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第96話 反抗は、"義務"である




 ジャン・ジャックジャーノ。そう、俺様さ。



 マヨシー地区随一の"暴行賊(ぼうこうぞく)"……『カルボ・バスーラ』のリーダー。そう、俺様さ。


 身長189センチ、体重94キロ。レア物のサングラス、ひとつの剃り残しも無いスキンヘッドに、分厚い胸板、大木みてぇな腕。脚なんてもうドラム缶。ザコ共はそのナリを見た途端、震えで動けなくなっちまう。そう、俺様さ。


 もちろん見た目だけじゃねぇ。握力90キロ、重量上げ178キロ。魔術は性に合わねぇが、生まれてからケンカは負け知らず。どんどんどんどん強くなり、今や軍のヤツらでさえ迂闊に手が出せない。そう、俺様さ。


 だが力にモノを言わせてやりたい放題するなんざ、"人間"のすることじゃねぇ。俺様は強い。だからこそ、誰よりも思いやりの心を持たなきゃならねぇ。今日も薄汚ねぇ混血のガキを、広い心で見逃してやった。鞭だけじゃダメだ、きちんと飴をやるのさ。誰にでも分け隔てなく。それが、人としての思いやり。俺様はそれができる。そうさ。それが俺様さ。ジャン・ジャックジャーノ様さ。



 今宵(こよい)はメンバー30人で集まって、街の酒場でオールナイト。もちろん代金は子分たちに払わせる。総額を子分の人数で割って、全員に同じ金額を出させるんだ。こうしてあいつらは、"平等"ってのがどういうことかを学んでいく。子分たちへの教育は大切だ。

 

 おっと。身内だけで楽しんでちゃダメダメ。ちゃあんと店の主人のジジイにも感謝の気持ちを示さなきゃな。お客様は神様だ、なんて言うクズとは俺は違うぜ。


「ほぉらジジイ〜!! おめぇも飲めよォ〜!! 俺たちの奢りだぜェェ〜ッ!!」


「え!? い、いえ私は……うぼぉおッ!?」


 遠慮なんて良くねぇぞジジイ。そら口を開けろ。よしそうだ、これでボトルが突っ込めるぜ。


「はっはァーッ!! おらおら、一気だ一気ィィ!!」


「おぼ……ぐぉぼご……お……ッげぇえええッ!!」


 ! このジジイ……俺のズボンにゲロを!


「あ、兄貴!! おろしたばっかりのズボンが汚れてやすぜ!!」


「このジジイッ!! 兄貴にゲロをかけたな!? ヒトにゲロをかけるってのは侮辱的な行為だぜ!!」


「兄貴ッ!! シメてやろう!! 脚を汚されたんだから、両脚をブチ折ってやろうッ!!」


 あァ〜全く、なんて気の短ぇ子分たちだ。相手は年寄りなんだぜェ〜? もっと労わってやれよォ……。


「待て待ててめぇらァ〜。そぉんなカッカすることじゃねぇだろォ? このジジイだってワザとやったわけじゃねぇんだしよォ〜。な、ジジイ。そうだよなァ?」


「ゔぉえ……げほげほ……ッ。ぞ、ぞうでず……ッ」


「ほらなァ? それに今のは、無理に飲ませちまった俺も悪い。お互い様ってことさ。だからァ〜……1発だけで許してやるよォォォッ!!」


「がぁああああああッ!!」



 ……ジャン・ジャックジャーノは、床にひざまずいて嘔吐を繰り返す店の老主人の顔を、その太い脚で蹴り飛ばした。

 老人は窓を突き破って店の外まで吹っ飛ばされ、顔を血と吐瀉物(としゃぶつ)だらけにしながら街道に転がった。


「ほぇーッ!! さすが、ジャンの兄貴は優しいぜェ!!」


「当たり前だァ〜!! いいかァ!? "優しさ"っつーのは人間が人間たるに1番大事なモンだ!! てめぇらも忘れんじゃねぇぞォォォッ!?」


「おォーーーッ!!」


 こうして白熱灯で照らされる店内は、荒くれ者共の支配する無法地帯と化していた


「ん!? このビンもう空かよ!! おぉい酒が足りねぇぞォ!? そりゃあつまり客への気遣いが足りねぇってことだッ!! 1杯目が無くなりそうになる前に、2杯目を持ってくるッ!! それが本当のサービス業ってモンだろォォッ!?」


「申し訳ありません……すぐお待ちいたしやす」


 テーブルに脚を乗せて席に座るジャックジャーノの怒鳴り声に、彼の背後にいた男性店員が反応する。

 男性店員は酒のボトルを1本持ち、彼のもとへやって来た。


「お待たせいたしました」


「おっせぇんだよォォ!! 俺以外のヤツだったら殴られても文句言えねぇぞてめーー」



 それは、ジャックジャーノの台詞が終わる直前だった。


 なんとその男性店員が、自身が持ってきた酒のガラスボトルを、ジャックジャーノの顔面に叩きつけたのである。



「ゔぅッぎゃああああああああァァァーーーッ!!」


 がしゃああん、という思わず肩を(すぼ)めたくなる音と、ジャックジャーノの悲鳴が店内を埋め尽くす。両の眼玉にサングラスとガラスビンの細かい破片を無数に埋め込まれた大男ははたちまち悶絶し、顔を押さえながら店の床を転げ回った。


「あ、兄貴ィィッ!!」


「この野郎、何しやがんだァァァ!!」


 子分たちは驚きながらも次々と立ち上がり、店内にいる全員の視線が男性店員1人に集まる。



「ああ……てめぇは優しいな。だが俺はてめぇみてぇなカスをブン殴るのに躊躇(ためら)ったりなんかしねぇぞ……」


 店員ではない。ビンを振るった者の正体は、額を乾ききった血液で赤黒く染めた雄弥であった。



「お、お前は……昼間の片眼小僧ッ!? なぜてめぇがここに!!」


「……その昼間に、てめぇらも俺に言ったろ? "教育"だよ……。俺はてめぇらに、ひとつ"教育"をしてやりに来たんだ……」


「はァッ!? 馬鹿か!! 随分余裕じゃねぇかオイ!! この街で兄貴に手ェだしてただで済むと思ってんのかァ!? まさかこの人数相手に闘ろうってんじゃねぇだろうなァ!? またそのアタマブチ割ってやってもいいんだぜェェ!?」


「スキにしろ……どうせ中身はカラッポだ……。だからこうして、ゲンコツでお喋りしに来てんだよ……!」


 瞳を燃え盛らせる雄弥は手に持っていたビンの残骸を捨てると、パーカーとTシャツを脱ぎ捨てた。



「ーーてめぇらクソ野郎共に教えてやるよ……!! 『与えられた屈辱は、倍にして返さなきゃならない』。そういう……"ヒト"のルールを……!!」




 ……俺は力を得た。それと同時に、責任も得た。いつだってそれは果たさなきゃならねぇ。


 たとえ……()()()()()()()()()()()()……。




「全員表ェ出ろッ!! この俺が、まとめて痛ぇ目に遭わせてやるッ!!」


「ぐぬがぁァァァッ!! 殺せ……殺せェェッ!! てめぇらそのゴミガキをブッ殺せェェェッ!!」




 ジャン・ジャックジャーノの怒声に突き動かされ、彼の子分であるスキンヘッド集団が一斉に、啖呵(たんか)を切りきった隻眼の青年に向かって襲いかかる。


 1人対、30人。

 その夜……月明かりに照らされる石畳の街道は、血みどろの乱闘劇の舞台となった。






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 ちなみにどーでもいいハナシですが、『カルボ』はスペイン語で"ハゲ"、『バスーラ』は同じくスペイン語で"ゴミ"という意味です。



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