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【コミカライズ】絆の聖女は信じたい ~無個性の聖女は辺境の街から成り上がる~  作者: 日之影ソラ
第二章 絆の聖女

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45.最前線

 街の人々の大半が避難し、ガラガラになった王都には私たち聖女と騎士だけが残された。

 ラトラは住民の避難の手伝いと、貴族のツテを使って避難場所の確保手伝ってくれている。


 ロスボロス浄化戦。

 まだ始まっていない戦いに名前が付けられたのは、それだけ重要な戦いで、自分たちには重大な責任がかかっていると思わせるため。

 この戦いに負ければ王都は消える。

 世界最大の都市、もっとも多くの人々が暮らす街がなくなってしまう。

 そうなれば確実に、未来は絶望へと向かうだろう。


「すぅーはー……」


 緊張する。

 私は特に緊張してしまう。

 そういう性格だからとか、他にもたくさん聖女たちが来ているからとかじゃない。

 私が、私たちだけが知っている事実があるから。

 王都を目指している災害級の穢れロスボロス。

 あれがここに向ってきている理由、見据えている存在を。


 私たちが負ければ、ミカエル様が危ない。

 ミカエル様がいなくなれば、世界中で同規模の穢れが出現して、瞬く間に呑み込まれる。

 すでに追い込まれた状況で、私の力が要だと言われたら……


「ぅ……」

「大丈夫か? レナ」

「う、うん……大丈夫、じゃないかも」

「緊張しすぎるなよ。始まる前からそんなことじゃ最後までもたないぞ」


 緊張で吐きそうになる私の背中を、ユーリが優しくさすってくれた。

 彼は普段通りに落ち着いているように見える。

 私と同じで、彼にも期待が込められているのに、そんな風に落ち着いていられることは凄いと思った。

 少なくとも私には、他人を気遣える余裕はない。


「私……ちゃんとやれるかな」

「大丈夫。何かあっても俺がいる。出来るまで何度でもやれば良いんだよ。その時間くらい、俺がいくらでも稼ぐからさ」

「ユーリ」

「だから心配するな」


 そう言ってユーリは私の頭に優しく手をのせた。

 子供みたいに撫でたりはしない。

 男の人の大きな手で、私の頭に触れている。

 それだけのことなのに、心の底から安心できる。

 

 ああ……やっぱり私、この人が好きだ。


 そう思うと、緊張よりも恥ずかしさのほうが強くなった。


「相変わらず仲が良いですね」

「「え」」


 そこへ聞きなれた女性の通る声。

 私たちは慌てて振り向くと、セレイラさんとガリウスさんが一緒にいた。


「こんにちは、レナリタリーさん」

「やっぱり来たか、ユーリ」


 セレイラさんが私の前へ、ガリウスさんがユーリの前で立ち止まる。


「見るからに緊張していますね」

「あははは……はい」

「聖女様はあーおっしゃっているが、お前は普段通りだな」

「緊張はしてるよ、多少は」


 たった数日しか離れていないのに、無性に懐かしく感じる。

 極度の緊張状態だったからこそだろう。

 そこへまた二つ声が聞こえる。


「セレイラさん!」

「レナリタリーさん!」


 ラリーさんとレルンさんが私たちを見つけて駆け寄ってきてくれた。

 ここ最近で仲良くなった人たちが集まり、顔を見合わせて話を弾ませる。

 いつに間にか緊張は解れ、次第に普段通りに接していく。

 一人じゃないと心が覚えていって、安心し始めたのかもしれない。 

 私はいつも、どこでも、誰かに支えられている。

 ならせめて、みんなを守れるように頑張ろう。

 緊張を超えた先に、私はそう決意した。


  ◇◇◇


 王都南西の草原。

 周囲に人工物はなく、街と街を繋ぐ街道が三方向に分かれている。

 ここがロスボロスを迎える場所に選ばれた。

 私たちはロスボロスの侵攻を遮るように、一団で街道を封鎖している。

 天気はあまり良くはなく、うっすらと霧がかかっていた。

 穢れが近づいている感覚はあれど、目視で確認できる距離にはない。

 そのことが逆に恐怖を駆り立てる。


 未だ見えない。

 しかし着実に近づいている。

 

 みんなと談笑して忘れかけていた緊張が再び全身を襲う。

 無意識に身体が震えだして、震えに気付いて止めようとしても、逆に震えが強くなるだけだ。

 そんな私に気付いてユーリが声をかけてくれる。


「レナ」

「……大丈夫」


 ユーリがいる。

 みんなが一緒にいる。

 私は一人じゃない。


 だから――


「頑張ろう」

「おう」


 直後、霧が晴れる。

 否――かき分けられ、押しのけられた。

 

 異形の穢れが姿を現す。

 どす黒い泥が一つに集まり、天にすら届くほど巨大で、形は定まっていない。

 黒い塊が地を這っている、と表現する他ないだろう。

 手足はなく、目や鼻もなく、口らしき穴はあるがドロドロで今にも崩れ落ちそうだ。

 腐った死体が寄り集まったように。

 加えて異臭。


 気持ちが悪い。


 その場にいた誰もが、一目見た瞬間に感じたことだ。

 気分が悪くなる。

 と同時に、悍ましさに恐怖する。

 気を抜けば呑み込まれてしまいそうな威圧感と、禍々しい穢れの力に当てられて足がすくむ。

 決めていた覚悟が緩んでしまいそうになる。

 そんな時、頼れる騎士が前に出る。


「大丈夫だ。俺がいる」


 彼は剣を抜き、ロスボロスに向って駆けだした。

 その後ろ姿に迷いはなく、表情にも曇りはない。

 彼が構えた刃には、眩い光が集まっていく。

 振り下ろされた斬撃は光を纏い、ロスボロスを斬り裂いた。


「この程度じゃ止まらないよな? なら――」


 彼は切っ先をロスボロスに向ける。

 その勇敢な姿に私は、いや――みんなが勇気づけられる。


「止まるまで斬り続けるだけだ!」


 彼の名はユーリ。

 私の騎士。

 私の――好きな人。

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