45.最前線
街の人々の大半が避難し、ガラガラになった王都には私たち聖女と騎士だけが残された。
ラトラは住民の避難の手伝いと、貴族のツテを使って避難場所の確保手伝ってくれている。
ロスボロス浄化戦。
まだ始まっていない戦いに名前が付けられたのは、それだけ重要な戦いで、自分たちには重大な責任がかかっていると思わせるため。
この戦いに負ければ王都は消える。
世界最大の都市、もっとも多くの人々が暮らす街がなくなってしまう。
そうなれば確実に、未来は絶望へと向かうだろう。
「すぅーはー……」
緊張する。
私は特に緊張してしまう。
そういう性格だからとか、他にもたくさん聖女たちが来ているからとかじゃない。
私が、私たちだけが知っている事実があるから。
王都を目指している災害級の穢れロスボロス。
あれがここに向ってきている理由、見据えている存在を。
私たちが負ければ、ミカエル様が危ない。
ミカエル様がいなくなれば、世界中で同規模の穢れが出現して、瞬く間に呑み込まれる。
すでに追い込まれた状況で、私の力が要だと言われたら……
「ぅ……」
「大丈夫か? レナ」
「う、うん……大丈夫、じゃないかも」
「緊張しすぎるなよ。始まる前からそんなことじゃ最後までもたないぞ」
緊張で吐きそうになる私の背中を、ユーリが優しくさすってくれた。
彼は普段通りに落ち着いているように見える。
私と同じで、彼にも期待が込められているのに、そんな風に落ち着いていられることは凄いと思った。
少なくとも私には、他人を気遣える余裕はない。
「私……ちゃんとやれるかな」
「大丈夫。何かあっても俺がいる。出来るまで何度でもやれば良いんだよ。その時間くらい、俺がいくらでも稼ぐからさ」
「ユーリ」
「だから心配するな」
そう言ってユーリは私の頭に優しく手をのせた。
子供みたいに撫でたりはしない。
男の人の大きな手で、私の頭に触れている。
それだけのことなのに、心の底から安心できる。
ああ……やっぱり私、この人が好きだ。
そう思うと、緊張よりも恥ずかしさのほうが強くなった。
「相変わらず仲が良いですね」
「「え」」
そこへ聞きなれた女性の通る声。
私たちは慌てて振り向くと、セレイラさんとガリウスさんが一緒にいた。
「こんにちは、レナリタリーさん」
「やっぱり来たか、ユーリ」
セレイラさんが私の前へ、ガリウスさんがユーリの前で立ち止まる。
「見るからに緊張していますね」
「あははは……はい」
「聖女様はあーおっしゃっているが、お前は普段通りだな」
「緊張はしてるよ、多少は」
たった数日しか離れていないのに、無性に懐かしく感じる。
極度の緊張状態だったからこそだろう。
そこへまた二つ声が聞こえる。
「セレイラさん!」
「レナリタリーさん!」
ラリーさんとレルンさんが私たちを見つけて駆け寄ってきてくれた。
ここ最近で仲良くなった人たちが集まり、顔を見合わせて話を弾ませる。
いつに間にか緊張は解れ、次第に普段通りに接していく。
一人じゃないと心が覚えていって、安心し始めたのかもしれない。
私はいつも、どこでも、誰かに支えられている。
ならせめて、みんなを守れるように頑張ろう。
緊張を超えた先に、私はそう決意した。
◇◇◇
王都南西の草原。
周囲に人工物はなく、街と街を繋ぐ街道が三方向に分かれている。
ここがロスボロスを迎える場所に選ばれた。
私たちはロスボロスの侵攻を遮るように、一団で街道を封鎖している。
天気はあまり良くはなく、うっすらと霧がかかっていた。
穢れが近づいている感覚はあれど、目視で確認できる距離にはない。
そのことが逆に恐怖を駆り立てる。
未だ見えない。
しかし着実に近づいている。
みんなと談笑して忘れかけていた緊張が再び全身を襲う。
無意識に身体が震えだして、震えに気付いて止めようとしても、逆に震えが強くなるだけだ。
そんな私に気付いてユーリが声をかけてくれる。
「レナ」
「……大丈夫」
ユーリがいる。
みんなが一緒にいる。
私は一人じゃない。
だから――
「頑張ろう」
「おう」
直後、霧が晴れる。
否――かき分けられ、押しのけられた。
異形の穢れが姿を現す。
どす黒い泥が一つに集まり、天にすら届くほど巨大で、形は定まっていない。
黒い塊が地を這っている、と表現する他ないだろう。
手足はなく、目や鼻もなく、口らしき穴はあるがドロドロで今にも崩れ落ちそうだ。
腐った死体が寄り集まったように。
加えて異臭。
気持ちが悪い。
その場にいた誰もが、一目見た瞬間に感じたことだ。
気分が悪くなる。
と同時に、悍ましさに恐怖する。
気を抜けば呑み込まれてしまいそうな威圧感と、禍々しい穢れの力に当てられて足がすくむ。
決めていた覚悟が緩んでしまいそうになる。
そんな時、頼れる騎士が前に出る。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼は剣を抜き、ロスボロスに向って駆けだした。
その後ろ姿に迷いはなく、表情にも曇りはない。
彼が構えた刃には、眩い光が集まっていく。
振り下ろされた斬撃は光を纏い、ロスボロスを斬り裂いた。
「この程度じゃ止まらないよな? なら――」
彼は切っ先をロスボロスに向ける。
その勇敢な姿に私は、いや――みんなが勇気づけられる。
「止まるまで斬り続けるだけだ!」
彼の名はユーリ。
私の騎士。
私の――好きな人。
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