17.ラトラ・ペルル
ラトラ・ペルル。
私の二つ離れた妹で、元婚約者アウグスト様の現婚約者。
貴族令嬢としての立ち振る舞いはもちろん、勉学や芸術面でも才能を見せる才女として、王都では注目されていた。
私が期待外れな姉なら、彼女は期待以上の妹。
夢の中で思い出し、もう二度と関わることはないとさえ思っていたのに……
「お久しぶりですね、お姉さま」
「ラトラ」
私たちは再会した。
望まず、不意に顔を合わせた。
私は動揺して、言葉を上手く発せられない。
そんな私を笑うように、彼女は続ける。
「どうしたのですか? もしかして、私の顔をお忘れになられたのですか? だとしたらラトラは悲しいです」
「そ、そうじゃない。どうして、貴女がここにいるの?」
「どうして、とは? 私がお姉さまに会いに来てはいけないのですか?」
「そんなこと言ってないわ。ただ私は――」
いけない。
動揺して、熱が入り過ぎてしまった。
まず落ち着いて話さないと。
私は大きく長く呼吸をして乱れた心を落ち着かせる。
ユーリはまだ、準備で奥にいる。
呼び戻したほうがいいだろうか?
ううん、大丈夫。
私一人でちゃんと話さなきゃ。
まずは仕切り直そう。
「取り乱してごめんなさい。久しぶりですね、ラトラ。元気そうで良かったです」
「はい。見ての通り、ラトラは元気ですよ」
「お父様やお母様、それにアウグスト様はお変わりありませんか?」
「……ええ、もちろんです」
「そうですか」
我ながら他人行儀な話し方だと自覚している。
およそ久しぶりに再会した姉妹の会話とは思えない。
距離を置いて、踏み込まないように意識して、軽く流すかのように会話する。
「それで、この街へは何か用事があったのですか?」
「当然です。用事もなければ、こんな遠くて何もない田舎まで足を運ぶことはありませんよ」
やれやれ、とラトラは身振りを見せる。
「とは言っても、ハッキリ用事というわけではありません。私はただ、頼まれて、お姉さまの様子を見に来たんです」
頼まれての部分をわざとらしく強調して言った。
仕方なく来たんだという感じを醸し出しながら、彼女は私のことを見つめる。
誰に頼まれたのか気になったけど、それを聞いたら余計に言われる気がした私は、あえてその部分をスルーして尋ねる。
「私の様子を見に来た?」
「はい。お姉さまがちゃーんと、聖女としての役目を果たしているのかをチェックしに来ました。王都にいた頃みたいに、何も出来なくて迷惑ばかりかけていないか心配だったんですよ」
心配という言葉が聞こえた。
同じ心配でも、ユーリが向けてくれるものとは大きく違う。
煽るような発言も、見下した態度も、私がよく知るラトラそのものだった。
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫です」
「違いますよお姉さま。お姉さまが大丈夫かどうかなんて聞いていません。ラトラが知りたいのは、お姉さまの周りがどう見ているかです。例えばお姉さまの護衛騎士はどこですか? まさか愛想をつかされたとか」
ユーリを侮辱された気がした。
落ち着いていた心が僅かに乱れる。
「そんなこと――」
「準備できたぞ、レナ」
するとそこへ、タイミングを計ったかのようにユーリが戻ってきた。
彼の声を聞いて、振り返り顔を見合わせる。
それだけで落ち着きを取り戻せて、またしても出かけた言葉を飲み込む。
「何だ、ちゃんといたんですね」
ユーリがラトラを見つける。
後ろに仰々しく護衛をつれ、豪華な服を着ている彼女を見て察したのか。
彼の表情が変わる。
「この街の方ではありませんね? 失礼ですが、教会に何の御用でしょうか?」
「あら、意外としっかりしているのね? 初めましてかしら? 私はラトラ・ペルル、お姉さまの妹です」
ユーリは驚き目を見開く。
私の顔をみて、ラトラに視線を戻す。
「失礼いたしました。私は――」
「知っているわよ。お姉さまの護衛騎士に立候補した変わり者さんでしょ?」
「……私は聖女レナリタリーの騎士、ユーリと申します」
「知っていると言ったのに……まぁ良いです。騎士ユーリ、ちょうど貴方に聞きたいことがあったの」
「私にですか?」
ユーリは眉をひそめる。
さっきまでの会話を彼は聞いていない。
なぜ彼女がこの街に来たのかも、彼は知らない。
説明する暇もなく、そんな彼にラトラは尋ねる。
「お姉さまは街の方々に迷惑ばかりかけていませんか? 特に貴方にも苦労をかけていないか心配で。私は妹として、お姉さまがちゃんと役割を果たしているのか見に来たんです」
いや、説明の必要はなかった。
全て彼女が口にした通り。
ユーリも今の一言で状況を理解したらしい。
気のせいか一瞬、彼の表情が怖くなったようにも見えた。
「遠慮せずに答えてくださいね? お姉さまは大丈夫とおっしゃいましたが、真実はどうなのです?」
まるで私が嘘をついているみたいに……
そうとしか聞こえない言い方に、私は視線を下げる。
「……ご心配には及びません。彼女は立派に役目を果たし、街の方々からも信頼されております」
でも、ユーリはすぐ否定してくれた。
いいや、肯定してくれたんだ。
私はちゃんとやれていると。
「ユーリ……」
「そう、貴方もそちら側なのね」
ラトラ?
何か今、ぼそっと言ったような……
「わかりました。でしたら、街の皆さんに直接聞いてみましょう?」
そう言って、彼女は教会の窓に視線を向ける。
いつの間にかそこには、街の人たちが集まっていた。






