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第49話 米麹を作ろう

「ではこれより、米麹作りを始めます。米麹の材料はお米と種麹。必要な器具はボウル、蒸し器、トレー、蒸し布、しゃもじ、ざる、それから消毒用の酒精も用意しました」



 厨房には私とラウル様、マシューの三人が揃っている。



「まずはボウルにお米を入れて、一時間ほど浸しておく必要があります」


「それじゃあ一時間待たないといけないんですか?」


「いいえ。今日はマシューさんが訪問するとのことでしたので、あらかじめ仕込んでおきました。一時間水に浸けたお米は水切りして三十分ほど待ちますが、こちらも準備できています」


「さすがエルシーだ。抜かりはないな」



 あらかじめ用意しておいたお米を保管庫から取り出して調理台の上に置く。


 次は蒸す工程に入る。蒸し器に蒸し布をセットして、その上にお米を持っていく。


 ブルーフォレスト家で使われている蒸し器は二段タイプだ。下の鍋でお湯を沸かすことで蒸気が上がり、全体に熱と蒸気がまわることで食材が蒸らされていく。



「ここから三十分蒸しますが、そのまま蒸すとムラが出来てしまうので十分置きにかき混ぜます」



 下の鍋でお湯が沸騰した蒸し器に蒸し器をセットして、時間を確認しながら交代でお米を混ぜる。


 中央のお米ほど生の状態に近いので、外側のお米を意識的に中央にくるように混ぜ合わせる。それを三回繰り返す。



「次に、しっかり蒸らされているか確認します。お米を指にとって軽く潰してみましょう」


「通常の米とは炊き上がりの感触が少し違うようだな。感触は普段の米よりパラパラしているが、中までしっかり火が通っている」



 さすがラウル様は違いに気付いたようだ。指で潰した時に、芯が残らずお餅のようになるといい具合に蒸らされている証拠だ。



「この状態を『ひねりもち』と言います。次に完成したひねりもちをボウルに入れて、人肌になるまで冷まします。この時にお米の温度が高いとせっかくの種麹が死んでしまう恐れがあります」


「それは困ります。せっかく苦労して手に入れたコウジカビを、僕が手塩にかけて育てた可愛い種麹を無駄死にさせる訳には参りません」


「はい。ですので、しっかり冷ましましょうね」



 かき混ぜることでより早く冷めるので、私たちはまた交代でかき混ぜながら冷めるのを待つ。


 ちょうどいい温度は四十度前後。食品用の温度計で四十度まで下がったのを確認し、次なる工程に入る。



「次はいよいよ種麹の出番です。種麹の量はお米四合につき五グラム程度ですが、多い分には問題ありません。今回は少し多めに、全体にまんべんなく降りかかるように丁寧に撒いていきましょう」



 清潔な手で種麹を丁寧にお米の上に撒いていく。半分ほど撒いたところで一旦お米を混ぜる。


 この際にはしゃもじは使わず素手で、全体にまんべんなく種麹が行き渡るようにしっかり混ぜる。そして残った種麹も撒いて、また混ぜ合わせる。



「混ぜ終わったお米はまた蒸し布に戻し、密閉容器に入れて保管します。保管に適した温度はやや高めの三十度以上。火から外した蒸し器がちょうどいい温度の保温器になっているので、これを利用しましょう。温度に気を付けながら、この状態で十時間ほど置いて発酵させます」


「十時間か。では次の作業は明日になるな」


「はい。明日の朝から麹作りの続きに取り掛かりましょう。それまではゆっくり休んでいてください」


「そうか、ではそうさせてもらおう。マシューはどうする?」


「僕も一緒に休ませてもらいます」



 マシューさんは相変わらずの無表情でそう言った。よく見ると心なしか疲れが滲んでいるような気もする。ずっとコウジカビ探しに奔走していたのだろう。本当にお疲れ様だ。


 それから私たちはブルーフォレスト邸の庭を散策したり、エラルド王国とブルーフォレスト領の今後について話をしたりして過ごした。


 そして翌日、私とラウル様とマシューは保管していた密閉容器の蓋を開ける。お米が昨日よりも白っぽくなっているのを確認したら、かき混ぜてまた十時間ほど保管する。



「麹作りとは時間がかかるのだな」


「そうですね。お米作りも麹作りも時間がかかります。私がこれから作りたいと思っている味噌や醤油も、作り始めから完成するまで半年から一年ぐらい必要です」


「そんなに時間を要するのか」



 ラウル様は驚いたような顔をした。確かに何も知らないでいきなり半年から一年かかると言われると、そんな顔にもなるだろう。



「はい。でも味噌や醤油の味は絶品ですよ。手間暇をかけて大切に育てるからこそ、完成した時の喜びがより大きくなるんです」


「……なるほどな。言われてみればそうかもしれん。農業も物作りも、そして人間関係も。要した時間と工程が多いほど、大切に尊く思えるものだな」



 そう言うラウル様の口調は優しい。そして私を見つめる瞳が、妙に優しいような気がした。

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