22.あの頃に戻ったみたい
昔のことは、覚えているようで覚えていない。
忘れたいことがたくさんあり過ぎて、忘れたくないことと混ざっている所為か。
もしかしたら一生、思い出せないこともあると思う。
それでも良い。
忘れていたほうが良いことだってある。
だけど、思い出したいことまで、忘れなくて良かった。
ラトラと過ごしたあの頃を、思い出せて本当に良かった。
今はそう、心から思う。
なんて言っていると、しんみりしてしまう。
まるで二度と会えないような、後悔の句のように聞こえるかもしれない。
大丈夫だ。
だって彼女は今も――
「お姉さまぁ~」
隣にいる。
というか腕にくっついている。
「えっへへ~ お姉さまあったかいです」
「そ、そうだけど……そろそろ離れてくれないかなぁ?」
「え……」
ラトラはショボンと悲しそうな目をした。
飼い主と離れる小動物みたいに。
何だか瞳を潤ませてさえいる。
「な、泣かないで。別に嫌ってるわけじゃないから」
「本当ですか?」
「もちろんよ。私はラトラのお姉ちゃんだから」
私がそういうと、ラトラの表情がぱーっと明るくなる。
「嬉しいです! ラトラもお姉さまが大好きです!」
また強く抱き着いてきた。
実はこの流れ、すでに四回目だったりする。
一昨日の事件をきっかけに、私たちの仲は回復した。
ラトラの本心を知って、ちゃんと謝り合って、こうして仲たがいは解消された。
わけだが、いささかいき過ぎているというか、良くなり過ぎたきがする。
今までにないくらい甘えるラトラは、懐かしくもあるが斬新で、新しい彼女を見つけたような気すらある。
「ね、ねぇラトラ? 護衛の二人は帰ったんでしょ?」
「はい! お姉さまのお陰で元気になりましたから」
「それは良かったけど、そうじゃなくて。ラトラは帰らなくて良かったの?」
「大丈夫です! 二人に伝言で、しばらくこっちにいると伝えておきましたから」
えぇ……そうだったの?
「で、でも心配されない? お父様とお母様、それにアウグスト様も」
「それも心配いりません。あの人たちが気にするのは世間体ですからね。特にアウグスト様、あの方はもっと単純です」
「え? 単純?」
「はい。表面上で見せる顔は建前だけです。あの方が見ているのは己の利益だけ……利用できる者なら何でも利用する。だから簡単に私の誘いに乗って、お姉さまを捨てたんです」
「そう……だったの」
私が知らないアウグスト様の一面を、ラトラは知っていた。
だから彼女は、私からアウグスト様を引きはがしたらしい。
その未来に愛がないことを悟っていたから。
「そんなことまで考えていたのね……凄いわラトラは」
「お姉さまに褒められて嬉しいです。今日もこれからも、ラトラはお姉さまのために頑張ります! だからもうしばらくで良いので、ここに置いてくださいませんか?」
ラトラは上目遣いでお願いしてくる。
別に嫌じゃないけど、彼女のためにならない気もしていて。
困った私は、視線をユーリに向ける。
「良いんじゃないか? 別に俺は構わないよ」
「ユーリ」
彼はニコッと微笑み、優しい声で言う。
「それにせっかく仲直りできたんだ。妹が一緒にいたいというなら、お姉ちゃんとして傍にいてあげてもいいんじゃないか?」
「ユーリがそういうなら」
「本当ですか! さすがですお兄さま!」
「は?」
「へ、お兄さま?」
いつの間にかそんな呼び方に変わっていた。
私とユーリは目を丸くする。
「俺は君の兄じゃないぞ」
「それはそうですね。今は仕方ありません」
「今はって……」
まるで予定があるみたいな言い方をする。
「ラトラはお兄さまのこともお慕いしております。あの日、お姉さまと一緒にラトラを助けてくれましたから」
「俺は別に大したことしてないよ。君を助けたのはあくまでレナで、俺は彼女を守っただけだ」
「それで良いんです。だから良いんです。ラトラの大切なお姉さまを守ってくれる……それだけでお慕いするに値します」
という感じに、ラトラはユーリにも気を許したらしい。
ユーリは優しいし、確かに良いお兄さんになりそうだけど。
私としてはちょっと……複雑な気分だ。
「もちろんお手伝いはします! 何もせずに置いていただこうなんて思っていませんから。そうでなくても、ラトラはここにいるべきだと思います。一度は穢れに取り込まれましたから……」
そうだ。
肝心な問題が残っている。
ラトラの話では、穢れに呑み込まれる前に誰かと会話したらしい。
ただ、それが誰なのかを覚えていないという。
倒れていた護衛の人も覚えていない様子だった。
「なぞの人物……か。穢れを誘発したなんて話は聞いたことがないけど」
「私も初めて聞く。でも、それが本当なら……」
聖女として放っておけない。
確かにその一点に限っても、ラトラは私の傍にいるべきだ。
聖女のいない所で穢れに呑み込まれたら、今度こそ助からないかもしれない。
「そうだね。その問題が解決しない限りは、一緒にいた方がいいかもしれないわ」
「はい! ラトラも自分なりに調べてみます。それに護衛にも伝えましたので、何かあれば連絡が来ます」
「助かるわ。でも調べると言って不用意に出かけたりは駄目だからね?」
「わかっています」
「出かける時は言ってくれ。俺が護衛につくから」
「はい!」
何だか色々なことがあって混乱する。
確かなのは、これから賑やかになるということだ。
そう、あの頃みたいに。






