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第97話 巡り会った2人




 イユ〜……ちょっとおいで。


 ? なぁにママ。


 はい……あなたにあげる。もしこれからお金に困ることがあったら……これを質に入れなさい。


 ! これ……ママがいつもしてるチノヒ石のイヤリング……?


 そうよ……。これはね、あなたのパパが私に、2人でひとつずつ耳につけようって言って、くれたの。チノヒ石の石言葉は、"巡り会い"……。ママとイユが、いつかパパに再会できるようにって……そういう願いが込められてるの……。


 え、でも……そんな大事なモノ……。


 いいのよ。受け取って、ね。……ママは……もうパパには、会えそうもないから……。


 !! な、何言ってるのママ!! 大丈夫だよ!! 診療所のおじぃちゃんのお薬はよく効くんだから!! 小さい頃私が熱出しても、飲んだらすぐ治ったもん!! だ、だから……だからママの病気も、絶対良くなるから!! そんなこと言わないでッ!!



 ……ごめんね。あなたには……辛い思い、ばっかりさせて……。ごめんねイユ……ごめんね……。







「いやあッ!! やだよ、ママッ!!」


 

 ……ベッドの上で飛び起きた白肌の少女の眼元は、真っ赤に泣き腫れていた。


「…………あ…………」


 ちゅんちゅん、という和やかな小鳥の声で眼を覚ました少女ーーイユは、3つのことに気づく。


 今が朝であること。

 さっきまで見ていたのは、夢であったこと。


 そして……自身の右耳が、とても軽いこと。


「…………マ、マ…………」


 イユはうつむきながら、その耳を震える手で撫でる。


 母の記憶。母の思い出。母との繋がり。そんな右耳のイヤリングの存在を彼女が感じないのは、母が亡くなってから初めてだった。

 大き過ぎる喪失感。わずか16歳の少女にそれを受け止めろというのは、あまりにも(むご)い話である。


 しかし。朝は来てしまった。彼女は今日を生きなければならない。

 イユは悲しみに力を吸い取られた脚でベッドから降り、ぐしゃぐしゃにした顔を上げた。


 ーー瞬間。彼女は驚愕で瞬きを忘れた。



「……!? ーーえ……!? えッ!?」



 涙で霞ませた彼女の視界に入ったのは、ベッドの側に置いてあった机。"その上"にあったモノ。



 それはつい先程彼女が幻を掴んだ、母の形見のイヤリングであった。昨日街で奪われたはずの、チノヒ石のイヤリングであった。



「ど……どう、して……ッ!?」


 少女は慌ててそれを手に取る。 


 ……すると奇妙なことに気づく。

 それは間違いなく彼女のモノである。だが、その宝石の表面に赤黒い何かの塊がかすかに付着していたのだ。


「……これは……血……!?」


 そして彼女が気づいたのはもうひとつ。その机の下の床にあった、大きな血痕。こちらも乾ききっており、かなり時間が経っていることがうかがえる。

 しかもそれはひとつだけではない。家の入り口から机までの床に、誰かが往復したように並んで垂れ落ちていたのだ。


 ーーざわざわと、胸騒ぎ。


 イユは慌てて外へ。

 やはりだ。血痕は外の地面にも続いていた。街からこの家へ向かってきたのであろう血痕と、この家から再び森の奥へと出て行ったのであろう血痕の2つのルート。イユは後者を辿って走り出す。


 けほけほと咳き込みながらも全力で走る。長い。血滴は数十メートルにわたって垂れ落ちている。

 やがて彼女がたどり着いたのは、周りよりもひと回り巨大な1本の木。



 ーーそこに、彼はいた。大木の根元に寄りかかって座り込み、ピクリとも動かない彼がいた。

 顔面を人相の判別が不可能なほどに腫れ上がらせ、手や脚を関節じゃない部分で不自然に曲げ、肌色など一寸も見当たらないほどに全身を乾いた血液で黒々と覆った、ユウヤ・ナモセがいたのだ。



「う……ウソ、ウソ……!! なんで……ッ!? なんであなたがこんな……ッ!!」


 イユは、血溜まりの上に座ってだらりと頭を下げている雄弥のもとに駆け寄り、その首筋に触れる。

 ……脈はある。だが弱々しい。まさに事切れる寸前、風前の灯。


 白肌の少女は血まみれの彼の身体を背負うと、その重さに汗だくになりながら必死の足で街へと向かった。




* * *




「……いやぁ、ホントに危ないところだったよ。治療があと10分遅れていたら、取り返しがつかなくなるところだったなぁ」


 街の診療所の病室にて。


 10時間以上前にイユが担ぎ込んできた瀕死の青年の治療をようやく終えた老医師は、血飛沫の跡をつけまくった手術着を脱ぎ、額の汗を拭ってひとつ息をつく。

 それと同時に椅子に座っていたイユは立ち上がると、彼に向けて深々と頭を下げた。


「ごめんねおじぃちゃん……朝早くからこんな夕方まで……。治療費は、あとで必ず払うから……」


「そりゃあ〜違うぞイユちゃん。ワシが治したのはきみじゃない、このボウヤだ。よって治療費はボウヤに請求する。それが"正当な理論"だ。……ボウヤもいいね?」


 無精髭を生やした老男性はそう言うと、ベッドの上に貫禄溢れる視線を向ける。


「……あ……ああ……もちろんっす……。感謝するぜ……じいさん……」


 視線の矛先にいるのは、身体中のあちこちをギプスで固められて寝ながら億劫(おっくう)そうに返事をする雄弥だ。


「それじゃ、何かあったら大声で呼びなさい」


「あの……ムリっす……。でけぇ声は……」


「ん、あそうか。ならまぁ……そこにある花瓶でも床に落としてくれ。ちゃんと割れるようにだぞ? ガッシャーンってね」


 それだけ言って老医師は、肩をコキコキと鳴らしながら病室を去った。


 

「…………変わったじっちゃんだな…………」


「…………ええ。でも…………とてもいい人よ」


「分かってらぁ……こんなどう見てもワケ有りの俺を……なんも聞かずに治療してくれてよ……」


 窓から夕焼けが差し込む四畳半の病室で、青年と少女は細々と言葉を交わす。

 ……やがて椅子に座るイユが、右手に持った母の形見のイヤリングをぎゅっと握り締めた。


「……なんで……こんなコトしたのよ……」


「あ……?」


「理解できないわ……あの集団に、たった1人で挑むなんて……。それも魔術も使わずに……。あなた何考えてるのよ……。なんで……なんでそこまでして……」


「……別に……あのクソ野郎共に一泡吹かせてやりたかっただけだ……。まぁ……思った以上にあいつらやり手でよ〜……腕と脚が万全ならラクショーだったが……その耳飾りを奪い返すのが精一杯だったぜ……」


「楽勝……? ……ひどいウソね……」


「うるへ〜な……」


「……いいえ。ウソだと言うなら……全部ね。ごめん……なさい。私なんかのためにーー」




(あやま)ん……じゃねぇェェッ!!」



 イユの言葉は、雄弥の怒鳴り声で遮られた。


「バカかてめぇ!! 何がごめんなさいだ!! 何が"私なんか"だ!! 謝るってのは、自分が悪いってのを認めるってことだぞ!? てめぇは街のヤツらに何か悪いことをしたのか!? あのクソったれのハゲ野郎共に踏にじられても仕方がねぇようなことを、てめぇは何かしでかしたのか!? 自分"なんか"なんて言い方をしなきゃいけない……てめぇはそういう"人間"なのかよッ!?」


 ついさっきまで死にかけていた青年とは思えない迫力。イユは肩をびくりと震わせるが、少し間を置いたのち喉を引き絞るようにして答えた。



「……して……ない……。ち、違う……ッ。わた、しは……そんなんじゃ……ッ」



「そうだろ!? もしそうなら……てめぇは俺なんかを助けたりしない!! ついでにこの怪我は、俺が自分の意志に従った結果だ!! お前が謝る要素がどこにある!? ゔ……ごほごほ……ッ。……ね……無ぇだろうが……ッ!!」


 ダメージの全く抜けていない肺の痛みに、脂汗を浮かべながら咳き込む雄弥。


「お前のためじゃねぇ……俺は……気に入らねぇモンを気にいらねぇままにしておくのが、1番嫌いなんだよ……ッ!」


 ぜぇぜぇと息を切らす彼の言葉を聞いたイユは、今朝見たばかりの夢……母の記憶を思い出す。

 


 ーーチノヒ石の石言葉は、"(めぐ)()い"……。



 これまでこの診療所の老医師以外で、彼女にそんなことを言ってくれる者などいなかった。

 ……いや、同情の言葉だけなら無数にもらった。可哀想に、可哀想に、可哀想にと。混血に生まれた自分を哀れむ嫌味ったらしい声なら、いくらでもかけられた。


 だが彼は……ユウヤ・ナモセは、自分のために怒ってくれた。自分のために、戦ってくれた。


「……この、イヤリングは、ね……」


 イユの中に確信が生まれる。母の遺言は(まこと)であったと。チノヒ石は確かに……自分に"巡り会い"を与えてくれたと。


「マ……お母さんが、病気で亡くなる前にくれた……大切なモノなの……。ひとつだけ……私にとってひとつだけの……かけがえのない宝物なの……」


 少女はその純白の頬に、一筋の涙をつたらす。




「…………あり…………が、とう…………。ーーユウヤ…………」




「……おーよ」


 涙ながらの柔らかな微笑みを向けられた雄弥は、照れくさそうにそっぽを向く。



「……なんだ、大っきい声出せるじゃないか」


 その様子を病室の扉の隙間から覗いていた老医師もまた、安心したように口角を緩めるのだった。




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