18.いい加減にして
窓の外に複数の人影が見える。
ガラスの向こう側に集まっていたのは街の人たちだった。
ラトラが護衛に命じる。
「扉を開けてあげなさい」
「「はい」」
護衛が答え、両開きの扉を押し開く。
どうやら扉の前にも人だかりが出来ていたようで、突然開いた扉に驚き数人が後ずさる。
護衛が街の人たちをギロっと睨むように見る。
子供たちは怯え、大人が庇うように間に立つ。
「す、すみません! 見たことがない馬車があって、それで気になって……」
彼らに対してラトラはニコリと微笑む。
ラトラの表情を見て、大人たちはホッとしたようだ。
「構いません。皆さんにお集まり頂けて、むしろ良かったです」
そう言い、改めて彼女は街の人たちに身体を向けた。
礼儀正しく背筋を伸ばし、お嬢様らしく振舞い挨拶をする。
「アトランタの皆さん、初めまして。私はラトラ・ペルルと言います。この地に派遣された聖女レナリタリーお姉さまの妹です」
「おぉー、聖女様の妹君でしたか!」
「やはりそうだったのですね! どうりで似ているなぁと思っておりました!」
「ふふっ」
ラトラが私の妹だと知って、集まった人たちは興奮気味に話す。
楽しそうな雰囲気に私とユーリだけ取り残された気分になる。
だけど、それもわずかな時間だけだった。
続けてラトラは、街の人たちに尋ねる。
「突然の訪問で驚かせてしまいましたね? ですがせっかくですので、どうか皆さまの声もお聞かせください」
「はい? 何でしょう?」
「お姉さまは皆さまに迷惑をかけていませんか?」
「迷……惑?」
予期していなかった質問が来た、という顔をみんなが見せる。
どう答えるべきか。
誰が代表して答えるのか。
互いに顔を見合って、タイミングを見計らっていた。
するとラトラは――
「答え辛いのはわかります。ですが遠慮なさらないでください? まったく役に立たないというのであれば、ハッキリそうおっしゃっていただいて構いませんよ」
「い、いやそれはありませんよ! 聖女様はご立派に役目を果たされております」
一人が否定して、それに続くように相槌をうつ。
私は街の人たちが否定してくれたことに、心の中でほっとする。
でも、ラトラはそれを信じない。
「そういう建前は必要ありません。どうか本音を口にしてください。言い難いのであれば、私のほうから教えて差し上げましょう。お姉さまが王都で何と呼ばれていたか……皆さんはご存じないのではありませんか?」
ラトラが私に目を向ける。
彼女と視線が合って、ドキッとする。
図星だったから。
私は街の人たちに、王都でのことを話したことはない。
話す必要はなかったから……というより、話したくなかったから黙っていた。
知れば幻滅されると思って、怖かったんだ。
それを今、ラトラが口にしようとしている。
待って――
と、喉元まで声が出かかった。
だけど途中で飲み込んで、同時に諦めた。
いつまでも黙っているわけにはいかない。
それに、この街の人たちなら……
そう思った時、不意にユーリが一歩前に出た。
表情に視線が良く。
眉間にシワを寄せ、明らかに怒っていた。
ラトラに物申すつもりなのだと悟って、私は彼を引き留める。
「レナ?」
私は首を振る。
良いんだよと伝える。
ラトラが視線を戻す。
「無個性の落ちこぼれ聖女。お姉さまはそう呼ばれていたんですよ?」
「……」
「無個性?」
「落ちこぼれ?」
反応はそれぞれだった。
疑うような目を向ける人。
意外そうに、困ったように顔を見合う人。
首を傾げる人もいる。
「やっぱり知らなかったのですね。聖女たるものが隠し事をするなんて、よくありませんよお姉さま」
「……」
「ちゃんと話さなくては。私は落ちこぼれで役に立たない聖女です。ガッカリさせてごめんなさいって」
ラトラの言葉が心に刺さる。
この街の暖かさに触れて、少しずつ忘れていた感覚。
王都で過ごしたあの頃が思い出される。
今までの日々が夢で、こっちが現実なのだと……そう言われているようにも思えて。
「いい加減にしてください」
「え?」
落胆しかけた時、誰かが言った。
ユーリかと思って目を向けた。
でも彼じゃない。
彼も驚いている様子だった。
「さっきから聞いていれば偉そうに。違うと言っているでしょう? 聖女様はご立派に役目を果たされています」
「そうですよ! この間だって化け物を退治してくれました!」
「花も聖女様が咲かせてくれたんだよ!」
次々に声があがる。
最初に言ってくれた一人をきっかけにして。
「聖女様は立派な方だ。感謝こそすれ、迷惑だと思ったことは一度もありません」
「皆さん……」
「な、なにを言っているんです? 私の話を聞いていなかったのですか? お姉さまは王都で」
「王都での評価が何です? そんなものは私たちには関係ありません。この街でのことは全て、そこにいる聖女様が起こしてくださった奇跡です! それを知りもせずに……貴女は本当に聖女様の妹なのですか?」
街の人たちから非難を浴びせられ、ラトラは顔を真っ赤にする。
あんな風に余裕のない彼女は初めて見たかもしれない。
彼らが意を返すなど、微塵も予想していなかったのだろう。
「口の利き方がなっていないようですね……田舎者。貴族である私にそのようなことを言って」
「貴族がなんです? ここはあなたの領地ではないでしょう?」
「そうだそうだ! 貴族なんて何もしないじゃないか!」
「偉そうにしてるだけで! どっちが役立たずだよ!」
彼女の発言は火に油だったようだ。
非難はよりヒートアップして、収拾がつかなくなる。
ユーリが宥めに動いたことに気付いたけど、私はしばらく眺めているだけだった。
ただただ、嬉しくて。
街のみんなが私を庇ってくれたことが……ちゃんと必要とされていることが。






