第52話 清酒
お久しぶりです
連載を再開していきたいと思います
ブルーフォレスト領に来て、初めての冬を迎えた。
春先から秋にかけては米作りを行った。おかげで沢山のお米が収穫できた。
では、冬には何をしようか。
――答えは『加工』だ。
沢山収穫したお米は種籾用と食用以外にも、加工用を分類してある。
お米は色んな形に加工できる。醤油や味噌、酢といった調味料。
そしてお酒。清酒……いわゆる日本酒だ。
エラルド王国には日本という国家は存在しないので、清酒と統一して呼ぼうと思う。
清酒はお米と麹、水を原材料とするお酒。
薫り高くフルーティーな味わいの清酒は、エラルド王国でも十分受け入れられるだろう。
……というわけで、私はマシューさんに調味料製造だけでなく、清酒造りもお願いしていた。
ブラウン男爵領の一角は今や加工所が建ち並んでいる。
醤油製造所に味噌蔵、そして清酒の醸造所。
ブルーフォレスト家から馬車でブラウン領までやって来た私は、マシューさんの案内で加工所を視察して回る。
一通りの加工所を回り、最後に醸造所へと案内される。
「清酒は醤油や味噌と比べると製造期間が短くていいですね……完成してますよ。飲みますか?」
マシューさんはグラスに注いだ清酒を私に差し出す。
透明で透き通った清酒は、一見水と見分けがつかない。
ブルーフォレスト領の水はとても綺麗だ。
その水で造った清酒はさぞかし美味しいのだろうけど……私は手で制して遠慮を示す。
「ごめんなさい。私、お酒は苦手なので」
「ああ……そうでしたね。ワインを一口飲むだけで酔う体質でしたね」
「ええ」
「甘酒は飲めるのに……」
「あれはアルコールがほとんど入っていませんもの。子供でも飲めます」
「……つまりエルシー様は子供と同レベル、と……」
「ち・が・い・ま・す! 失礼なことを言わないでくれますか?」
「申し訳ありません……アルコールが入ると、つい口が軽くなるもので……」
そう言いながらマシューさんはグラスに口をつける。
アルコールが入るとって……たった今、飲んだばかりじゃないの。
まあいいか。それよりもお酒の味の方が気になる。
私自身は飲めない体質だけど、その代わりに他の人たちに味見を頼んでいる。
「それで、味はどうですか?」
「んん……悪くないですよ。ていうか、かなり良いです……芳醇で、ほのかに甘くて……飲み味としては白ワインに近いものがありますが、ワインとはまた違うまろやかさがある……これ、普通に人気になるでしょうね。ハーブ料理や魚料理に合いそうだ……」
「それは良かったです!」
清酒には「薫酒」「爽酒」「醇酒」「熟酒」など、いくつかの種類がある。
その中でも私が初年度の醸造に選んだのは、薫酒だ。
薫酒は日本においては吟醸系、大吟醸系に分類されるお酒だった。
香り高くて味は淡麗。フルーティーな甘い香りと比較的軽めの味わいが海外でも人気の日本酒だった。
エラルド王国の文化は前世でたとえるならヨーロッパに近い。
それなら前世の歴史に照らし合わせ、まずは薫酒で清酒に親しんでもらうのが良いだろうと考えた。
「それにしても……お酒が苦手な体質なのに酒造りをしようだなんて、エルシー様はよく分かりませんね……」
「不思議じゃありませんよ。だってお酒は調味料にも使えるんですもの」
「そうなんですか……?」
「……ああ、塩をふったフォレストサーモンとキノコを清酒で蒸し焼きにして、仕上げに醤油をかけて白米のおかずにするの……想像しただけでたまらない……!」
その時にはお味噌汁も付け合わせに欲しい。
付け合わせには出巻卵や揚げ出し豆腐なんかがいいかもしれない。
ああ、夢にまで見た和食……! 本格的な和食に手が届く日が着実に近付いている……!
「おーい、エルシー様? おーい……」
「……はっ!?」
いけない。和食に思いを馳せすぎてトリップしてしまっていた。
マシューさんは怪訝な顔でこちらを見ている。
「大丈夫ですか? ……もしかして酒造の空気にあてられて酔っ払いました?」
「そ、そんなことありませんよ。平気です。ほら、アルコールを吸い込まないようにマスクだってしているじゃないですか」
酒造の内部には気化したアルコールが漂っている。
だから私は空気中のアルコールを吸い過ぎないように、手作りの布マスクを装着していた。
さすがに気化されたアルコールで酔うことはないと思うけど、念の為にね。
「……それ、効果あるんですか?」
「まあ、半分は気休めのようなものですが。それに酒造で働く人たちだってマスクをつけているじゃないですか」
「あれは飛沫が酒に入らないようにって、エルシー様がつけさせたんじゃないですか……味噌蔵でも醤油製造所でもつけさせてますよ」
「衛生観念もバッチリですね! 素晴らしいです!」
「はあ……ま、品質を高める為なら何でも従いますけどね。僕の可愛いコウジカビたちを最ッ高~の姿で送り出したいですから……!」
マシューさんは不気味な笑みを浮かべる。
だけど不気味だと感じる私もまた、きっと同じような笑みを浮かべているんだろう。
だってラウル様は言っていた。菌類を語るマシューさんと、米について語る私はよく似ていると。
……本当、気を付けないと。マシューさんを見ているとそう思う。
「そうだ。これ……ラウル様に、お土産に持って帰ってください……」
マシューはそう言うと、瓶に詰められた清酒を差し出した。
私は満面の笑顔で受け取った。
「ありがとうございます! 早速今夜ご賞味していただきますね!」
ちなみにラウル様はブルーフォレスト家でお留守番している。
今のラウル様は、まだ車椅子生活を送っている。
さすがに車椅子で馬車を乗り降りするのは大変だし、雪が積もった道を歩くのはもっと大変だ。
だから視察は自ら行わず、代わりに私や執事のエリオットさんが各地を飛び回っている。
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本として形になったのも読者の皆様のおかげです
今後もぼちぼち更新していきますので、お付き合いいただけると幸いです~




