19.あの頃に戻れたら
西の空に日が沈んでいく。
ラトラが教会に顔を出してから、少し時間が経過した。
街の人たちも自分たちの家に戻り、教会には私とユーリだけが残っている。
ラトラはというと、街の人たちに散々非難されて、拗ねて出て行ってしまった。
あんなに余裕のない彼女は初めて見る。
自業自得だとは思う反面、やっぱり少し可哀想に思ってしまう。
「ラトラ……」
「心配か? 妹のこと」
「え? それはまぁ……」
窓の外を見ながら黄昏ている私に、ユーリが声をかけてきた。
彼は私の隣に座り、手に持っていたカップを机に置く。
「飲むか?」
「うん、ありがと」
ユーリがいれてくれたのはハーブティー。
身体が温まるし、不安な心が解きほぐされていく気がして落ち着く。
落ち着いて、改めて考える。
妹……ラトラのことを。
「昔はね? 私たちも仲の良い姉妹だったんだよ?」
「そうなんだろうな」
「あれ? 話したことあったかな?」
ユーリは首を横に振る。
「いいや、でもわかるよ。最初から不仲なら、今だって心配したりしないだろ? それに……」
「それに?」
「……いや、で? 昔はっていつ頃までの話なんだ?」
「あ、えっと……私が十歳くらいまでだったかな。よく一緒に遊んで楽しかった」
ラトラも私も、一緒にいる時間が多くて、それが嬉しかった。
きっと彼女も同じだったと、私は思いたい。
「きっかけは?」
「……わからないんだ。少しずつ、本当に少しずつ離れていって、気が付けば今みたいになってた」
何かがあったわけじゃないと思う。
少なくとも私の記憶では、姉妹の仲を裂くような大きな出来事はなかった……はずだ。
知らないだけで、何かがあったのかもしれないけど。
「直接理由を聞いたことは?」
「あるわけないよ。それに聞けない……私とあの子じゃ、もう生きてる世界が違うから」
「聖女と一般人でって話?」
「違うよ。自分が特別とか、そんな風に思ったことなんてない。特別なのはラトラのほう。あの子は小さい頃から賢くて、私に出来ないことも簡単に覚えちゃって。本当に凄かったの」
私に出来て、ラトラに出来ないこと。
もし上げるなら一つ、聖女の力だけだろう。
それ以外で、私が彼女に勝っているところなんて、たぶんないと思う。
私がそういうと、ユーリは優しいから否定してくれる。
「そんなことないだろ」
「ありがとう。でも、本当に凄かったんだよ?」
私にとって自慢の妹だった。
だけど、彼女にとって私はそうじゃなかったんだと思う。
きっかけはわからない。
ただ、今から思い返すと、私に出来ないことを彼女が覚えて……それが一つ、二つと増えていくにつれて、距離も一緒に離れていたような。
願わくば、あの頃に……
「戻れたらいいなぁ」
思うことしか出来ない自分が、ちょっと憂鬱だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、逃げるように教会から出たラトラは、街の入り口から離れた場所に馬車を停めていた。
本来は街で一泊してから王都へ戻る予定だったのだが、先の件で街に滞在しづらくなってしまったのだ。
彼女は馬車の中で、悔しそうに爪を噛む。
「何なのよ……何で……」
悔しい感情以外にも、焦りや不安を感じていた。
それは総じて負の感情である。
負の感情は……穢れの源であり原点。
色濃く湧き上がる良くない感情が穢れを生み、周囲の穢れを引き寄せる。
聖女でない者には見えない黒いモヤが、彼女の周りに集まっていく。
「な、何だお前は!」
「近づくな! ここは我々以外――」
馬車の外で怒鳴り声が聞こえる。
そしてすぐ、静かになる。
ドサッと何かが倒れる音まで聞こえて、ラトラは馬車から顔を覗かせる。
「何? どうしたの?」
返事はない。
護衛の二人の姿も、視界には入らない。
不安が増し、確かめるように馬車を降りる。
すると――
「こんばんは」
見知らぬ誰かに声をかけられた。
振り返るとそこには、黒いローブで身を包んだ何者かが立っている。
明らかに怪しい雰囲気を醸し出し、ラトラは本能的に後ずさる。
「だ、誰ですか貴女は?」
「私は君だ」
「は?」
「君の集めた負の感情……その現身。私は君の本心、君が願う理想を……私は知っている」
「何を言って――!?」
姿が消える。
気が付けばその人物は、ラトラの目の前に来ていた。
そのままラトラの額に手を当てる。
「さぁ目覚めなさい。本能のままに!」
「い、嫌……嫌あああああああああああああああああああ!」
「恐れることはない。それは君の本性なのだから」
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昔のことを思い出し、ユーリに話したら少しスッキリした。
まだ思うことはあるけど、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
明日からも聖女として、頑張らないといけないから。
「よし! 今日は早く寝ようかな」
「寝るのに気合いなんて入れたら、目が冴えるぞ?」
「そ、そうだね……」
気の抜けて笑う私と、それを見て安心したように笑うユーリ。
穏やかな時間が流れ始める。
それを切り裂くように、教会のドアが開く。
「せ、聖女様! 大変です!」
奥まで聞こえて来た声にびっくりした私は、びくりと身体を震わせる。
「聖女様! どちらにお見えですか!」
かなり焦っている声だ。
私とユーリは顔を見合わせ頷き、急いで表へ出る。
すると、私を見つけた男性が縋るようにかけよってきた。
「た、大変なんです! 街の入り口にば、化け物が!」
「化け物?」
「は、はい! 見たことない奴で、見るだけで気持ち悪くなるようで」
まさか……穢れ?
「ユーリ」
「ああ。行こう!」






