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【コミカライズ】絆の聖女は信じたい ~無個性の聖女は辺境の街から成り上がる~  作者: 日之影ソラ
第一章 聖女と騎士

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20.信じたい

 化け物が現れた場所に急行した。

 その場所は、街の入り口。


「なっ……」

「これは……」


 まっすぐ伸びる街道を塞ぐように、巨大な塊がそこにはあった。

 塊、と表現する以外ない。

 もはや生物の形はしていない異形の穢れ。

 仮に例えるなら、猛毒に意思が宿り蠢いているように見える。

 紫色の半液体が触手のようにウネウネ動き、本体らしき球体が中央にある。


「やっと来たかよ!」

「レナちゃん! 騎士君早く!」


 アリサさんたちが穢れと戦い食い止めてくれている。

 聖女の力を持たない彼女たちでは、穢れを祓うことはできない。

 触手を斬り裂き、何とか止めるので精一杯。

 余裕のない表情で私たちの名前を叫んだ。


「ユーリ!」

「ああ!」


 ユーリが剣を抜き、穢れに突っ込む。


「皆さんは避難を優先して下さい!」

「わかりました。後は頼みます!」


 ロイドさんが二人に指示を出し、街の中へ戻っていく。

 彼らのお陰で被害は少ない。

 入り口にあった小さな門は破壊されてしまったし、道もボコボコになっているけど、幸いけが人はまだ出ていない様子だ。

 ユーリが触手を斬りながら私に言う。


「レナ! 一気に叩くぞ!」

「うん!」


 私は目を瞑り、手を組んで祈りを捧げる。

 ユーリに私の力を。

 その片隅でふと、私はラトラのことを思い浮かべた。

 入り口に走る途中、彼女の馬車はどこにもなかったから。

 もう出てしまったのだろうか、と。

 

 助けて――


「今の声……」


 助けて――

 怖いよ……痛いよ。


「ラトラ?」


 聞き間違いじゃない。

 ラトラの声が聞こえて来た。

 それも酷く苦しんでいる声だ。

 

「どこ? ラトラ! どこにいるの!」


 お姉――様……


 私のことを呼んでいる。

 弱々しい声だけど、ハッキリと聞こえた。

 声の方向は――


「まさか……穢れの」


 穢れの中心に目を凝らす。

 聖女である私の眼は、穢れの本質を覗き込むことが出来る。

 その眼に映ったのは、穢れに取り込まれたラトラの姿だった。

 衝撃に眼を見開く。

 その拍子に気付いたが、道の端に馬車が倒れていた。

 街の人たちからしたら見慣れない、けど私には見知った馬車が。


「ユーリ! その穢れはラトラだよ!」

「なっ、は?」

「よく見て! 穢れの中心!」


 ユーリは一時的に距離をとる。

 彼もまた、目を凝らせば見えるはずだ。

 私と同じように。


「う、嘘だろ」

「見えたでしょ! ラトラが穢れに取り込まれてるんだ!」

「っ、どうすればいい? このまま斬っても良いのか?」

「だ、駄目だよ! ラトラまで傷つけちゃ!」


 穢れは問答無用にユーリへ襲い掛かる。

 ユーリは攻撃を躊躇して、大きく跳び避ける。


「周りの触手は斬っても良いよ! でも中心は駄目!」

「それで倒せるのか? さっきから斬ってるけど全然効いてる気配ないぞ!」

「そ、それは……」


 おそらく倒せない。

 穢れに取り込まれたか、穢れを生んだのか。

 どちらにしても、中心にいるラトラが依代になってしまっているらしい。

 穢れを祓うなら、ラトラのいる中心部分を攻撃しなければならない。

 ただその場合、間違いなくラトラも……


「何か方法はないのか!? このままだと押し切られ――っ」

「ユーリ!」

「大丈夫! まだ大丈夫だ」


 まだ、という言葉が頭に響く。

 ユーリはラトラを傷つけないよう消極的に戦っている。

 守り優先の立ち回りは、私から見ても明らかだった。

 彼の言う通り、このままだと押し切られる。

 ラトラを傷つけず、穢れだけを払う方法を考えないと。


「考えて……ううん、ある。一つだけ」


 でもこの方法は……一歩間違えれば私も危ない。

 それでも私は、ラトラを助けたい。

 覚悟を決めよう。


「ごめんユーリ!」

「レナ?」


 説明している時間はなかった。

 だから私は、彼に精一杯の視線を送る。

 そして穢れに向って駆けだす。


「お、おいレナ!」


 焦り心配するユーリの顔を最後に、私は穢れに呑み込まれた。

 違う、飛び込んだんだ。

 

「大……丈夫」


 結界術。

 聖女の力で壁を作り、穢れを寄せ付けない結界とする。

 昔の私には出来なかったことだけど、今は何とか自分を守るくらいは出来る。


「ラトラ……待ってて」


 後はまっすぐ突き進むだけ。

 穢れを押しのけかき分けて、ラトラの元へ。

 

 お姉さま――


「ラトラ!」


 声が聞こえる。

 さっきまでよりも近く。

 それに何?

 一緒になって、何かが……流れ込んでくる。


「これは……ラトラの記憶?」


 脳裏に映し出されたのは、ラトラが幼い日の光景。

 私と一緒に遊んでいる時の風景だった。

 楽しそうに、嬉しそうに遊ぶ二人。

 この時はまだ、仲睦まじい姉妹だった。

 そう、ラトラも思ってくれていた。


 お姉さまの役に立ちたい。

 ラトラは聖女にはなれない……けど、お姉さまの妹として頑張らなきゃ。


 幼い彼女はそう思って、勉学に励んでいた。

 それ以外にも理由はある。

 両親は私に期待し、同時に絶望してしまったから。

 その分、妹であるラトラに期待を寄せていた。

 ただそれも、最初からだったわけじゃない。

 ラトラには聖女の力がなかったから、その時点で諦めかけていたのだ。

 私の知らない所で、ラトラに聞こえるところで、両親は心無い言葉を口にしていた。


 今回も外れだ。

 せめてレナリタリーより賢ければな……


「そんなこと言われて……」


 ここままじゃ、ラトラはお姉さまの元にいられない。

 頑張らなきゃ……もっと、もっと!


 その一心でラトラは努力を重ねた。

 私が才能だと思っていたそれは、彼女の努力の成果だった。

 そうして彼女は貴族令嬢として恥じない立派な女性に成長した。

 両親も彼女を見直し、優遇するようになった。

 次第に、私とラトラの距離は離れていく。

 きっかけは一つ、私のためだったのだと、この時初めて知った。


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