28.王都への帰還
「やぁやぁお三方、初めまして……だね? いや、君とは挨拶したことがあるかな? ユーリ君」
「え、あ、はい! お久しぶりです、アレスト先生」
「先生は止めなさい。養成所を卒業した今、君と僕は同じ騎士だよ」
「す、すみません」
ユーリがガチガチに緊張して畏まっていた。
物怖じしない性格のユーリがこんなにも畏まるなんて。
上手く話しすら出来ていない。
かくいう私も、緊張で何も話せていなかった。
すると、アレスト様が私に目を合わせる。
「急な来訪をお詫びする。聖女レナリタリー」
「え、あ、はい」
突然話しかけれてアタフタした私は、返事にならない言葉を返す。
そんな私の反応を見て、アレスト様は笑う。
「あははははっ、ユーリ君と同じ反応を見せるとは。二人とも順調に仲良くなっているようだね。うんうん、実に良いことだ」
アレスト様に言われて今更気付いた。
確かに今のはユーリと同じで、私たちは目を合わせて恥ずかしさに顔を赤らめる。
冷静になれない私たちとは別に、ラトラがお嬢様らしい振る舞いで挨拶をする。
「初めましてアレスト様、ペルル家の者として、貴方様にお会いできて光栄です」
「うん。僕も会えて嬉しいよ。ペルル家とは長いお付き合いをしているしね。今後ともよろしくと、ご両親には伝えておいてほしい」
「はい。それで、アレスト様はなぜこちらにいらっしゃったのでしょう?」
ラトラの質問は、私たちも知りたかったことだった。
私は大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
ほとんど同じタイミングでユーリも深呼吸をしたことに気づいたけど、これ以上恥ずかしくならないように敢えて気づかないふりをする。
アレスト様が答える。
「様子を見に来たんだよ。君たちがちゃんと仕事を真っ当しているのか……っていうのが表の理由。実は君たちを迎えに来たんだ」
「私たちを……」
「迎えに?」
「そう。絆の聖女とその騎士、君たちにだよ」
絆の聖女。
アレスト様の口から、その言葉が飛び出した時、私の身体はぶるっと震えた。
恐怖や寒気とは違う。
驚きと単に表現していいのかも微妙だ。
私の個性が『絆』だということは、私たちの中での予想に過ぎなかった。
「私は……絆の聖女」
「そうだよ。もしかして気付いてなかった? あーいや確信が持てなかっただけかな? 君は間違いなく絆の聖女だよ。僕が保証する」
それが今、確信へと変わる。
この身の震えは高揚か、それとも――
「どうしてアレスト様がそれを……知っているのですか?」
「僕は何でも知っている。聖女のことならね。だから、君が絆の聖女であることは最初から知っていた」
「最初から?」
「うん、最初からだよ。正確には君が大聖堂に来た時から」
そんなにも前から?
でも、だったらどうして……
「知っていたならなぜ、彼女を無個性の聖女のままにしていたんですか?」
その疑問を感じ、口にしてくれたのはユーリだった。
彼は少し怒っているように見える。
アレスト様は不敵に笑う。
「いいね、彼女のことでちゃんと怒れてる。やっぱり正解だったね」
「どう意味ですか?」
「君が騎士になったことだよ。彼女を無個性にとどめた理由を聞いたね? その答えがまさしく君だ」
「……」
ユーリは黙り込む。
私には、アレスト様が言っている意味が理解できなかった。
「わからない? 絆の聖女にとって、誰を騎士に選ぶかは最重要なことだ。なぜなら絆こそが力の源だから。中途半端な信頼や敬愛なんて邪魔になる。絆の聖女という肩書に寄ってくる程度の者たちに、彼女のことは任せられない」
軽い口調でアレスト様は語っている。
その内容はまるで、他の騎士たちを侮辱しているようにも思えた。
少なくとも褒めてはいないだろう。
アレスト様は続ける。
「騎士と確かな絆を紡ぐためには、彼女にとって特別になり得る存在が必要だった。君のようにね」
「……だから無個性のままにした。悪く目立たせて、それでも彼女を選ぶ者が現れることを期待したんですか? その所為で彼女がどんな思いをしたか」
「その点については謝罪する。こんなの結局、僕たち大人の都合だ。君の怒りもわかる。ただ……僕にも守らなきゃならないものがあったんだ」
ユーリとアレスト様の視線が交わる。
にらみ合っているのではなく、ただ見据えている。
怒りや覚悟、様々な思いを乗せて。
「許せないと思うならそれでもいい。だけどその前に話を聞いてほしい。これは君たちにとって重要な……いいや、世界の未来に関する話だ」
アレスト様の表情が変わった。
楽観とした顔つきから、真剣で厳しい表情に。
空気がピリつく。
「……わかりました。レナは?」
「え、えっと、私はユーリが良いなら」
「じゃあ二人とも了承を得たということでいいね」
「その話ですが、私もお聞きしてもよろしいでしょうか?」
尋ねたのはラトラだ。
アレスト様はこくりと頷く。
「もちろん。彼女に近しい者は知っておくべきことだ」
「ありがとうございます」
ラトラがぺこりとお辞儀をする。
アレスト様が話したいことが何なのか。
今の私には全く想像がつかない。
「それじゃさっそく王都へ行こうか」
「王都? ここじゃないんですか?」
教会から出て行こうとするアレスト様。
私は彼の背中に問いかけた。
「うん。話をする前に、君たちには会ってほしい人がいるんだ」
「会ってほしい……それは私たちが知っている方でしょうか?」
アレスト様が振り返る。
「知っているよ。むしろ知らない人のほうが少ない。彼女は大聖女と呼ばれているからね」
「そ、それって」
大聖女ミカエル様。
この世で最も美しく、偉大な聖女。






