48.黒幕
ギリギリだった。
殺意を感じて剣を抜き、気づけば吹き飛ばされていた。
剣で受けた衝撃で両手がしびれている。
凄まじい速さと力。
いや、そんなことよりも……
「どういうことですか? アレスト様」
「どうもこうもない。君が見ていた通りだよ」
彼は結晶の前に立ち塞がる。
結晶に身体を打ち付けたレナは、そのまま中へと飲み込まれてしまった。
最後に俺の名前を口にしていこう、ピクリとも動けない。
ミカエル様と同じように。
「正直に言うとね? 本当はもっと後にするつもりだったんだ。でも君たちの成長速度は予想以上だった。ロスボロスとの戦いで一気に加速したこともある。もう良いかなって、思ったんだよね」
「……説明になってませんよ。貴方は一体、何を考えているんです!」
「決まってるだろ? 僕は彼女の騎士なんだ。いつだって彼女のことだけを考えている。彼女が幸福になれる未来を……僕と共に生きる道を」
言葉は力強く、仮面で見えない表情は、おそらく鋭く勇ましいのだろう。
彼は続ける。
「彼女にはミカエルの代わりになってもらうよ。そうすればミカエルは解放される。永い宿命からようやく……」
「代わり……? それは最後の手段だったはずでしょう!」
「あれは嘘だよ。そもそも最初から僕は、世界のことなんて考えちゃいない」
「なっ……」
彼は平然と口にする。
かつて世界を救い、人々を守ってきた騎士とは思えない言葉を。
「言っただろう? 僕は彼女のことだけを考えている。それ以外のことはどうだって良い。世界が壊れようが、人類が滅びようが、どうだって良い」
そう言いながら、彼は仮面の下の素顔を晒す。
右目は黒く、禍々しく光る。
「彼女を救うことが出来るのなら、僕は何だってやるさ」
「その眼……まさか穢れに?」
「僕と彼女は繋がっている。彼女が抑え込めなくなった穢れは、僕の身体にも流れ込んだ。でも勘違いしないでね? 僕は別に、穢れに呑まれたわけじゃない。僕は自分の意志で穢れを受け入れたんだ」
「自分の意志……?」
何を言っているのか、俺には意味がわからない。
人が、しかも聖女の騎士が穢れを受け入れるなんてありえない。
あってはならないことだ。
「仕方ないんだよ。もう一人の絆の聖女、彼女の成長には穢れの力が必要不可欠だったからね」
「まさか……ラトラ会ったのは」
「うん、僕だよ。あの街に穢れを放ったのも、彼女を唆したのも、ロスボロスも含めてね」
「っ……」
俺は言葉を失ってしまった。
信じたくはなかったけど、今の彼を見てしまえば信じずにはいられない。
彼から感じる穢れは、ロスボロスをも上回っているのだから。
「ラトラお嬢様を責めないであげてね? 彼女が僕を見抜けなかったのは仕方がない。僕は姿や声を自由に変えられるし」
「そんなことはどうでも良い! 貴方は……どうしてそこまでするんです!」
「何度も言わせないでおくれよ。彼女を助けるためだ」
そう言ってアレストは結晶に手を触れる。
見ているのはレナではなく、数千年眠り続けている彼の聖女。
「さすがにすぐ同化は出来ないか……もう少し時間がかかりそうだね」
「……そこを退いてください」
「もちろん嫌だよ。僕の邪魔をするというなら……君を殺さないといけなくなるな」
「それは――」
俺だって同じだ。
「俺はレナの騎士だ。彼女を守る」
「僕はミカエルの騎士だ。彼女を救うためなら、たとえ同胞でも斬って捨てるよ」
互いに剣を構える。
結晶に取り込まれたレナを救い出すには、まずアレストを倒さなければならない。
王国……いや、世界最強の騎士に挑み、勝利しなくてはならないんだ。
俺に出来るのか?
不安はある。
恐怖もある。
だけど、そんなもので俺は止まらない。
「覚悟しろ! アレスト」
「来い。ユーリ君」
俺たちは刃を交える。
◇◇◇
視界が真っ暗になって、何も見えなくなった。
暗くて寂しい。
一人ぼっちになる感覚を、久しぶりに味わった気がする。
「ユーリ」
名前を呼んでも返事はない。
私は一人だから。
そう……
「目を開けて、貴女は一人じゃないわ」
「――へ?」
その時、世界が真っ白に移り変わった。
何もない白いだけの空間に、私はポツリと立っている。
「ここは……」
「私たちの世界、心の中だよ」
声が聞こえた。
優しくて、切ない声だった。
初めて聞く声なのに、私は懐かしさを感じる。
知っている気がして振り向くと、そこには美しい金色の髪の女性がいた。
「初めましてレナリタリーさん。私の次に生まれた……もう一人絆の聖女」
「ミカエル……様?」
見間違えるはずもない。
私は彼女を姿を見て、何度も美しいと思ったのだから。
声も透き通るみたいで、イメージと合っている。
「本物の……ミカエル様?」
「ええ。私はミカエルよ。正確にはその意識と記憶の集合体」
「意識と記憶?」
「だってほら、私の身体はずっと眠ったままだから」
ようやくハッと思い出す。
どうして私がここにいるのか。
ミカエル様の前で何が起こったのか。
「た、大変なんです!」
「わかっているわ。彼のことはちゃんと見ていたから」
ミカエル様は泣きそうな顔をして、自分の胸に手を当てる。
思い出を振り返るように、誰かを思うように。
「お願いレナリタリーさん、あの人を……助けてあげて」






