34.頼られ過ぎて
教会に入るとセレイラさんの後姿があった。
彼女は扉の開いた音に気が付いて、ゆっくりお淑やかに振り返った。
聖女らしい立ち振る舞いに言動は、私と目を合わせた瞬間にどこかへ消えた。
彼女は眉間にシワを寄せ、人を見ているとは思えない冷たい視線を向ける。
「どういうこと? なんで貴女がここにいるのかしら?」
「そ、それは……」
いけない。
大聖堂にいた頃の感覚でつい委縮してしまった。
相手がセレイラさんだから、不自然なほど畏まってしまう。
ユーリとラトラが言ってくれたように、私は堂々としているべきだ。
昔は別として、今はお互い聖女なのだから。
「お久しぶりですセレイラさん。私は救援要請を聞き、王都の命でこの街に来ました」
「……は? ふざけているのかしら?」
いつになくセレイラさんが怖い。
大聖堂にいた頃も、ここまで怒った顔をみたことがない。
それでも怖気づかずに私は答える。
「いいえふざけてなどいません。私たちはアレスト様から事情を伺っています。病の流行と穢れの増加が重なり、現状では対処できないと」
「そんなのありえませんわ。だって貴女は……聖女と呼ぶには相応しくない出来損ないでしょう」
「何を――」
セレイラさんの心無い一言に、ラトラが怒りを爆発しそうになる。
そんな彼女を止めてくれたのはユーリだった。
「お兄さま」
「ここは彼女に任せよう。大丈夫だ」
ラトラは心配そうな顔で私を見る。
私は彼女に、大丈夫だよと微笑みかけて伝える。
こんな風に馬鹿にされて、罵られることは予想出来ていた。
だから覚悟を決めた。
教会の扉を開けて、彼女と目を合わせてしまった時点で。
「私たちは同じ聖女……セレイラさんは大聖堂で、私にそう言ってくれましたよね」
「言ったかしらそんなこと。仮に言ったとしても本心だと思う?」
「わかりません。それでも私は大聖堂を卒業しました。一人の聖女として、この街を守る為に来たんです」
「っ……言うようになりましたね。落ちこぼれの貴女が」
落ちこぼれだったことは事実。
私が大聖堂で過ごし、感じた肩身の狭さも忘れていない。
今だって一人なら、とっくに逃げ出していた。
だけど今の私にはユーリがいて、ラトラもいる。
二人が支えてくれるから、立ち向かう勇気が湧いてくるんだ。
過去と、今を。
「アレスト様から現地の方々と連携してことに当たるよう仰せつかっています。ですので、騎士の方々を交えてお話を――」
「その必要はありません」
彼女はキッパリと断る。
「救援要請を出したのは事実です。しかし貴女が派遣されたということは、この程度は自力で対応できるという意味に違いありません」
「そんなことをアレスト様は――」
「遠路はるばる救援に来てくださり感謝いたします。あとは私が何とかしますので、皆さんはどうぞ私の街を堪能してください。もし気になるなら、私の聖女としての仕事ぶりを見学してくださっても良いですよ」
「セレイラさん!」
彼女は背を向けて教会の奥へと歩いて行ってしまう。
何度か呼びかけたけど返事はなく、最後まで無視をして姿が見えなくなった。
漠然と残された私たちはしばらく待って、一度教会を出ることにした。
◇◇◇
「ごめんなさい」
教会を出た私たちは、落ち着ける場所を求めて喫茶店に入った。
テーブルには温かい紅茶の入ったカップが並んでいる。
「私がちゃんと話せなかったから……」
「レナはしっかりやっていたよ。謝ることなんて一つもない」
「そうですよ! お姉さまは何も間違っていません、あの方のプライドが高すぎるんです」
「……うん。ありがとう」
二人に慰められながら紅茶を飲む。
口から喉へと流れる温かさを感じながら、セレイラさんのことを考える。
彼女のことをは知っていたし、プライドの高さもわかっていた。
私を見てどういう反応をするかも予想で来ていたけど……
「最後まで聞いてもらえないなんて」
「悩みどころだな。あれじゃ今後も話なんて聞いてくれなそうだし」
「うん……」
「では彼女の提案通り仕事ぶりを観察するのはどうでしょう?」
そうラトラが提案する。
「この街を見る限り、救援要請を出すほど追い詰められているとは思えません」
「確かに……」
街の様子は悪くない。
人々は楽しそうに歩いているし、賑やかで活気がある。
街は彼女の結界で守られているから、穢れに襲われる心配もない。
「その辺りの不自然さも、あの方の働きを見ればわかるかもしれません。それに先ほどはお見えになりませんでしたが、騎士様方からならお話も可能かも」
「そうだね。うん、ありがとうラトラ」
「お姉さまのお役に立ててうれしいです!」
それから私たちは教会に戻った。
夕方にはまだ少し早い時間帯。
私たちの街なら、少しずつ来客の人数が減る時間帯だ。
にもかかわらず……
「聖女様、最近膝が痛くて痛くて」
「それはお辛いでしょう。どうぞこちらにお座りください」
「聖女様! ワシのほうが重症なんじゃ~」
「申し訳ありません。もう少しお待ちください」
広い教会の中が人で埋まっている。
ご年配の方が半数、子供を連れた親も多く、若い男女の姿もある。
身体の不調、病気、相談と理由は様々。
だれもかれもが聖女の名前を呼び、自分たちの番が来るように急かしていた。






