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第102話 男たち




 パンッ。



 破裂音と共に、空に小さな閃光が上がる。住民避難の完了を知らせる信号弾の花火である。


「よし……ッ!!」


 それを察知したフラムは勝利を確信した笑みを浮かべる。


 これまで術を使わずにグーリベリルと鍔迫(つばぜ)り合っていた彼は1度その巨大蜘蛛から距離を取る。そしてーー


「はぁああッ!!」


 全身より、真紅の魔力を解放した。

 その様はまるで、高火力のバーナーの火。それに触れた周囲の木の一部が黒々とした炭になってしまうほどの、大きく濃い魔力だった。


「調子に乗るのもこれまでだ、化け物め……!! 僕の部下の命を(すす)った報いを受けてもらうぞ!!」


 フラムはゆらりと動かした両手の平を真っ直ぐに標的へと合わせ、そこにボーリング玉ほどの大きさの魔力の塊を出現させる。

 ごうごうと音を立てるそれからは空気そのものが干からびる勢いの熱が発せられており、対峙するグーリベリルの体表の一部までもが乾燥してヒビ割れてしまう。


 フラムは両脚を踏み込み、その極大エネルギーを秘める一撃を今放つ。




 "花熄(かしき)"……『火嵌放(ひがんばな)』ーー




 しかしその時。


 突如ひとつの青白い光弾が、どこかからかフラムに向かって飛来した。

 

「!! なにッ!? ぐわぁッ!!」


 光弾は、放射体勢が完全に整っていた彼の両手のひらの魔力塊(まりょくかい)に命中。エネルギー同士が衝突、相殺し、フラムが溜めた魔力は光の粒子となって散り消えてしまった。


「ぐ……ッ!! だ……誰だッ!?」


 相殺時に発生した衝撃で手を痺れさせながら、フラムは光弾が飛んできた方向を睨みつける。



 ーーそこにいたのは、左手を青白い魔力で染める、雄弥だった。



「ゆ……ユウヤ・ナモセ!? 今のは……あなたが!? いったい何のつもりだ!!」


「……ごめん。ホントにごめん、フラムさん……」


 雄弥はフラムに向けていた左手を下ろしつつ、ばつが悪そうなうつむき気味の状態で彼のもとに歩み寄る。


「あんたのやり方が正しいのは分かってる。俺が今やっていることが、ただただ身勝手でひたすらに独善的な行為であることも……。……でも……でもやっぱり俺は、あいつの家が失くなるのはイヤなんだ……!」


「……な、なぜそこまでするんだ……!? この僕の術を真正面から打ち消すほどの魔力を有すると分かった今、あなたはこれからずっと軍の監視下に置かれることになるぞ!! いや下手をすれば、一生軟禁生活になるかもしれない……!! こんなことをしなければまだ誤魔化しようもあったろうに、なのになぜ……なぜあんな古びた小屋のためにそこまで……!?」


 ……そう聞かれた雄弥は少しの沈黙を置いたのち、唇の端をわずかに噛みながら首を上げた。



「ーー俺にとって大事だからだ。小屋が、じゃねぇ……小屋を守ることがだ……ッ!!」



 自身より若干背丈が上回るフラムを見上げ、彼の黒眼と自身の隻眼を真っ直ぐに合わせる雄弥。

 フラムはそのひとつ眼をしばらくじっと見つめていたが、やがて諦めたように、ふぅ、と息をつき……



「……理解したよ。……男だな……あなた……」



 それ以上は何も言わなかった。

 彼が雄弥に向ける視線に怒りも敵意も無い。どこか慈しむような、敬服するような……そんな(たぐい)のものが込められていた。


「ジジ……ジジジジジジジィッ!!」


 一方、蚊帳の外に放置されていた、魔狂獣(ゲブ・ベスディア)グーリベリル。

 1体だけになってしまったと思っていた獲物が2人になったことに興奮したのか、頭部をぐわんぐわんと揺らして鳴きながら、雄弥とフラムに向けて8本脚をフル稼働した突進を始めた。


「おっと……! さてあなたの処遇は後で決めるとして、今はとにかくあの化け物を始末するのが先だ。それにあたって何か案があるならお聞かせ願いたいが、どうだ? ユウヤ・ナモセ」


「とにかくここじゃ戦えねぇ! 海岸だ……! 森を抜けた海岸に、ヤツごと移動する! あとは煮るなり焼くなり好き放題だ……!」


「なに……? そんなことどうやって? 海岸までは少し距離があるぞ」


「単純一択……!! "押し出す"んだよッ!!」


 瞬間、ドウッ、と音を立てて、雄弥の身体は青白い魔力に包まれる。その大きさ、濃さ、大気の震え……先程のフラムの魔力と同等。……いや、それ以上の迫力だった。



『こ、この魔力……!! 僕に並ぶどころではない!! もしかしたら、五芒卿(ごぼうきょう)の誰よりも……!!』



「うぉおおおおおおおッ!!」


 戦慄する〈煉卿(れんきょう)〉をお構いなしに、魔力を纏った雄弥は両足裏より『波動(はどう)』を放出。自らも、猛スピードで走り突っ込んでくるグーリベリルへと突撃を返した。

 1人の青年と魔狂獣(ゲブ・ベスディア)はまもなく激突。発生する、大型トラック同士のそれを思わせる轟音と衝撃波。


 押し勝っていたのは……雄弥の方だった。


「ぬ……ッぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……ッ!!」


 顔中の毛細血管を破裂寸前まで膨れさせる雄弥。

 彼の推進出力は、強化形態のアイオーラとも競り合えた。グーリベリルが8本もの脚を全力で踏ん張らせようが止められるものではなく、巨大な蜘蛛型生物は海の方向へと木々の中をどんどん運ばれて行く。


「ぐ……ご……ッぁあああああァァァーーーッ!!」


 そしてついに、森を突破。雄弥は巨大蜘蛛を、ギラつく陽に晒される海沿いの砂浜へと無理矢理に臨場させることに成功した。

 彼は『波動(はどう)』の推進を解除。しかし当然勢いが止まるワケはなく、爆発した慣性にされるがままにされた雄弥とグーリベリルは白砂の上を跳ね転がり、そろって思いっきり海へ飛び込んだ。


「ジィジーーーッ!!」


 さすが、魔狂獣(ゲブ・ベスディア)はタフである。グーリベリルはひっくり返っていた巨体をすぐさまがばりと起こすと、明確な怒気を孕んだ叫びと共に、腹部にある無数の気門の全てから糸を放出。

 ターゲットは、もちろん雄弥だ。


『ちッ……!! あんな奥の手持ってたのか……!! よ、避けねぇと……!!』


 浅瀬でズブ濡れになりながら打ち身の痛みに苦しむ彼にはどうやっても(かわ)しようのない、白糸の嵐。

 

 だが今の彼は1人で戦っているワケじゃない。



「"花熄(かしき)"ーー『百火紅(さるすべり)』!!」



 雄弥の背後より大量の小さな火の玉が流星群のように降り注ぎ、一瞬にして100を優に超える糸の全てをチリも残さず焼き払った。

 その発生源は、ようやく追い付いて森を抜けて来たフラム・リフィリアである。



『す……すげぇ術だ……!! これが"五芒卿(ごぼうきょう)"……!! 公帝軍の……人間の最強兵士か……!!』



「あ……ありがとよ……ッ!!」


「まだだ!! 礼は後にしろッ!!」


「え……ーー!! うぉおッ!?」


 目の当たりにした術の力に驚愕しながらも振り返って彼に恩を述べる雄弥だが、そこに牙を剥き出したグーリベリルが接近、襲いかかる。


「寄るんじゃ……ねぇェェッ!!」


 間一髪フラムの声かけでそれを察知した彼は、右足裏から放った『波動(はどう)』の光弾で巨大蜘蛛を吹き飛ばす。


「ジィィィィィィッ!!」


 頭部の半分を失い、また横転するグーリベリル。


 海に走り込み、赤熱の灼火(しゃっか)(まと)わせた右拳を構えるフラム。


 立ち上がり、握った左拳に魔力を宿す雄弥。



 2人の男は蜘蛛(くも)魔狂獣(ゲブ・ベスディア)へと飛びかかると、その拳骨を同時に振り下ろした。




「"花熄(かしき)"『寿々爛(すずらん)』ッ!!」


「"砥嶺掌(とれいしょう)"ーッ!!」




「ジビィギィイイイイイイイィィィーー」


 魔力と殴打の相乗。それを2ついっぺんに叩き込まれたグーリベリルは、断末魔も終わらぬうちに粉々に消滅。

 この世で十指に数えられる魔力量の持ち主たちによるその術は怪物を仕留めるだけでは飽き足らず、浅瀬の海水を蒸発させ、剥き出しになった地面に直径30メートルは下らない大穴を形成した。






「ほらよ……」


 砂浜の上で向かい合って立つ雄弥とフラム。

 雄弥は、"砥嶺掌(とれいしょう)"の反動でズタズタになった左手を〈煉卿(れんきょう)〉に差し出す。


「逃げも隠れも言い訳もしねぇ。あんたらの読み通り……エドメラルを倒したのもこの俺だ。さっさとどこへなりと連れてってくれ」


 フラムは、受け入れ難い……釈然としない表情をしながらも、彼の手を取る。


「……すまない。僕だって、あなたのような人に手錠などかけたくない。でも許してくれ……これがこちらの仕事なんだ」


「分かってるよ。別にあんたが悪いワケじゃねーじゃんかよ。……ただひとつだけ頼む。イユと診療所のじっちゃんには何もしないでくれ。あの2人は……何も知らずに俺を助けてくれただけなんだ」


「ああ、約束する。彼女らの生活をおびやかす真似は一切しない。四大貴族リフィリア家が婿(むこ)、フラム・リフィリアの名に賭けて誓おう」


 ……会話はそこまで。1人の五芒卿(ごぼうきょう)兵士により、雄弥の左手首に罪人の証がかけられる。



 ーーその、直前。



「がッ!?」



 フラムが突然苦悶の呻きと共に、彼の眼の前でドサリと地面に倒れた。


「!? お、おい……!? どうした!?」


 無論雄弥は何もしていない。

 うつ伏せで気絶する〈煉卿(れんきょう)〉の後頭部には、たった今何かに殴られたような痕があった。


 するとフラムの背後より、1人の背の高い男がゆらりと姿を現す。




「よォ〜。まァた随分とひでぇナリになったじゃねぇか」




 ーー忘れられない。忘れられるハズがない。


 姿。声。何もかも。薄ら笑いが不気味な男。



「……ゲネザー……テペト……ッ!!」



 雄弥は震えながら、眼の前の天敵の名を(つぶや)いた。




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