30.真実
部屋は思っていたより広かった。
ただ広いだけで何もない。
黒い床、天井は高く大人三人分くらいの高さ。
壁に照明が付いていて、部屋は昼間のように明るい。
その中心に、大聖女ミカエル様はいらっしゃった。
氷のような結晶に閉じ込められ、祈るように両手を合わせたまま。
私は驚きのあまり言葉を失い、隣ではユーリが呟く。
「こ、これは……」
「真実」
アレスト様の一言が部屋に響く。
彼は平然とした顔で歩みを進め、結晶に優しく触れる。
「ただいま、ミカエル」
まるで恋人に愛を囁くように、優しくも切なげな声で名前を呼んだ。
しかし返事はない。
彼女は結晶の中で眠り、ピクリとも動かなかった。
これではまるで、死んでいるようだ。
「君たちが知っているミカエルの情報は誤りだ。どこがと聞かれる前に答えておくけど、全てでだよ」
「全て……?
「そう、全て誤りなんだ聖女レナリタリー。君や他の聖女たちにも聞かせた話は、真実を隠すための嘘に過ぎない。ならば真実とは何か……それを今から語ろう。これは君にも関係していることだから」
私にも?
言っている意味は未だ解らない。
普通ではない緊張が私を襲う。
「まず大前提に、彼女は『守護』の聖女じゃない」
そう言ってアレスト様は指をさす。
私に向けて。
「え?」
「君と同じだよ」
「私と……絆の聖女?」
「そう。彼女こそ最初の『絆』の聖女であり、この国が誕生してからずっと、この地を守り続けているんだ」
アレスト様はハッキリと、聞き間違えなんて起こらない声量で語った。
しかしそれは、およそあり得ないことだった。
サルバーレ王国が誕生したのは、今から約二千年前。
いかに聖女と言えど、二千年という途方もない期間を生きられるはずがない。
ないのだが……
目の前に広がる光景が、そのありえないを否定する。
それに少なくとも私には、アレスト様が嘘を言っているようには見えなかった。
彼は続けて語る。
「この結晶は彼女自身が施した結界だ。自らの老いを止め、聖女の力だけを放出し続ける。永遠に……この国を……世界を守るため、彼女が選んだ道だ」
「待ってくださいアレスト様」
「何だい? ユーリ君」
「その話が事実なら、アレスト様がどうなるんですか? 貴方はミカエル様の」
彼はミカエル様の契約者だ。
ただ、この状態のミカエル様が誰かと契約できるとは思えない。
契約はあくまで、当人同士が触れ合えなければ成立しないのだから。
「僕も同じさ。彼女が眠りについてから、僕の時間も止まっている」
「そ、それってつまり……不老不死?」
「まぁそうだね。僕たちは契約で強く繋がっている。もっともこれは絆の聖女にしか起こせない奇跡なんだけど」
絆の聖女……
大聖女ミカエル様も私と同じ……『絆』の個性。
嬉しいことなのに、素直に喜べない自分がいた。
「あ、あの……眠っているというのはどうしてなんですか?」
「世界を守るためさ。彼女の役目は王都を守ることじゃない。世界中の穢れを抑制することなんだ」
「世界中の!? そんなことが出来るのですか?」
「出来るんだよ。絆の聖女にはそれだけの力があった。文献にはほとんど残っていないけどね」
アレスト様は懐かし気に微笑む。
遠い過去を思うように小さくため息をついて、私たちに絆の聖女について教えてくれた。
今から二千年以上前、世界は争いで満ちていた。
穢れは人の心、負の感情から生まれる。
争いばかりの世界には、当然のように穢れが跋扈していた。
このままではいずれ、世界は穢れに呑まれるだろう。
そんな折、絆の聖女が誕生した。
「世界の意志だと僕は思う。増えすぎた穢れに対抗するために、絆の聖女は生み出された。絆とは繋がり、人の良心、穢れに対抗するにはもっとも強い力だ」
愛情、友情、信頼。
そういった感情を力に変える。
絆の強く思い合うたった一人を契約者に選び、その人を介して他者から絆の力を集めた。
自身と契約者が絆を深め、さらに他人と関り関係性を築いていく。
そうして絆の輪を広げ、当時の穢れを抑え込んだ。
「そして彼女は眠りについた。永遠に穢れを抑え込むには、老いを止めるしかなかったから。だけど……穢れの力は年々増し続けている。君たちも感じたんじゃないかな?」
ふと思い出したのは、あの街で最初に穢れが発生した時だ。
普通、人が少ない辺境では穢れは発生しにくい。
力の元である人間がいないからだ。
にも関わらず、強力な穢れが発生したことに、何も違和感を感じなかったわけじゃない。
「世界は平和になって人も増えた。大きな争いがなくとも、人が増えれば小さな争いは増える。そうして穢れは増え続け、いよいよ彼女でも抑えられなくなった」
「――まさか」
「気づいたかい? ユーリ君」
ユーリは今までの話を聞いて、何かに気付いたらしい。
それはたぶん、良いことではなかったようだ。
彼は見るからに怒っていた。
眉間にシワを寄せ、アレスト様を睨んでいる。
私にはどうしてユーリが怒っているのか理解できなかったけど、その理由はすぐわかった。
「増え続ける穢れに対抗できるのは、同じ力を持つ者だけだ。だから世界は、もう一人を生み出した」
「――ああ」
そういうことか。
ようやく理由がわかった。
私が絆の聖女として生まれたこと。
そして、ユーリが怒っている意味に。
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