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【コミカライズ】絆の聖女は信じたい ~無個性の聖女は辺境の街から成り上がる~  作者: 日之影ソラ
第二章 絆の聖女

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30.真実

 部屋は思っていたより広かった。

 ただ広いだけで何もない。

 黒い床、天井は高く大人三人分くらいの高さ。

 壁に照明が付いていて、部屋は昼間のように明るい。

 その中心に、大聖女ミカエル様はいらっしゃった。

 氷のような結晶に閉じ込められ、祈るように両手を合わせたまま。

 私は驚きのあまり言葉を失い、隣ではユーリが呟く。


「こ、これは……」

「真実」


 アレスト様の一言が部屋に響く。

 彼は平然とした顔で歩みを進め、結晶に優しく触れる。


「ただいま、ミカエル」


 まるで恋人に愛を囁くように、優しくも切なげな声で名前を呼んだ。

 しかし返事はない。

 彼女は結晶の中で眠り、ピクリとも動かなかった。

 これではまるで、死んでいるようだ。


「君たちが知っているミカエルの情報は誤りだ。どこがと聞かれる前に答えておくけど、全てでだよ」

「全て……?

「そう、全て誤りなんだ聖女レナリタリー。君や他の聖女たちにも聞かせた話は、真実を隠すための嘘に過ぎない。ならば真実とは何か……それを今から語ろう。これは君にも関係していることだから」


 私にも?

 言っている意味は未だ解らない。

 普通ではない緊張が私を襲う。

 

「まず大前提に、彼女は『守護』の聖女じゃない」


 そう言ってアレスト様は指をさす。

 私に向けて。


「え?」

「君と同じだよ」

「私と……絆の聖女?」

「そう。彼女こそ最初の『絆』の聖女であり、この国が誕生してからずっと、この地を守り続けているんだ」


 アレスト様はハッキリと、聞き間違えなんて起こらない声量で語った。

 しかしそれは、およそあり得ないことだった。

 サルバーレ王国が誕生したのは、今から約二千年前。

 いかに聖女と言えど、二千年という途方もない期間を生きられるはずがない。


 ないのだが……


 目の前に広がる光景が、そのありえないを否定する。

 それに少なくとも私には、アレスト様が嘘を言っているようには見えなかった。

 彼は続けて語る。


「この結晶は彼女自身が施した結界だ。自らの老いを止め、聖女の力だけを放出し続ける。永遠に……この国を……世界を守るため、彼女が選んだ道だ」

「待ってくださいアレスト様」

「何だい? ユーリ君」

「その話が事実なら、アレスト様がどうなるんですか? 貴方はミカエル様の」


 彼はミカエル様の契約者だ。

 ただ、この状態のミカエル様が誰かと契約できるとは思えない。

 契約はあくまで、当人同士が触れ合えなければ成立しないのだから。

 

「僕も同じさ。彼女が眠りについてから、僕の時間も止まっている」

「そ、それってつまり……不老不死?」

「まぁそうだね。僕たちは契約で強く繋がっている。もっともこれは絆の聖女にしか起こせない奇跡なんだけど」


 絆の聖女……

 大聖女ミカエル様も私と同じ……『絆』の個性。

 嬉しいことなのに、素直に喜べない自分がいた。


「あ、あの……眠っているというのはどうしてなんですか?」

「世界を守るためさ。彼女の役目は王都を守ることじゃない。世界中の穢れを抑制することなんだ」

「世界中の!? そんなことが出来るのですか?」

「出来るんだよ。絆の聖女にはそれだけの力があった。文献にはほとんど残っていないけどね」


 アレスト様は懐かし気に微笑む。

 遠い過去を思うように小さくため息をついて、私たちに絆の聖女について教えてくれた。


 今から二千年以上前、世界は争いで満ちていた。

 穢れは人の心、負の感情から生まれる。

 争いばかりの世界には、当然のように穢れが跋扈していた。

 このままではいずれ、世界は穢れに呑まれるだろう。

 そんな折、絆の聖女が誕生した。

 

「世界の意志だと僕は思う。増えすぎた穢れに対抗するために、絆の聖女は生み出された。絆とは繋がり、人の良心、穢れに対抗するにはもっとも強い力だ」


 愛情、友情、信頼。

 そういった感情を力に変える。

 絆の強く思い合うたった一人を契約者に選び、その人を介して他者から絆の力を集めた。

 自身と契約者が絆を深め、さらに他人と関り関係性を築いていく。

 そうして絆の輪を広げ、当時の穢れを抑え込んだ。


「そして彼女は眠りについた。永遠に穢れを抑え込むには、老いを止めるしかなかったから。だけど……穢れの力は年々増し続けている。君たちも感じたんじゃないかな?」


 ふと思い出したのは、あの街で最初に穢れが発生した時だ。

 普通、人が少ない辺境では穢れは発生しにくい。

 力の元である人間がいないからだ。

 にも関わらず、強力な穢れが発生したことに、何も違和感を感じなかったわけじゃない。


「世界は平和になって人も増えた。大きな争いがなくとも、人が増えれば小さな争いは増える。そうして穢れは増え続け、いよいよ彼女でも抑えられなくなった」

「――まさか」

「気づいたかい? ユーリ君」


 ユーリは今までの話を聞いて、何かに気付いたらしい。

 それはたぶん、良いことではなかったようだ。

 彼は見るからに怒っていた。

 眉間にシワを寄せ、アレスト様を睨んでいる。

 私にはどうしてユーリが怒っているのか理解できなかったけど、その理由はすぐわかった。


「増え続ける穢れに対抗できるのは、同じ力を持つ者だけだ。だから世界は、もう一人を生み出した」

「――ああ」


 そういうことか。

 ようやく理由がわかった。

 私が絆の聖女として生まれたこと。

 そして、ユーリが怒っている意味に。


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