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【コミカライズ】絆の聖女は信じたい ~無個性の聖女は辺境の街から成り上がる~  作者: 日之影ソラ
第二章 絆の聖女

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36.最悪の襲来

 セレイラさんは夜遅くまで教会に残り、迷える相談者の声に耳を傾けていた。

 それは聖女としては見習うべき姿勢に他ならない。

 ただしそれは、一人の人間としての生き方を捨てることに等しい。

 聖女として生きることは辛く、苦しく、一人きりだと示している。

 私たちはその姿を見守ることしかできなかった。


 翌日。

 私とユーリはガリウスさんの手伝いで、街周辺に出現する穢れを祓うことにした。

 ラトラはその間、街のお医者さんの所を周ってくれている。

 軽症者や病人を引き受ける体制に不備はないのか、実際に利用する人々の声は聴いているのか。

 彼女なりにヒヤリングして、教会への人の流れを制御するつもりらしい。

 私たちのこの行いはセレイラさんには内緒だ。

 口で言っても聞いてくれないし、今より状況が悪化するだけだろうとガリウスさんも語る。

 だから彼女に気付かれないようにお手伝いをして、こっそり彼女の負担を削ろうということになった。


 ウルフの姿をした穢れがユーリに襲い掛かる。

 ユーリは華麗な身のこなしでヒラリと躱し、穢れの首を斬り落としていく。

 

「これで五匹目。ガリウスそっちは?」

「問題ない。こちらも片付いた」


 二人はそろって剣を鞘に納める。

 ガリウスさんはゆっくり、ユーリは駆け足で私の元へと近寄ってくる。


「お疲れ様、怪我はしてないよね?」

「ああ、見ての通り元気だ」


 戦いで私に出来ることは限られている。

 セレイラさんと違って私には、自分一人で穢れと戦う力はないから。

 私に出来ることは、代わりに戦ってくれるユーリを信じて祈り続けることだけだ。

 それが果たして意味のあることなのかわからないけど……


「今日は特に身体が軽かったよ。レナが見ていてくれるお陰かな? 毎日新しい自分に生まれ変わってる気分だ」

「ユーリ」


 彼がそう言ってくれるから。

 優しい笑顔で微笑みかけてくれる彼に、明日も明後日も応えたいと思う。

 彼はいつでも前向きで、私に勇気をくれる。

 ガリウスさんはそんな彼をじっと見つめ、ユーリも視線に気づく。


「何だ?」 

「いや、お前こんなに動けたんだな」

「意外だったか?」

「意外ってほどでもないけど驚いた。養成所の頃のお前は、何というか弱くはないけど余裕はないって感じだったから」


 ガリウスさんがそう言うと、ユーリは心当たりがあるのかちょっと複雑な表情を見せた。

 そういえば、ユーリの養成所時代のことはあまり知らない。

 私も聞かなかったし、本人も自分からは話さないから。


「今は余裕が見えて、動きにも迷いがない。熟練の騎士を見ているようだったよ」

「そうか」

「ああ、それに聖女様とも良好な関係を築いているみたいだし。素直に羨ましいよ」

「……そうか」


 ユーリは小さく微笑む。

 今後、機会がある時にでもユーリの養成所時代の話を聞いてみよう。

 彼の笑顔を横目に、私はそんな風に思っていた。

 ちょうどその時だった。


「――っ!?」

「レナ?」

「今の……」


 急に嫌な気配を感じて、思わず身体が震えてしまった。

 ユーリが私の変化に気付き、心配そうに目を向ける。


「どうしたんだ? 身体の調子でも悪くなったのか?」

「ううん、身体は平気。そうじゃなくて、何だか嫌な気配がして……背筋がぞわっとしたの」

「嫌な気配? 穢れか?」

「たぶん。ユーリは感じなかった?」


 私が訪ねると、ユーリは四方をぐるっと見渡し目を瞑る。

 契約している彼にも穢れを感じ取る力はるのだが……


「いや、何も感じないよ」

「そう……」


 聖女と契約者では感知能力に大きな差がある。

 私が感じ取って、彼には感じ取れないということは、よほど小さいか遠い場所に発生した穢れなのだろう。

 ただし今回の場合は、小さい穢れではない気がしていた。

 背筋に走る冷たい感覚が、今も微かに残っている。

 こんなことは初めてだ。

 恐ろしさと気持ち悪さを一緒に感じて、身体がずんと重くなる。

 それが表情に出ていたらしく、ユーリは心配そうに私に言う。


「気分が悪いなら一度街へ戻るか?」

「ううん、大丈夫」

「無理はしちゃだめだぞ」

「平気だよ。それに今戻ったら、嫌な感じの正体もわからなくてもっとソワソワするし」


 他の穢れは発生していないか調べよう。

 私はユーリにそう提案して、ガリウスさんも一緒に街の外周をぐるりと調査した。

 その道中に二度の戦闘を経たものの、怪我無く払い終える。

 だけど結局、嫌な感覚の正体は掴めないままだった。


  ◇◇◇


「二人とも、今日もよろしく頼むよ」

「はい」

「ああ」


 この街に来てから三日。

 私たちは相変わらず、こっそりお手伝いをしていた。

 教会の裏手で集合して、私たちは街の外で穢れ退治に、ラトラは街のお医者さんの手伝いに向う。


「ラトラのほうもよろしくね」

「はい! お姉さまとお兄さまをお気を付けください」

「うん」

「ラトラも無理するなよ」


 これから出発だ。

 というタイミングで予期せぬ来訪者が姿を見せる。

 私たちはピタリと動きを止める。


「――ちょっと、これはどういうことかしら?」

「セレイラ様」

「セレイラさん」


 彼女は私をギロっと睨み、そのままガリウスさんに視線を向ける。


「貴方の仕業ね? ガリウス」

「……お言葉ですが聖女様、貴女は無理をし過ぎています。このままで――」

「余計なことはしないでと言ったはずよ!」

「聖女様をお守りすることが私の役目です!」


 激昂するセレイラさんに対して、ガリウスさんも引く気はない。

 言い合いにこそならない。

 ただ互いに力強い視線をぶつけ合う。


「もう良いわ。貴方も必要――」


 瞬間。

 その気配に全員が気付いた。

 私やユーリだけじゃなく、聖女の力を持たないラトラまでも、悍ましい感覚が全身に駆け抜ける。

 

 視線は上へ。


 私たちは見上げる。

 その眼は青空に舞う、恐ろしい黒いドラゴンを視界に捉えた。

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