35.邪魔しないで
一時間経過し、太陽が次第にオレンジ色に変わっていく。
教会の窓からは仕事を終え、帰宅する人々の姿がチラホラ見受けられた。
私たちの教会なら、最後の一人が帰る頃だろう。
ただ、この教会では一向に人が減る気配はない。
さすが三大都市の一つ、と思ってしまったも良いのだろうか。
私は小さく呟く。
「今日は特に忙しい……のかな?」
「どうだろう。何となくだけど、違うんじゃないかな」
「ラトラもそう思います。きっとこれが毎日続いているのでしょう」
「毎日……」
私たちが見ているのはほんの一部。
これが午前中、午後、そして明日からもずっと続く。
想像するほど途方もなく、ただ思い浮かべるだけで疲れてしまいそうだ。
私たち聖女だって人間だから、誰にも限界はある。
この光景が毎日だというのなら、セレイラさんはとっくに……
「限界でしょうね。あの方とは初対面ですが、無理をしているのがハッキリとわかります」
「俺もそう見えるな。笑顔がぎこちないし、声をかけられてからの反応にもムラがある」
セレイラさんとの関係性が低い二人でさえ、彼女の限界を察知できる。
それほどに追い詰められ、無理をしているように見えた。
祈りを捧げている途中、わずかにふらつく。
たぶん気付いたのは遠目で見ている私たちだけで、街の人たちは気づいていない。
「すみません。少々お待ちいただけますか」
そう言って彼女は教会の奥へと歩いていく。
足取りが若干おぼつかない。
心配になった私たちは、彼女がいる裏へと回った。
するとそこには――
「はぁ……はぁ……」
大きく肩で息をして、下を向いているセレイラさんの姿があった。
表で振舞っていた時の穏やかな表情が消え、今にも倒れてしまいそうなほど顔色も悪い。
私はすぐに駆け寄り、彼女の背中に手を触れる。
「大丈夫ですかセレイラさん!」
「貴女たち……誰の許可を得て勝手に入ってきているの?」
「すみません。でもセレイラさんが心配で」
「心配なんて必要ないわ!」
そう言って彼女は私の手を払いのけ、強引に身体を起こす。
「無理をしないでください。これ以上はお身体が……私もお手伝いしますから」
「私なら一人で出来る! 邪魔しないで」
力強い視線、しかし声には疲れがしみ込んでいる。
私の話には耳を貸さず、彼女は一人で待っている人々の前に出て行ってしまった。
「セレイラさん……」
「筋金入りだね。あれじゃいつか倒れるぞ」
「――だから困っているんだよ」
不意に後ろから、知らない男性の声が聞こえてきた。
私は少し驚きながら振り返る。
そこに立っていたのは、ユーリと同じ騎士の格好をした短髪の男性だった。
「ガリウス?」
「ああ、久しぶりだなユーリ」
名前を呼び合う二人。
私はユーリに尋ねる。
「ユーリのお友達?」
「俺と同期の騎士だよ。よく話すことはあったけど、友達と呼べるほどじゃない」
「それはちょっと悲しい言い方だな。まぁ実際、特別仲が良かったわけでもないが」
ガリウスさんは小さくため息をこぼす。
それから私に視線を向けて、改まって挨拶をしてくる。
「初めまして聖女様。私はガリウス・ロックウェル、聖女セレイラ様の専属騎士です。以後お見知りおきを」
「は、はい! 私はレナリタリーです」
「レナリタリー様、救援要請に応じてくださった旨は聞いております。それについて詳しくお話したいので、皆さんこちらへ」
教会の奥の一室に場所を変え、私たちは三人と一人で向かい合って腰を下ろす。
セレイラさんは今も相談に訪れた人たちを対応していた。
ユーリがガリウスさんに尋ねる。
「彼女のことは良いのか?」
「聖女様か? ああ、残念ながら俺が何を言っても聞いてくれない。だから困っていると言ったろう?」
ガリウスさんは大きくため息をつく。
それから改まって話し出す。
「実は、救援要請を出す様に進言したのは私なのです」
「そうだったのですか?」
「はい。見ての通り、聖女様の負担が大きくなり過ぎていたので、このままでは良くないと考えました。最初は拒否されましたが何とか説得して、先日ようやく要請を出せた」
ガリウスさんの話によると、派遣したての頃からセレイラさんの負担は大きかったらしい。
人口の多さは一つの要因だけど、一番は街の人たちの依存にあった。
この街にはお医者様もいる。
怪我や病気なら聖女の力を頼らなくても、お医者さんにかかるという選択肢もあった。
しかし街の人たちは、小さな不調でも聖女の力を頼ってしまう。
「最初に断るべきだったんだ。それを聖女様は全て受け入れてしまって、今では依存がもっと加速した。加えて穢れの出現数も増えている。限界も限界、いずれ聖女様が倒れられたら最後だ」
「だから王都に救援を要請したと」
「そういうことだ。俺が何を言っても聖女様は聞いて下さらない。その所為で、他二人の騎士は早々に辞めてしまった」
「じゃあまさか、今はガリウス一人で穢れに対処を?」
彼は重たい頭を頷かせる。
「最初はそれも自分でやるとおっしゃられて、さすがにやり過ぎだと止めたんだ。そしたら、最近じゃ
ほとんど口も聞いてくれなくなったよ」
ガリウスさんの言葉から苦労がにじみ出ている。
私が思っていた以上に、セレイラさんのプライドの高さは異常だったらしい。
彼女は今、今にも崩れ落ちそうな塔を一人で登っている。
小さな衝撃は耐えられても、大きな衝撃には負けてしまうような。
そして彼女を狙う大きな衝撃は、着実に近寄っていた。
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