47.暗転
ロスボロスの分身体、人型の穢れが戦場を荒らしまわる。
騎士たちが交戦する中、数体が結界の中に侵入し暴れ始めてしまった。
「戦えない人は守りに専念してください!」
「セレイラさん!」
「貴女も下がって! 私たちが何とかするわ」
セレイラさんには一人でも戦う力がある。
ラリーさんとレルンも同様、個性の性質上戦うことが出来る。
私には戦う力がない。
そんな私をみんなが守って戦ってくれる。
「せめて守らせてください!」
だから私は、三人ごと覆える結界を作って彼女たちを守る。
守られてばかりは嫌だから、私に出来る最大限のことをしようと奮闘する。
それでも穢れの猛攻は止まらない。
すでに小結界の維持は出来なくなって、それぞれが個々に穢れの対処に当たっている。
いずれ限界が来るだろう。
均衡は破られ、戦場は混乱している。
「っ、あ!」
「きゃあ!」
一人、また一人と傷つく。
聖女と騎士の声が交じり合い、悲鳴となる。
嫌だ。
こんなのは嫌だ。
聞きたくない。
みんなが苦しむ声なんて――
「そんなの聞きたくない!」
それを祈りと呼ぶには荒々しく、猛々しかった。
自分のでも驚くほど明確に感情が高ぶって、戦場に聞こえるくらい大きな声を出していたんだ。
私は祈る。
叫ぶように祈る。
負けないで!
絆とは繋がり。
繋がりとは思い。
私は思う。
共に戦う聖女たちを、彼女たちを守る騎士を。
友人を、大好きな人を。
誰にも傷ついてほしくない。
生きていてほしいと願う。
この願いも――繋がりの一つ。
不確かでも構わない。
今だけでも良い。
耳を傾けてさえくれれば、私の力はみんなに届く。
「これは……あの時と同じ?」
最初に感じ取ってくれたのはセレイラさんだった。
彼女に続いてラリーさんとレルンさんが。
さらに周囲のみんなにも繋がっていく。
絆の同調によって、聖女の力が増していき、負った傷は癒えていく。
そして強まった聖女の力は、彼女たちを通して騎士へと注がれる。
「な、何だ? 傷が癒えて」
「力が……力が湧いてくる」
「ユーリ、これはまさか……」
ガリウスさんが話しかけても、ユーリは反応しない。
気絶しているわけでも、無視しているわけでもない。
彼には聞こえていなかった。
今の彼に聞こえているのは、きっと私の声だけだろう。
「ありがとう。レナ」
彼の声もまた、私の心に届いた。
同調の力で戦況は持ち直した。
しかしまだ、ロスボロスには決定打を与えていない。
騎士たちが泥人形を倒す中、侵攻を続けるロスボロス。
そこに一人の騎士が立ち塞がる。
「ああ……感じるよ。君の力を通して……みんなの力が」
同調によって力が強まるのは、絆の聖女も同じ。
強まった力は波となり、激流のように彼の身体に注がれていた。
この場にいる聖女、騎士の力と思い全てを、彼は全身で受け止めている。
今の彼は一本の剣。
多くの者たちに支えられ、強く握られ振り下ろす。
「これで最後だ」
ユーリは上段に剣を構え、まっすぐに振り下ろした。
斬撃は光を放ち、巨大化してロスボロスへ放たれる。
まさに一瞬の出来事だった。
一振りの斬撃に込められた思いは、ロスボロスの身体を両断した。
彼の一撃を最後に、戦いは終結したのだった。
◇◇◇
戦い終結後。
陛下の会見、戦勝パーティーに授賞式。
もろもろのイベントが一区切りついてようやく落ち着いた頃、私とユーリはアレスト様に呼び出されていた。
向かった先はもちろん、大聖堂の地下だ。
「やぁこんばんは、待っていたよ」
「こんばんは、アレスト様」
「失礼します」
「そう畏まらなくて良いよ。今や君たちはこの国の英雄なんだから」
というやり取りも、これで何度目だろう。
私とユーリはちょっぴりうんざりしていた。
「そういうのは止めてください。ロスボロスに勝てたのはみんなの力があったからこそです」
「そうです。私たちだけの力じゃありません」
「うんうん、まぁそういうだろうね。でも君たちがいなければ、確実に負けていた。あの場にいた者が皆同じようにそう証言するんだよ?」
アレスト様のおっしゃったことは事実だ。
手のひら返し、とまでは言わないけど、あの戦いで私たちに対する評価は一変した。
戦勝パーティーでは貴族たちに囲まれ、授賞式では栄誉勲章を授与される。
聖女の落ちこぼれだった私が、たちまち有名人だ。
「慣れないかい?」
「は、はい。こんなにも注目されたのは初めてなので」
「そうかそうか。なら良い思い出になっただろう?」
「……はい」
確かに良い思い出だ。
忙しくて慌ただしいし、ずっと続いてほしいとは思わないけど、
偶には悪くないと思っていた。
「俺はもうごめんだよ」
「ふふっ、ユーリならそう言うと思った」
「うんうん、君たちは実に素晴らしいよ。予想以上の成長速度にも驚かされた。さすが絆の聖女に選ばれた女の子と騎士だね」
アレスト様の誉め言葉に、私とユーリは何だか恥ずかしくなる。
褒められ慣れていないから、まっすぐ褒められるとどう反応していいのかわからない。
だから私たちは照れることしか出来なかった。
戦いも終わったことで、気も緩んでいた。
そうして急に――
「だがすまない。楽しい時間は……これで終わりだよ」
アレスト様の雰囲気が変わった。
「え?」
「っ、ぐっ!」
突然、アレスト様が剣を抜き、ユーリに襲い掛かった。
ユーリは咄嗟に反応して剣で受けるも、衝撃で後ろに飛ばされてしまう。
「やるね。今ので斬ったつもりだったのに」
「ユーリ!」
「君はこっちだ」
「うわっ!」
アレスト様に肩を掴まれ、そのまま結晶まで吹き飛ばされる。
結晶に背中をぶつけた途端、氷の茨のようなものが結晶から生まれ、私の身体に絡まっていく。
絡まった茨は固まり出す。
私の身体は、結晶の中へと飲み込まれていく。
「ユーリ……」
「レナ!」
それが最後に聞こえた声。
私の意識は、闇へと連れていかれてしまう。






