32.歯車のずれ
宿命という言葉には、いまいちピンとこない。
それでも目の前で眠る大聖女を目の当たりにして、自分の未来を想像してしまった。
私にしか出来ないこと。
それはつまり、世界の穢れを抑制し続けるため、ミカエル様のようになるということじゃないのか。
同じ考えにユーリも至る。
「レナにも同じように眠れと言っているんですか?」
「ううん、それは最終手段だ。僕と彼女にはそれしか選択肢がなかったけど、君たちは違う。まだ他にも選ぶことが出来る」
そう言ってアレスト様は指を二本立てる。
うち一本を折る。
「一つは穢れの根絶だ。力を完全開放した絆の聖女は、世界全土の穢れを祓うことが出来る。一人じゃ無理だけど、大部分を抑制し続けている彼女がいれば可能だ」
「穢れの根絶……で、でもそれって一時的ですよね?」
「その通りだよ。生き物が存在し続ける限り穢れは生まれる。いずれまた同じことが起こるだろう」
アレスト様が示した一つ目の方法は、現状を乗り越えることは出来る。
ただしその場しのぎ、問題の先延ばし。
「それじゃ意味が……」
「なくはないよ。一度でも穢れを排除できれば、ミカエルの力で新たに生まれる穢れを祓い続けることが出来る。もちろん、穢れの発生量が彼女の力を上回れば同じことだが……で、だから僕のおすすめは二つ目だ」
アレスト様は立てた指のもう一つを折る。
「絆の聖女は、他の聖女と同調することで力を増幅する特性があるんだ。聖女同士が絆を深めれば、互いにその力を増す。これを同じ絆の聖女同士でやればどうなると思う?」
アレスト様の視線は私に向いている。
だから私が答える。
「ミカエル様と私の力が強くなる?」
「そう。しかもお互い強大な力を持つ者同士、その相乗効果は計り知れない。僕の予想だと、それで二度と穢れに押し負けることなんてなくなるんだ」
ミカエル様の力が強まれば、溢れ出ている穢れを再び抑制できる。
私が眠る必要もなくなる。
それを聞いて少しホッとしていた。
すると、隣で聞いていたラトラが質問する。
「具体的にどうすればいいのでしょう?」
「絆を深めるんだ。騎士と聖女の絆は大前提だけど、それだけじゃ足りない。ラトラお嬢様を含む、大勢とのつながりが必要になる。例えば僕は他の聖女とも契約しているけど、これはミカエルの力を補強するためなんだ」
絆と呼べる範囲は広い。
信頼や信用、期待も絆と呼べる。
アレスト様が王国最強の騎士として、多くの人々から信頼されているのも、一つの絆の形。
彼が契約する聖女たちも、人々から厚い信頼を向けられている。
そうして紡いだ絆の力は、ミカエル様に還元される。
「君たちにはこれから、各地の聖女たちの救援に向かってほしい。どこもかしこも増え続ける穢れに押され気味でね? そこで活躍して人々から信用を得ると同時に、現地の聖女とも仲良くなって彼女たちの力を増幅させるんだ」
「仲良くなって……」
そんな簡単に言われても困る。
大聖堂でも、私には友達と呼べる相手はいなかった。
ユーリと出会っていなければ、今だって一人ぼっちのままだったのに。
「不安がる必要はないよ。君にはもう、頼れる騎士と妹がいるじゃないか」
「あ――」
アレスト様に気付かされる。
私はもう一人じゃない。
助けてくれて、相談に乗ってくれて、一緒にいてくれる人がいる。
そんな当たり前のことも再認識しないといけないくらい、私の中では当たり前になっていた。
私は何気なくユーリの顔を見る。
そして目が合う。
「堂々としていればいいよ」
と、ユーリは言ってくれた。
ラトラとも目を合わせる。
「お姉さまなら大丈夫です! ラトラたちが一緒ですから!」
元気で無邪気な笑顔は、幼い頃を思い出させる。
不安はある。
疑問もある。
話は難しくて、大きすぎて、納得できるまでには至っていない。
それでもこの先、何となるような予感だけしていて。
「それが私に……出来ることなんですね」
「そうだよ。君にしか、君たちにしか出来ないことだ」
私にしか出来ないこと。
期待されてこなかった私に、特大の期待が向けられている。
だったら私は、それに全力で答えよう。
「頑張ります! ミカエル様に負けないくらい」
そう思える自分が、今はただ誇らしかった。
◇◇◇
具体的な説明を受け、レナリタリーたちは大聖堂を後にする。
一人残っているのはアレストだけ。
彼は地下へ戻り、結晶の中で眠るミカエルを見つめる。
「……あの子はちょっと、君に似ていたね? ミカエル」
同じ絆の個性を持つ聖女。
故に考え方や感性が近いのかもしれない。
アレストは懐かしそうに感じながら、触れ合えない寂しさも湧き上がる。
「あの二人を見ているとさ。昔の僕たちを思い出すね?」
返事はない。
ただの独り言だ。
「眩しいというか、恥ずかしいというかさ……でも楽しかったから、二人もそうだろう」
彼はレナリタリーとユーリに、かつての自分たちを重ねる。
出会い、関わり、絆を深め、愛し合ったことを。
思い出すたびに、手を伸ばそうとする。
「だから……本当にすまないと思っている。彼らには嘘をつきすぎた……きっと君も怒る。それでも……」
彼は拳を握る。
全てを取り戻す決意を胸に。
「僕は君を――取り戻すよ」
運命の歯車は動き出している。
ただし歯車は、少しずつズレていた。






