49.思いは永遠に
「助……ける?」
ミカエル様は小さく頷く。
「勝手なお願いなのはわかっている。でも、貴女にしか頼めないの。貴方と、貴女の騎士にしか出来ないことだから」
「え、え? どういうことなんですか? アレスト様は一体何を」
「……あの人はずっと、私を解放することを考えていたの。それしか見えなくなって、穢れさえ受け入れてしまった」
「穢れを?」
受け入れた?
アレスト様は今、穢れに犯されている状態なの?
「私と彼は契約で繋がっている。私が受け止めきれなかった穢れが、彼の中に流れ込んでしまったの。今まではそれも抑え込んでいた。でも……」
ミカエル様は語る。
アレスト様は長い年月を生き、ずっと一人だった。
自分は一緒にいても、触れ合うことも話すことも出来ない。
ただ一人生き続け、孤独に戦い続けた。
疲れてしまっても無理はない。
もう一度会いたい。
最愛の人と触れ合いたい。
そう思ってしまうことを……責めることは出来ない。
「自分の欲を抑え込んでいた理性。彼は理性を振り払うために穢れを受け入れたの。私のために……」
ここまで聞けば、アレスト様が全ての黒幕だったことは察しが付く。
私を結晶に押し込んだのも、私を代わりにしてミカエル様を解放するためだ。
「ごめんなさい。私たちの問題に、貴女たちを巻き込んでしまって」
「あ、謝らないでください! ミカエル様は何も悪くありません」
「いいえ、私の責任です。私の声が届いていれば……止められたかもしれないのに。いつからか私の声は届かなくなりました。以前は夢の中で語り合うことも出来たのに」
ミカエル様は寂しそうにそう語った。
会いたい、ふれあいたちと言う気持ちは、ミカエル様も同じなんだ。
でもそのために、誰かを犠牲にしたいとは思っていない。
だから止めてほしいと、私たちにお願いしたんだ。
「ど、どうすれば良いんですか?」
「……今、外では彼と貴方の騎士が戦っています」
「ユーリが!?」
ユーリが戦っている。
きっと私を助け出すために。
「い、行かなきゃ!」
「残念ながら、今の状態では出ることが出来ません。彼を止めなくては」
「そ、そんな……ユーリに任せるしかないんですか?」
相手はアレスト様、王国最強の騎士だ。
いくらユーリが強くても、アレスト様に勝てるかどうか……
「信じてください」
「え?」
「貴方の騎士の……彼の勝利を信じてください。私たちの信じる力で、彼を勝利へと導くのです」
「ミカエル様」
ミカエル様の手が私の手に触れる。
その手は温かくて柔らかい。
優しい力が流れ込んでくるのを感じて、私の心がほだされていく。
「感じますか? 私の心を」
「はい」
「私たちは同じです。同じ力を持ち、同じ使命を持ち、そして――」
「同じように、騎士を好きになった」
ミカエル様の思い。
アレスト様を心から愛していることが伝わる。
そしてミカエル様にも、私の思いが伝わっているみたいだ。
恥ずかしさは感じない。
通じ合い、確かめ合っているから。
私たちは……同じだから。
「私たちはよく似ています。だから一つだけ、女性としてアドバイスです。気持ちはちゃんと伝えましょう……後悔がないように」
「……はい」
◇◇◇
剣と剣がぶつかり合う。
剣戟の音だけが地下室に響く。
「はぁ……はぁ……」
わかっていた……最初からわかっていたことだ。
彼が強いことも、自分では敵わないことも。
それでも挑んだからには、勝たなくてはならない。
たとえこの身が滅びようとも。
「まだ諦めないのかな? そろそろ限界だろう」
「そんなこと……ない!」
俺は剣を握りしめ、アレストに斬りかかる。
全力の足運び、全力の斬撃。
それをいとも容易く躱し、優雅に舞うように蹴りを入れられる。
「ぐほっ……」
「やれやれ、あきらめが悪いね」
アレストを中心に突風が吹き荒れ、吹き飛ばされて天井にぶつかる。
そのまま地面に落下し倒れ込む。
「わかっているだろう? 僕は複数の聖女と契約している。加えて大聖女の騎士、全てにおいて君を上回っている。もちろん剣技もね」
「……そんなこと」
「わかっている、だろ? でもね」
「っ――」
凄まじい踏み込み、急接近したアレストの刃を何とか剣で受ける。
しかし衝撃でひびが入り、刃は二つに折れてしまう。
「剣も折れた。もう終わりだよ」
「……終わって……ない」
「本当にあきらめが悪いね? 頑張れば勝てるとでも思っているのかな?」
「あんたこそ……わかってるのか? たとえ代わりになっても……長くは続かないんだぞ」
レナは聖女として成長した。
それでもまだ、大聖女と肩を並べるほどではない。
仮にレナが代わりになっても、いずれすぐに穢れに呑まれてしまうだけだ。
「知っているよ。でもそれがなんだい? 世界が滅びようと、その僅かな時間でも一緒にいられれば十分だ」
「そこまでして……」
「するんだよ! 僕にとって彼女こそが全てだ。この数千年、彼女との再会だけを信じ続けてきた!」
数千年……か。
正直、それは素直に凄いと思う。
それだけ本気で、強い思いだったのだとも。
だけど……
「俺だって……信じてるよ」
レナのことを、心から信じている。
きっと彼女も俺を信じてくれていると。
今だって感じている。
彼女の力を、彼女の思いを。
――ユーリ!
「ああ、聞こえるよ」
幻聴なんかじゃない。
確かに聞こえるんだ……君の声が。
その時、俺とアレストの身体を淡い光が包み込む。






