14.春の祭り -中-
ケラソス祭りまで三日。
私とユーリはお仕事で街をぐるっと一周した帰り道、何となく広場へ向かっていた。
「今日も皆さん元気で良かった」
「ああ。春が近づくと気温の変化で体調を崩す人が増えるって話だったけど、今年は問題なさそうだな」
「そうだね。お陰さまで今日は挨拶して周っただけになっちゃったけど」
ただ二人で散歩した帰り道みたいな感覚だ。
何だか、おサボりしてるみたいで後ろめたい気持ちにはなる。
「別に良いことだよ。俺たちに仕事がないってことは、それだけ平和ってことなんだから。特に穢れなんて、関わらなくて良いなら一生関わらないほうがいいことだからさ」
「そうだね……うん、そう思う」
私たちが暇をしている間は、みんなが健やかに日々を送っている。
そう思うと、少しだけ後ろめたさが和らいだ。
ただそれでも、多少はモヤモヤが残ってしまうわけで。
これはつまり、まだまだ私がこの街に馴染めていない証拠かもしれない。
「お、見えてきたぞ」
「本当だ!」
話ながら、考えながら歩いていると、いつの間にか広場の近くまでたどり着いていた。
建物の間から木の枝が見える。
大きく太い幹から伸びる無数の枝が、空に手を伸ばす様に生えていた。
「何度見ても大きいねぇ~」
「こんな木は王都にもないからな。一度見たら早々忘れられない」
「うん」
初めてこの街に来て、家々を巡って挨拶をしたときだ。
この広場を偶然見つけて……偶然だったのかな。
何だか呼ばれたような、吸い寄せられたようにたどり着いた気もする。
圧倒的な存在感が放つ見えない力が、私たちに呼びかけたのかもしれない。
だとしたらこの大木は、この街の守り神に違いない。
「こんなに大きな木が花を咲かせたら、きっと綺麗だろうね」
「……」
「ユーリ?」
難しい顔をしている。
「気になったんだが、花っていうのは三日もあれば満開になるのか?」
「え? それはどうなんだろう? 普通は……ないと思うけど」
話ながら一緒に木を見上げる。
よく見ると枝につぼみはあるみたいだ。
それが一つも開いていない。
くまなく見なくても、花がピンク色らしいから咲いていれば目立つはず。
「咲いてないな」
「でもここにしかない珍しい木って話もあったから、三日後には全部一気に咲くのかも!」
「そうならアリサさんが話してくれそうじゃないか?」
「あ、そ、そうかも……」
どんどん不安になっていく。
お祭りに対して密かなワクワクを抱いていたこともあって、わが身のように心配になってきた。
するとそこへ、街の人が通りかかる。
年配のお爺さんで、教会にもよく来てくれる人だ。
「あの、すみません」
「おや? 聖女様と騎士様じゃないですか。どうされました?」
「その、近々ここでお祭りがあると聞いたのですが」
「ああ、ありますよ。ケラソス祭りはこの街で一番のお祭りですからね~ ただぁ……」
そう言いながら、お爺さんはつぼみばかりの木を見る。
悲しそうな横顔が目に映る。
「今年はそんなに盛り上がらないかもしれませんねぇ~」
「あの、やっぱりつぼみの開きが遅いのでしょうか?」
「ええ、今年は冬がそこまで寒くありませんでしたからねぇ~ まだ寝ぼけているんでしょう。この様子だと、祭りには間に合いませんねぇ」
「そう……ですか」
楽しみにしていた分、自分でもハッキリわかるくらいガッカリしてしまった。
街の人の前で落ち込む姿は見せられないと、私は顔をあげて笑顔を作る。
「教えて頂きありがとうございます」
「いえいえ。まぁ遅いと言っても、当日には少しくらい花が見えるかもしれませんから。そうガッカリなされないでください」
「は、はい。楽しみにいています」
落ち込んでいたのが伝わってしまったようだ。
私は胸の中で反省して、大木を見上げ思う。
満開になったら、きっと綺麗なんだろう……と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あっという間に過ぎ、ケラソス祭り前日の昼。
今日も明日も天気は良好。
青空に白い雲がゆっくり流れ、風も穏やかで過ごしやすい一日になりそうだ。
ただ……
「つぼみのまま、だね」
「みたいだな」
ケラソスの木は、まだ寝ぼけているらしい。
当日になってもつぼみは開かず閉じたままだった。
広場では街の人たちが集まり、明日に向けて露店の準備に勤しんでいる。
「ねぇママ~ お花いっこも咲いてないよぉ~」
「そうねぇ。今年はお花はないお祭りになりそうね」
「えぇ~ 楽しみにしてたのに~」
「お祭りが終わって、もう少し温かくなったらきっと咲くわ。それまで我慢ね」
「うぅ~」
せっかくのお祭り。
木の名前を冠した祭りで、主役が寝ぼけている。
ガッカリしているのは私だけじゃなかった。
街の人たちもどこか元気がないように見える。
「……やっぱり、このままじゃ駄目だよね」
「レナ?」
主役がいないままのお祭りなんて寂しい。
だから、起きてもらいたい。
「お、おい! どこに行くんだ?」
「木の幹が触れる所だよ。お願いして柵の中に入れてもらいたいんだ」
「入ってどうするんだ?」
「試したいことがあるの。もしかしたら、みんながガッカリしなくて済むかもしれないから」
人々を救い、癒し、導く者。
それが聖女。
それが私。
これも一つ、聖女の役目だと思う。






