25.信じあうこと
レナリタリーが領主の教会を出た後。
教会に残ったユーリとラトラは、彼女の帰りを待つ。
ユーリは普段通りに働いている様子だが、ラトラは心配そうに窓の外を眺めていた。
「お姉さま……大丈夫でしょうか」
「……」
その声に反応して、一瞬ピクリと手を止めるユーリ。
彼の反応に気付いたラトラが、窓から視線をユーリに向けて言う。
「本当に一人で行かせてよかったのですか? お兄さま」
「どういう意味だ?」
「言葉通りです。あの領主……あまり良い噂は聞きませんよ」
「……だとしても、引き留めきれなかった。相手はこの街の領主だし、下手に気分を害せば街の人たちに飛び火するかもしれない」
「それはそうですが」
「それに彼女は、婚約を受けるつもりはなかったみたいだし。話を聞いて、ちゃんと断って戻ってくるさ」
ユーリはそう言って止まっていた手を動かす。
「お兄さまは、お姉さまを信じているのですね」
「ああ」
「……素晴らしいことですけど、それがお姉さまにも伝わっているかはわかりませんよ?」
ピタリと、再び手が止まる。
ユーリはラトラに視線を向ける。
ラトラは重く真剣な表情をしていた。
「伝わってないっていうのか?」
「ええ。お姉さまは、思い込みが激しいといいますか、一人で悩んでしまうことが多いんです。昔から……良くないことばかり考えて、そうに違いないと思ってしまう。あの時のお姉さまは、お兄さまに助けてほしそうでしたよ?」
「……」
ユーリにも、彼女の表情から察することは出来た。
助けを求められていることも、一緒に来てほしいと思われていることも。
理解した上で、彼女を一人で行かせたのだ。
彼女なら一人でも大丈夫だと信じて。
「お姉さまとしては、裏切られた気分かもしれません」
「それは……だったら、ラトラは何で黙ってたんだ? 同じ貴族の立場なら」
「それは一番してはいけないことです。あの男はこの地の領主で、ここはあの男の領地です。他の領地のことを、無関係な家の者が口出しすることはできません」
「……そういえばそんな決まりもあったな」
つまりラトラは、言いたくても言えなかった。
彼女が黙り、ユーリの後ろに隠れていたのは、貴族間の大きな問題に発展させないため。
それがなければ強引にでも引き留めたのだろう。
「けどもう、待つしかないだろ?」
「そうですね」
「……レナ」
ユーリが彼女の名前を呟いた瞬間、激しい頭痛に襲われる。
「うっ……な、何だ?」
「お兄さま?」
ユーリの脳内に流れる光景。
彼が知りえない……あるいは未来のビジョン。
そこに映っていたのは、領主に押し倒され、辱められるレナリタリーの姿。
聖女と加護を受けた騎士には、見えない繋がりがある。
絆の聖女の守護者は、その繋がりが他に比べて強い。
守るべき聖女に危機が迫ると、本能的に危機を察することが出来る。
ユーリが見た光景は、これから起こる未来の悲劇。
聖女が助けを求めている合図だった。
「レナが……危ない」
「え?」
「彼女が助けを求めてる」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
助けて、と心の中で叫んだ。
彼の名前を口に出した。
届いてくれた。
ちゃんと来てくれた。
「ユーリ!」
「レナから離れろ!」
「ぐえ!」
ユーリは瞬く間に領主へ近づき、剣の柄で殴り飛ばす。
衝撃でベッドから転げおちる領主を無視して、ユーリは剣で鎖を絶ち手錠と足枷を外す。
自由になった手足で、私はユーリに飛びついた。
「ユーリ……ユーリ……」
「遅れてごめん、レナ」
温かい。
ユーリの胸の中にいるだけで、心が安らぐみたい。
「来てくれて……ありがとう。私、私……」
「違うんだレナ。俺は君に……謝らないといけない。信じてたんだ。君なら一人でも大丈夫だって、そう信じて……君もわかってくれてるって。でも、一方的な信頼になんて意味はない。それがわかってなかった」
「ううん、良いの。助けにきてくれた……それだけで私は嬉しい」
一方的なんかじゃない。
私も信じていた。
ユーリなら助けに来てくれる。
だってユーリは、私の騎士だから。
それだけじゃなくて、私は……
「き、貴様ら……こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
「それはこちらのセリフだ。嫌がる彼女に無理やりわいせつな行為を働くとは……」
腫れた頬を押さえながら領主が立ち上がる。
「無理やり? 何を言う? ちゃんと合意の上だ」
「ふざけてるのか」
「もちろん本気だ。そちらの家の許可もとってあるのだぞ?」
「許可だと?」
領主はニヤリと笑う。
そこへ――
「許可とはこれのことですね?」
「ラトラ!」
「お、お前それをどこから……」
部屋に入ってきたラトラは、一枚の紙を持っている。
暗くてよく見えないけど、領主の反応からして私の両親と交わした契約書か何かだろう。
「屋敷にあったものを拝借いたしました。一緒にこんなものまで出てきましたよ?」
「そ、それは!」
領主の表情が一気に変わる。
余裕のあった先ほどと違い、暗い中でも焦っていることが伝わる。
「裏で大金のやり取りも一緒に行われていたようですね~ お姉さまを手に入れるためにずいぶんつぎ込んだようですが……お金でお姉さまが手に入ると思わないでください。あらら? 他にも不正とおぼしき証拠が……」
「よ、よせ! 勝手に触るな!」
「動くな」
ラトラに近づこうとした領主に、ユーリが剣を向ける。
「ひ、ひぃ! お、お前!」
「さて領主様、取引をしましょうか?」
ラトラが言う。
領主にニコリと微笑みながら続ける。
「この不正を明るみにされたくなければ、お姉さまに今後近づかないと誓ってください」
「な、何を言うか! その中にはペルル家の名前もあるんだぞ! 明るみになればお前たちも」
「関係ありません。お姉さまを不幸にする者は、誰であろうと敵です。それが肉親であっても」
「なっ……」
ラトラの目は本気だった。
取引というより脅しだ。
領主は汗をかき、青ざめて震える。
「う、うぅ……」
「さぁ、選んでください。一緒に破滅するか、隠すか」
「……くっ……」
結論は最初から決まっているようなものだ。
領主が破滅を望むことなんてありえない。
だからラトラの要求を飲む以外、選択肢はなかった。
こうしてまた、一つの事件が終わる。
嫌な思いはしたけど、得るものも大きかった。
例え離れていても、私の声は彼に届く。
そう知って、自分の心にも触れて、理解することが出来た。
これにて第一章は完結です!
騎士と聖女、二人の繋がりを感じられたなら嬉しく思います。
少しでも面白い、続きが読みたいと思ったなら、評価☆☆☆☆☆⇒★★★★★で支援して頂けるとやる気に繋がります。
第二章を執筆中になりますが、開始まで間が空きますので、一旦完結設定にはさせていただきます(第二章で本当に完結予定です)。






