沈静化
「噴火って、どうするの!?」
「元々兆候はあっただろう」
「あっ、まさか最近の地震?やっぱりあれって火山が原因だったんだ」
以前から頻繁に起きていた地震。
精霊の怒りだと周囲が恐れおののく中で、瑠璃は近くにある火山であるウラーン山のことを不安に感じていたのだが、悪いことに当たっていたらしい。
「ただでさえ力のバランスを崩していた所にとどめを刺したようなものだな。私に確認もなく勝手をするからだ」
「そんなこと言ったって、そんなことになるなんて知らなかったし。リン達も何も言わなかったから。
ひー様こそもっと早く言っててよ」
「この地の力は火の力が強く出ている。私が調整していたことなど知らないのだから水の達がどうなるか分からなくても仕方がない」
「だったら……」
「おい、のんきにくっちゃべってる暇ないぞ。噴火したなら早く避難しないと」
「そうだった、早く出よう」
ヨシュアに声を掛けられて我に返る。
このまま洞窟の中にいるのは危険なので早く避難する必要がある。
だが、この中には兵だけではなく信者達もまだたくさんいる。
噴火がどの程度の規模かは分からないが、全員逃げるだけの時間があるか不安である。
周囲に避難を促しながら外へ出ると、山の頂上から煙が上がっているのが見えた。
噴石もあるようだ。
「うわっ、まじやばい。兵士や信者の人達の避難は?」
山の噴火を目の当たりにした瑠璃は不安そうな顔でヨシュアを振り返る。
外で待機していたユアンも合流してきた。
噴煙で視界が悪くなる前に避難したいところだ。
「人数が多い。全員山から出るにはまだ時間が掛かる」
洞窟からは慌てて人々が出てくるが、信者達は縛られた状態なので動きも悪い。
「でも噴火はそれほど大きいものじゃないから下の方まで下りれれば問題ないだろ」
そう言った直後に再び頂上から爆発音が起きた。
「うひゃあ」
思わずしゃがみ込んでしまう。
時間差でパラパラと石が飛んでくるが、今のところ当たっても問題のない大きさだ。
しかし、いつ大きな石が飛んでくるのかと冷や冷やとする。
「まだでかいのが来るぞ」
あまり緊張感のないひー様の言葉だが、その内容は危険だった。
これ以上大きい噴火が起きるとなると、溶岩や火砕流などの被害も危惧される。
山どころか王都まで被害が及ぶかもしれない。
「ねえ、ひー様。力のバランスが崩れて噴火が起きるんだったら、それまで調整していたひー様ならこの噴火を止められるんじゃないの?」
「まあ、可能だろうな」
「だったらお願い!」
切迫したこの状況で叫ぶように頼んだが、返ってきたのはなんとも全てを切り捨てる辛辣な言葉だった。
「何故私がそんなことをしなくてはいけない」
意地悪で言っているというわけではなく、本気でそうする理由が分からないといったひー様の様子に瑠璃も困惑する。
「何故ってこのままじゃ人的被害が出るかもしれないのよ」
「それが精霊である私になんの関係がある?」
「でも、ずっと調整を行ってたんでしょう?山が噴火しないようにじゃないの?」
「何を勘違いしている。山が噴火などしては静かに眠れないだろう。私の安眠のために行っていたにすぎない」
ひどく冷淡な言葉だったが、これこそが精霊の本質なのかもしれない。
元々自己中心的であり、人によって行動を左右されることはない。
己の感情を優先させるのが精霊。
コタロウやリン、そして精霊が瑠璃に優しくするのは、愛し子であり契約者であるからであって、そうでなければひー様と考え方は変わらないのかもしれない。
「でもこのままじゃあ……」
「私はお前に甘い風のや水のとは違う。
私に利益のないことで動くつもりはない」
「利益。利益……」
必死に頭を動かし、ひー様を動かせそうな何かを探す。
「私のお手製クッキーとか……」
「いらん」
「じゃあ、お金……」
「精霊である私に必要だと思うか?」
他に肩たたき券、一日奴隷になります券と、早く何とかしなければと思うほどろくな物が思い浮かばない。
「もう終わりか?なら私は行くぞ」
「ちょっと待って!えっと、そうだ!
美女百人に囲まれたウハウハな宴会は!?」
やけくそで思いついたものを叫んだ。
だが、今までで一番の反応を見せた。
「美女百人……。ふむ、それならばやってやらなくもない」
「本当!?」
「百人だぞ。不細工な奴だったり、数を一人でも誤魔化したら許さぬからな」
「うんうん、了解!」
ゆるゆると口角を上げるひー様は美女に囲まれる自分でも思い浮かべているのか顔が緩んでいる。
瑠璃は上機嫌なこの気を逃すまいと激しく肯定する。
そんな瑠璃の行いに不安を感じたのはヨシュアとユアンだ。
「おいおい、ルリ。あんな約束して大丈夫なのか?」
「後でやっぱり無理でした。なんてことになったら激怒じゃすまないぞ。当てはあるのか?」
「大丈夫獣王様に丸投げしよう。自国の危機が美女百人ですむなら、受けてくれるはず。
私も頭下げてお願いして回るし」
城内で働く女性達はやけに綺麗な人が多かった。
これはひー様同様に女好きなアルマンのせいかもしれないが、城中の女性達に頼んで回れば百人ぐらいなら集まるだろう。
後はアルマンに宴会の場を整えてもらえば良い。
「よし、では風の、私を火口まで運ぶのだ!
美女が私を待っている」
早く美女百人と会いたいのか、先程まで嫌がっていたのが噓のようにやる気に満ち溢れている。
我が物顔でコタロウの背に乗ると、指示を出し空へと駆けだす。
噴煙を上げる火口付近に向かって行ったひー様とコタロウは煙で見えなくなった。
「本当に大丈夫かな?」
別に信じていないわけではないのだが、やっぱり気が変わって止めたと言い出さないか心配だ。
しばらくすると、断続的に続いていた弱い地震が収まり、火口から吹き出す噴煙が止まり始めた。
「……収まってきた?」
「みたいだな」
今の内に避難をしようと、下山を始める。
縛られたままの信者を連れての山道は時間が掛かったが、逃亡の可能性もあるので手を解放することはできない。
幸いその後それ以上の噴火はなかったので、ひー様が何とか抑えてくれたのだろうと判断する。
噴火と共に吐き出された灰がぱらぱらと落ち積もっていくが、無事麓まで下りることができた。
全員何事もなく安堵していると、コタロウが一人だけで山を下りてきた。
「コタロウ、ひー様は?」
『火のなら火口の中に飛び込んでいった』
「えっ!?それって大丈夫なの?」
『火のは火の精霊だ。火の熱さに痛みや苦しみを感じることはない』
しかし今ひー様は人の体を得て実体化している。その体自体は大丈夫なのだろうかという疑問が浮かんだが、例え人の体が焼かれたとしても中にいる精霊が無事ならば問題ないだろう。
最悪、体はなくしてしまっても変えれば済む話なのだから。
『その内帰ってくるだろう。我らは城に帰ろう』
「そうだね」
***
救出した竜族の兵士以外、特に目立った怪我人もなく神光教の教主と信者達の捕縛に成功。
教主と古くからいて愛し子暗殺や死者の蘇生に関わった信者は厳しい取り調べを受け、それ以外の騙されて入信した信者達は取り調べはされているものの、事件には関わっていなかったとして、そこまで酷い取り調べは受けていないようだ。
信者達自身も、生き返ったとされる大切な人達が本当は生き返ったわけではないと説明されて、大人しく従っているようだ。
まあ、中には信じられず騒ぐ者もいるが、比較的少数である。
皆どこか信じたいと自分に言い聞かせつつも、生き返った者達の生前とは全く違う姿に、神光教に対して疑いを持っていたのかもしれない。
城へと帰ってきた瑠璃は、血で汚れた服を脱ぎ、灰を被った体を温泉で洗い流した後ひー様の帰りを待っていたが、中々帰ってこないのでいつの間にか眠っていた。
結局次の日もその次の日も帰って来ず、その次の朝、締め付けられるような苦しさに目が覚めた。
きっとまたカイが上に乗っかってでもいるのだろうと思いつつ、目を開けた視界に広がっていたのは、真っ赤な髪のひー様のどアップ。
驚いて身を引こうとしたが、ひー様の腕が巻き付いていて離してくれない。
身を捩り抜け出そうと試みていると、ひー様の上に掛かっていたシーツが横に落ちた。
途端に瑠璃はぎょっとした。
「ぎゃー!ひー様なんで服着てないの!?」
裸体を惜しげもなく晒すひー様は、裸の状態で瑠璃を抱き締めている。
「離してぇ!っていうか、服を着てぇ!」
「……ん、うるさいぞ、小娘」
半狂乱になって暴れるが、男性の体をしたひー様に力では適わずなすすべはない。
寝ぼけているのか、さらに瑠璃に足を回し子泣きじじいのようにしがみつく。
手も足も押さえつけられては逃げようがない。
「起きて、離れて!」
ベッドの脇ではコタロウ達がいるのが見え、助けを求める。
「何とかしてぇ」
仕方ないわねぇとリンが動こうとしたその時、部屋のドアがノックされ誰かが入ってきた。
「ルリ、声がしたが、もう起きたのか……」
声のした方を見ると、そこには愕然とした表情を浮かべるジェイドの姿があった。
竜王国にいるはずのジェイドが何故ここにという疑問は、ジェイドによって掻き消された。
「ルリ、誰だそいつは!?」
鋭い眼差しで怒りを顕わにするジェイド。
しかしそれも致し方ない。ベッドの上で裸の男と愛しい番いが抱き合っているのだ。
端から見て完全な浮気現場を発見してしまったジェイドの衝撃は計り知れない。
側にはコタロウもリンもカイも、精霊もいるのだが、ジェイドの目には男と瑠璃しか目に入っていなかった。
「浮気……。浮気なのか、ルリ?」
「浮気!?えっ、違います。これは不可抗力っていうか、気が付いたらこんなことになっていて。ひー様とはそんな関係じゃないですから」
浮気と聞いてようやく客観的に見た自分の状況を理解した瑠璃は慌てて説明を試みるが、どうにも浮気を見つかった者の言い訳にしか聞こえなかった。
「ルリはなんの関係もない裸の男と抱き合うのか!?
私という番いがいながら、男と閨を共にするなどっ。
ここはその男に決闘を申し込むべきか?
それとも潔く身を引くべきか?いや、しかしそんなこと私にはできない。私はどうしたら良い」
「いやいやいや、どうもしなくていいですから!」
「おっ、なんか面白いことになってるな」
騒ぎを聞き付けてかひょっこりと顔を見せたヨシュアは、瑠璃とジェイドの様子を見て即座に状況を理解すると、助けるでもなく傍観を決め込んだ。
怒りを通り越し悲壮感を漂わせているジェイドには悪いが、全くの誤解なのだ。
そう説明したいのだが、男に抱き締められたまま言ったところで説得力はない。
なんとかこの腕から離れなければと思っていると、ひー様の足が若干緩んだ。
その隙を逃さず、思いっきりひー様に足蹴りを食らわせると、やっと解放される。
そして飛び起きてジェイドの元へ向かう。
「ジェイド様、誤解ですからね」
「ルリは私よりあの男がいいのか?」
「だから違いますって。ひー様は火の精霊なんですから」
「何、精霊と浮気したのか!?」
「そうじゃなくて……」
ジェイドの誤解を解くのにそれからしばらく掛かったが、コタロウとリンの仲介により何とか場は収まった。




