42.束の間の休息
ラリーさんとレルンさんのお手伝いは十日ほどかけてやり終えた。
街中に広がった病は留まることを知らず、三日目までは頑張りとは裏腹に増え続けていた。
それでも何とか踏ん張って、街のお医者さんたちにも協力してもらいながら対処することで、ようやく落ち着きを取り戻した。
毎日毎日教会で祈りを捧げ、絶え間なく訪れる人々の熱気に当てられながら奮闘して。
十日後の今は、アトランタへ戻る馬車に揺られている。
今から思い返すと、穢れとの戦いがあった時よりも疲れた気がする。
何が一番大変だったかと言えば……
「ぅ……眠い」
「何だレナ、また寝不足か?」
「うん……二人が……ふぁ~ 全然寝させてくれなくて」
二人は本当に恋愛話が大好きで、私がユーリのことを好きだと知った途端、あれやこれやと質問を投げかけて来た。
まさかそれが毎晩続くだなんて。
普段一緒にいる時も、今みたいに話している時だって、近くからニヤニヤした視線を向けられていた。
ユーリは気づいていなかったようだけど、変に気を遣うせいで倍は疲れた。
「すぅー、ぅ~」
「ラトラもお疲れみたいだな」
「うん。今回も頑張ってくれたからね」
ラトラは私にもたれ掛かりながらスヤスヤ寝息を立てていた。
毎日街中を駆け回り、いろんな人と話たり交渉したりと、私たちより大変だったと思う。
ウエストでも今回も、何だかんだ一番の功労者はラトラだ。
「街に帰ったらゆっくり休めるといいね」
「そうだな。今の所アレスト様からの連絡はないし、せめて二日くらいは休みがほしいよ」
「ユーリがそんなこと言うなんて珍しいね。やっぱり疲れてるの?」
「そりゃーまぁな。慣れない場所だし、賑やかなのは苦手だって話したろ?」
そういえばそうだったと思い出す。
祭りの時も同じことを言って、アリサさんに怒られていたっけ。
「アリサさんたち元気かな~」
「あの人たちは元気だろ」
「だと思うけどさ。最近あんまり会えてないから」
ちょっと寂しい。
セレイラさんたちと仲良くなれたことは嬉しいけど、私と最初に仲良くなってくれた女の人はアリサさんだから。
「じゃあ戻ったらこっちから挨拶に行こうか」
「うん! そのままのんびりお茶でも出来たらいいね」
「そうだな」
忙しい毎日を送る中で、時折訪れる穏やかな時間。
今までゆっくり進んでいく時間の中を過していた私には、その有難さがわからなかった。
明日は必ず来るものだし、私がいなくても世界は回る。
そんな風に思っていた時期が、少しだけ懐かしく思える。
たぶん、私の時間はずっと止まっていたのだろう。
止まっていた時間が、ユーリと出会ってから進みだして、少しずつ加速しているんだ。
私は一歩ずつ前へと進んでいる。
この道の先は……
「……どこに続いているのかな」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないよ」
◇◇◇
「それでそれで? アイレンはどうだった? やっぱり水の都って感じで綺麗だった?」
「え、えっと……忙しくてあんまり見られなくて」
「えぇ~ じゃあ観光もしてないの? 勿体ないじゃない!」
「勿体ないってなんだよ。観光目的で行ったわけじゃないからな」
ガミガミいうアリサさんと、遊びに行ったわけじゃないと呆れながら言うユーリ。
私はそんな二人に挟まれながら、何とも言えない表情。
あまり大きな声で話すとラトラが起きてしまうと思いながら、二人の言い合いを聞いていた。
教会に戻る途中、偶然アリサさんたちを見つけて声をかけた。
他の二人は用事があるからと先に帰ってしまったけど、アリサさんはそのまま一緒に教会へ来て、旅先でのお話をしていたら、観光してこなかったことを責められてしまった。
今さらだけど、アイレンって有名な観光名所で特に女性には人気な街だった。
アリサさんもいつか行ってみたいと思っていたらしく、その話が聞けるとワクワクしていたようだ。
「お仕事はお仕事で大切よ? でもそればっかりじゃ疲れるでしょ? ちゃんと楽しまなきゃ! 騎士なんだからそういうところも気を遣いなさいよ。ねぇレナちゃん」
「え、えぇ……」
「レナは真面目だからそんな不純なこと考えてないと思うぞ。遊びならそういう目的で改めて行けばいいんだ。そうだろ? レナ」
「う、うーん……」
二人ともどんどん話に熱が籠っていく。
夜になり外は暗く涼しいのに、この部屋は異様に熱い。
このままだと私が怒られる展開になりそうだと直感した。
「そ、それよりアリサさん、街のほうはどうでしたか? 特に変わったことはありませんでしたか?」
「別に普通よ。強いて言うなら魔物の数が減ってるかな? ってことくらい」
アリサさんは困ったような顔をする。
「それは良いことじゃないんですか?」
「減り方が不自然ではあるのよね。別にそういう時期でもないし、傾向もなかったはずなんだけど……まっ、増えるよりは全然良いことね」
「穢れのほうは? 特になしですか?」
続いて私が聞こうと思っていた質問を、代わりにユーリがしてくれた。
アリサさんが答える。
「大丈夫みたいよ。一応怪しい奴がいないかも警戒してたけど、今の所いないわね」
「なるほど。進展はなし……か」
ユーリが聞きたかったのは、ラトラに穢れの力を与えた人物のことだろう。
あれから調べてはいるものの、一向に正体が掴めない。
そのことに漠然とした不安を抱きつつ、穏やかな時間は過ぎて行く。






