


「あ、私はエーー」



 ざむッ。



 心にわずかながら余裕を作ってもらった女性が名乗り、エミィが返そうとしたその時。普段人っ子1人来ないはずの裏庭に、はっきりとした人の足音が鳴った。

 それも1人じゃない。4、あるいは5人ほどのものである。メリッサはたちまち青ざめて硬直し、エミィは身体を隠し直しながら顔だけを恐る恐るドラム缶の影から覗かせる。


 やはり、足音の主は全部で5人。全員男。そして全員、左胸に金色に輝くバッヂを付けていた。


「!! 軍の人だ……!!」


 エミィに小声でそう伝えられると、メリッサの身体の震えはよりひどくなっていく。


「確かなんだろうな? あの女がこの病院の敷地に逃げ込んだってのは」

 

「ああ間違いねぇ。だがあんな汚ったねぇナリじゃ病棟の中はうろつけねぇハズだ。外にしたって人目につくところは無理……。隠れるとしたら、こういう裏庭とかだ」


「よし、手分けしてここを洗うぞ!! 全部だ!! ドラム缶の中までひとつひとつ全部確認するのだ!!」


 やがて5人の兵士たちは裏庭一帯を手当たり次第に漁り始めた。朽ちたドラム缶、崩れかけた倉庫、それら全てを乱暴に破壊し、中身を次々と晒していく。その探索の手は、エミィたちが隠れる場所へとどんどん近づいて来る。


「ど……どいて……お嬢ちゃん……」


「え……!? ど、どうするのメリッサさん……!?」


「もう、逃げられないわ……ここまできたら……出頭するしかない……」


「そ、そんな……!! そんなの……あんまりだよ……!!」


「いいの……ごめんね、変なことに巻き込んじゃって……。あなたが私の話を信じてくれて、嬉しかった……ありがとう……」


 追い詰められたメリッサはエミィの制止を退け、ドラム缶の影から出てしまった。


「ーーん? !! おい、いたぞ!!」


 その姿はすぐさま1人に発見され、5人の兵士全員が彼女へわらわらと近づき始める。


「やれやれ……エラく手間かけさせてくれたじゃねぇか……!!」


「やっとこの追いかけっこも終わりかァ……。ホンット疲れたぜ、クソアマが……」


 その罵倒に、立ち尽くすメリッサはやはりうつむいて震えることしかできない。


 ……が、1人まだ隠れているエミィは、彼らのその言葉に妙な違和感を覚えた。

 兵士らしくない。そう、兵士らしくないのだ。まるでチンピラのような粗暴な言葉。単にその兵士たちの人間性が故ななのかもしれなくもないが、言葉に込められた思い、いや悪意……とにかくエミィには全くしっくりこなかった。


『……あの男の人たち……兵士……なの……!?』


「まぁ……わざわざ自分からこんな人気の無い所に来てくれたのは好都合だったな……」


 エミィが不信感を募らせる傍ら、おそらくリーダー格なのであろう1人の男がおもむろに懐から拳銃を取り出す。



 ーーそしてなんと、それを彼女に向けた。



「え…………ッ?」


 メリッサがその行動を飲み込む間もなく、男は少しの躊躇もせず引き金を引いたのである。


「!! メリッサさんッ!!」


 警戒していた分メリッサより一瞬早くその行為に気がついたエミィは自身もまたドラム缶の影から飛び出すと、その小さな身体で力一杯メリッサに体当たりをした。

 結果放たれた弾丸は誰の肉を穿つこともなく後方の壁に命中。エミィとメリッサの2人は地面に倒れ込んだ。


「!? なに!?」


「な、なんだァ!? ガキィ!?」


 男たちは少女の出現に次々と驚き声を上げる。


「い……いきなり何するのッ!! おじさんたち本当に兵士なの!?」


「くそ、このガキ……ッ!! どっから出てきやがった!!」


 混乱のあまり地にうつ伏せのまま呼吸困難に陥っているメリッサを庇うように立つエミィ。そんな彼女の抗議に全く耳は貸されず、5人のうちの1人が今度は彼女へと銃を向けた。


「待てッ!」


 しかしそれを制止したのは、リーダーの男だった。

 ダメージ加工がやり過ぎなくらいに入った、ニット帽とデニム型のセットアップを身につけた男。瞳を銀色にギラつかせる、無精髭を生やした30代後半ほどの男である。


「ぼ、ボス……!? なんでだよ……!?」


「いいから待て。……おいガキ。名前は」


「…………エ…………ア、"アンナ"…………」


「入院患者か……? ……こんなところで何をしている……」


「お……おじさんが先に答えてよ……! おじさんたち誰なの……!? 兵士……ううん……じゃないよね……!? なんで兵士でもない人が……メリッサさんを、追ってるの……ッ!?」


 肩をかすかに震えさせながら少女は問うたが、男は答えようとはしなかった。銃を握った右手をだらりと下げ、左手をデニムジャケットのポケットに突っ込み、気力の欠けた眼で彼女を見下ろし続けるのみである。


「ちッ……やたらと教養深いガキだ! めんどくせぇな……! 殺すのが2人になっちまったぜ!」


 沈黙を崩したのは、先ほど制止を受けた男。


「おい、やめろ」


「ああ!? 何言ってんだ!! こんなとこ見られちまったんだぞ!! 始末しねぇでどうすんだ!!」


 男はリーダーの言葉を無視し、今度こそとばかりに再びエミィに対して銃を構え直した。


「馬鹿野郎ッ!! やめろと言ってーー」


 より強く止めるリーダー。しかし間に合わない。撃鉄が起こされ、凶弾がエミィに襲いかかる。


 エミィには叫ぶ暇も無かった。覚悟を決める間も。ただ銃声に対する反射が働いたのか、両眼を固く瞑った。



「ずぇえええええいッ!!」


 

 そこにどこからか割り込んできた声。そして、ひとつの人影。

 男たちの頭上を飛び越えてエミィの前にズダンッと着地したその人影は、思い切り振りかぶった拳骨の一撃によって銃弾をエミィに届く前に叩き落とした。


 影の主はーー



 

「おまえらァッ!! おれのオンナになにすんだ!!」




 モコモコの頭髪を燃やしそうなほどに怒り心頭に発した、リュウ・ウリムであった。




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