39.絆と光
ドラゴンについて知っているのは、恐ろしさと強大さだけだ。
文献もロクに残っていないし、現在は絶滅した魔物だから、実物を見る機会もない。
ただ、誰もが思うだろう。
できることなら出会いたくないと。
「っ、強いな」
想像以上、予想外。
俺が考えていた展開よりも早く劣勢に陥る。
強靭な鱗は硬く、全力の斬撃でも傷一つ付かない。
攻撃は一撃一撃が必殺になりうる威力。
防御に専念しなければ危うく、攻撃に意識を向ける余裕が削られていく。
ブレスは躱せる。
尻尾も挙動を見れば回避は出来る。
ただし、攻撃した直後にカウンターを受ければ――
「死……っ、何を考えてるんだ俺は」
レナには格好つけたセリフを言いながら、最悪の想定を考えてしまっていた。
俺は負けない、負けられない。
もしも俺が倒れれば、次にドラゴンは彼女を襲うだろう。
そんなことはさせない。
劣勢だろうと不利だろうと、俺は絶対に負けない。
「こいよドラゴン! 次こそ切り裂く!」
俺は剣を握る力を強め、ドラゴンを視線と声で挑発する。
挑発が通じたのか、ドラゴンは雄叫びを上げて猛スピードで突進してきた。
翼を羽ばたかせた風圧で地面が抉れる。
躱す――いや、あえて受ける!
単純な斬撃では傷をつけられない。
ならば相手の攻撃の勢いを利用して、カウンターで一撃を与えれば。
下手をすれば即死もあり得る賭けだ。
それでもやらなければならない。
勝つために、死地へ踏み込め。
「来い!」
覚悟を決めた俺は、回避を完全に捨てカウンターに全力を注いだ。
抉られる地面。
迫りくる強靭な顎。
怯むな。
構えを緩めるな。
最高のタイミングで――
「――今」
刹那の一瞬に剣を振るう。
研ぎ澄まされた集中力によって見える一筋の光。
消えてしまいそうな光に手を伸ばす様に、俺はただ剣を振るった。
ドラゴンが悲鳴を上げる。
俺の剣はドラゴンの顎を切り裂き、大量の血を拭き出す。
「入った。でもまだ」
浅かった。
刃は通っても倒すまでの一撃じゃなかった。
暴れるドラゴンから距離をとろうとするも、攻撃に専念していた所為で反応が遅れてしまう。
まずい。
そう思った時、俺はもうドラゴンの前にはいなかった。
「――え?」
回避していた。
思いっきり地面を蹴った感覚はある。
でも間に合わないはずだった。
明らかに限界だったのに、俺の身体はあり得ない速度で動いたんだ。
光のように速く。
気付けば俺の身体は、淡く優しい光に包まれていた。
「これって……」
俺は視線を自らの身体に向けていた。
その隙をついて、ドラゴンが攻撃を仕掛けてくる。
今度こそ完全な油断。
力を入れることすら間に合わず、気づけば尾が目の前に迫っていた。
「よそ見をするな!」
尾は光の剣に弾かれる。
目の前に降り立った意外な人物に、思わず声を出す。
「ガリウス?」
「戦闘中にぼさっとするなんて、命を捨てたいのか?」
「い、いやお前こそ大丈夫なのか? 酷い傷を」
傷が治っている。
それに凄まじい力が迸っていた。
俺の身体に纏う光と同質で、それ以上の力だ。
間違いない。
これは聖女の、光の力。
「ユーリ!」
彼女の声が響く。
振り返った先に、俺の聖女が立っていた。
「レナ」
彼女は俺を見つめている。
その右手は、もう一人の聖女セレイラと握っていた。
ふとアレスト様が言っていたことを思い出す。
絆の聖女は他の聖女と同調することで、互いの力を増幅する。
今起こっているのはそれだ。
しかも増幅しているだけじゃない。
光の聖女の力がレナにも流れている。
その力が彼女を通して……
「俺にも流れているのか?」
さっきの動きは、光の聖女の力を無意識に使ったからか。
だとしたら……いける。
ドラゴンを倒せる。
「ユーリ、いい加減前を見るんだ」
「……ああ」
俺たちは剣を構え、ドラゴンと向き合う。
「ガリウス、今ってどんな気分だ?」
「最高の気分だよ。まるで……じゃないな。翼が生える気分だ」
言葉通り、彼の背中に光の翼が生える。
翼を輝かせ、力強い羽ばたきで宙へと飛び上がる。
ドラゴンと騎士は飛び回り、剣と牙をぶつけ合う。
「翼か……俺もだよ」
俺にも光の聖女の力が流れている。
だからやれる。
彼と同じことを。
「飛べ」
背中に翼を生成して、俺も空へと上がる。
空を飛ぶ経験なんて初めてなのに、なぜだか怖さは感じない。
今はただ、この瞬間が心地良い。
「いくぞユーリ!」
「ああ!」
聖女が二人、騎士も二人。
互いに力を高め合い、空すら自由に飛び回る。
何だって無敵になれた気分だ。
ドラゴンの動きが良く見える。
なぜだろう?
斬れなかった鱗も、今なら簡単に切り裂けそうだ。
「ガリウス!」
「ユーリ!」
俺たちは互いにドラゴンの注意を逸らし、翼の根元に剣を振り下ろす。
翼を失ったドラゴンは地に落ち、悲痛な叫びをあげる。
しかしまだ健在。
最後の一撃を決めるのは――
「レナ!」
「うん! やりましょうセレイラさん!」
「ええ!」
二人の聖女が祈りを捧げる。
その祈りは天に届き、裁きの光を顕現させる。
「悪しきドラゴンよ――穢れし者よ」
「今こそ裁きの光を!」
天から降り注ぐ光の柱に包まれて、ドラゴンの身体が浄化されていく。
穢れし者は光で焼かれ、輝く粒子となって散っていった。






