酒盛り
檻の中に詰めたゾンビ達を空間の中に入れる。
が、そこでちょっとしたいさかいが起きた。
誰もが自分の空間の中にそんなものを入れたくなかったのだ。
それはそうだろう。こんな奇声を上げるゾンビを入れたいと思うはずがない。
互いに押し付け合う中、檻が瑠璃のものであることと、この中で一番空間の中が広いだろうということで瑠璃の空間に収めることになった。
瑠璃は断固拒否したが聞き入れられず、半泣きで嫌々空間の中にゾンビ檻を収納する。
「早く帰って早く出そう。こんなの入れておきたくない~!」
自分の空間の中で蠢くゾンビ達。
想像しただけでぞっとする。リディアは大丈夫だろうか……。
「そうだな、じゃあ帰るぞ」
ヨシュア達竜族が竜体へと変化し、各々空へと飛び立つ。
少しして精霊伝手に、リディアから抗議の声が伝えられた。こんな者を空間の中に入れるなと。
どうやら空間の中で怯えて泣いているらしい。
瑠璃は心の中でリディアに謝りながら手を合わせた。
***
城へと戻ってきた瑠璃達はそのままアルマンのところに報告に向かう。
早速アルマンの前にゾンビ入りの檻を見せると、驚愕した顔を隠せないようだ。
「なんだ、これは……」
「ゾンビです。コタロウいわく、魂のない動く死体だそうです」
「これを神光教がやったのか?」
「まだ分かりません。コタロウにもどうやって死体を動かしているのか分からないみたいで」
アルマンは顎に手を置き考え込む。
今後の対応を考えているのだろう。瑠璃達は口を挟まず静かに待つ。
村全員とまではいかないが、他の村でも死人が生き返ったという話が出ているので、今後も同じようなゾンビが作られる可能性がある。
瑠璃に襲い掛かった実情がある以上、王としても国民の安全のためにそんな得体の知れないものを作らせるわけにはいかない。
早急にこの事態を究明する必要がある。
「血に反応すると言ったか?
こいつらはこちらで預かり、調べさせてもらうがいいか?」
「お願いします」
むしろどうぞ引き取って下さいとばかりにアルマンに押し付ける。
今後の対応を側近達と考えるというアルマンと別れた。
ゾンビが手元から離れてほっと一息。
疲れを癒すため温泉へと向かった。
「そう言えばリディアは大丈夫だったかな」
温泉から出てきて思ったのはリディアのこと。
空間の中にゾンビを入れていたのだ。相当な精神的被害を受けているかもしれない。
ちょっと様子を見に行ってみるかと、空間の中に入る。
すると入った瞬間待っていたのは、目に涙を溜め怒りを滲ませているリディアが仁王立ちしていた。
思わず回れ右をして帰ろうと思ったがリディアがそれを許さない。
入り口がぱっと消えてしまった。リディアが逃げ道を塞いだのだろう。
あっ……という声が虚しく口から出る。
『何処へ行くの、ルリ?』
「いや、えーっと……」
あははっと、乾いた笑い声を上げ誤魔化そうとする瑠璃をリディアは睨む。
「もしかしてかなり怒ってる?」
『当たり前よ!あんな気持ちの悪いものをこの空間の中に入れるなんて、何考えてるの!?』
リディアが怒るのも無理はない。
突然あんな者が空間の中に入ってきたら驚きもするだろう。
しかもリディアはこの空間の中に一人。
恐さも一入だろう。
「だって仕方なかったのよ。他に入れるところなかったし」
『凄く怖かったのよ!』
「ごめんごめん。私だってあんなのをここに入れるの嫌だったのよ。でも皆に押し切られちゃって」
リディアの前に手を合わせ申し訳なさそうに頭を下げる。
しかしその程度ではリディアの機嫌は治らない。
「お詫びに、獣王国の特産品持ってくるから」
『……一つ二つじゃ割に合わないわ。両手に抱えるぐらい持ってきて』
「了解」
どうやらリディアも怒鳴って少し発散できたらしく、お詫びの品と交換で納得したようだ。
『それにしても、あれは何なの?』
「リディアにも分からない?」
『魂がないということぐらいしか』
どうやらリディアもコタロウと同じことしか分からないようだ。
『でもそうね、確か……』
「何?」
『昔、魔女の間では死者蘇生の研究が行われていたとか、ヴァイドから聞いたことがあるわ。そんなこと不可能なのに。
出て行った魂を体に戻すことなんて精霊にもできないのだから』
「魔女……。死者蘇生……」
腕輪のことといい、どうも最近魔女の名を聞いているような気がする。
まさか神光教は魔女と繋がりがあるのだろうか。
できればややこしいことにならなければ良いのにと瑠璃は思う。
***
リディアの所から戻ってきた瑠璃は、夕食をアルマンとセレスティンと共にしていた。
生き返ったという話がウラーン山周辺の村だということで、その周辺の村に兵を向かわせ、調査をすることにしたようだ。
王都内でも神光教の信者の勧誘があったということで、王都内でも捜索を行うらしいが、これまで上手く隠れて行動していたのだ、すぐに手かがりは掴めないだろう。
今後の方針や世間話を加えながら食事をしていたが、妙に瑠璃とセレスティンの食事を取る手が遅い。
食が進まないというわけではなさそうだが、時間をかけながら手を動かす。
まるでわざと時間をかけているように。
アルマンはとっくに終わり、食後の酒にも手を付けていた。
それを一気に煽り食事を終えるが、瑠璃とセレスティンは未だちまちまと食事を取っている。
この後にもやることが山積みのアルマンは立ち上がった。
が、しかし、すぐにセレスティンが慌てて止めに入る。
「アルマン様、まだ私達の食事が終わっていません」
「遅すぎんだよ。いつまで食ってんだ。とっとと食って寝ろ」
「普通です。アルマン様が早過ぎるだけです。もっとゆっくりしていって下さい」
瑠璃もセレスティンに追従する。
「そうですよ、もっとゆっくりしててもいいじゃないですか。お話ししましょうよ」
どうにかしてアルマンを引き止めたいという意志を感じる。
なんでそんなに引き止めたがるんだとアルマンが訝しげに二人を見る。
『ああ、怖いのね』
リンからどこか呆れた眼差しが投げ掛けられる。
『あなた達昼間の奴らのせいで部屋に戻るのが怖いんでしょ』
図星なのかあからさまに視線を逸らす瑠璃とセレスティン。
瑠璃は開き直った。
「だってだってだって、怖いものは仕方ないじゃない!
人の多いとこいないと、静かな場所だと思い出しちゃうんだもん。このままじゃ寝られない。絶対に夜中うなされる。っていうか灯り消せない」
こくこくとセレスティンが首を縦に振る。
「だからもうちょっと一緒にいて下さいー!」
「もうちょっとっていつまでだよ。まさかこのまま朝まで起きてんのか?」
「いけるとこまでいます。
そうだ、セレスティンさん!確か秘蔵のお酒があるとか?」
「ええ、すぐ持ってこさせるわ」
「やけ酒しましょう!酔えば気にせず寝られるかも」
「そうよね!」
セレスティンが声を掛けすぐに秘蔵だという大量のお酒が目の前に並べられた。
愛し子の酔っぱらいなどという危険なものを放っておくわけにはいかない。
何かあったら止められるのはアルマンしかいないだろう。仕方なくアルマンは再び腰を下ろした。
「ルリさんはお酒は飲まれるの?」
「実はあんまり。飲んだのも数えるほどだし、量もそんなに飲んだことないです」
この世界に来るまでは未成年だったし、チェルシーはお酒を飲まなかったので、向こうの世界でも森で暮らしていた頃も一滴も飲んでいない。
竜王国の城で暮らすようになってパーティーなどで幾度か口を付ける機会があったが、度数が強く辛口で、瑠璃にはきつく、ほとんど飲めなかったのだ。
そんな話をセレスティンにすると、同調してくれた。
「確かに竜王国では度数が強く辛口のお酒が好まれますね。この獣王国でもそうなんですが、私も苦手なんです。
ですが、用意させたのは霊王国で作られている果実酒で、こちらは甘口なので女性にとても人気なんです。
ルリさんもこれなら飲めると思います」
薦められるままに一口飲んだお酒はとても甘くジュースのようにごくごくといけそうだ。
「わあ、飲みやすい。美味しーい」
「たくさん飲んで下さい」
横ではアルマンも飲むことにしたのか、グラスに酒をついでいる。
しかしセレスティンのような甘めは好みではないのか、獣王国で作られるきついお酒だ。
飲みやすいためごくごくと飲んでいく瑠璃とセレスティンに注意を与える。
「ほどほどにしておけよ。それは甘口で飲みやすいが案外強いからな。
とくにセレスティン」
「分かっていますわ」
「どうしてセレスティンさんは特になんです?」
「こいつは酔うと厄介なんだよ。
お前も気をつけろ、こいつはからむぞ」
一時間後……。
「どうしてジェイド様は私の気持ちを受け入れて下さらないのー!!」
アルマンの忠告虚しく、セレスティンはしこたま酔っていた。
そして、瑠璃も……。
「にゃはははは。ジェイド様は私にメロメロなんですぅ!
メロメロ……ぷくくくくっ」
何がおかしいのか、床をばんばん叩いて笑い声を上げる。
そんな瑠璃の発言が気に食わなかったのか、セレスティンが目をつり上げ瑠璃の胸ぐらを掴み前後に揺さぶる。
「私というものがありながらぁぁ」
「にゃははは」
「あれほど飲み過ぎるなと言ったのに……」
酔っぱらい二人の姿にアルマンはこめかみを押さえる。
「こんな小娘に私が負けるなんてっ」
セレスティンは屈辱という感情がありありと浮かんだ顔を真っ赤にする。
「こんなってなんです!こんなって」
「こんな貧弱な体の小娘に負けるなんて私のプライドが許せません」
「貧弱とは失礼な!」
セレスティンは瑠璃の体を上から下に見ていき、胸に視線を止めると、上から見下すように笑った。
「今鼻で笑ったぁぁぁ!」
目に涙を溜め、うわぁぁんと泣き始めた瑠璃。
酔っているので笑って泣いてと喜怒哀楽の変化が激しい。
「そんな体で、よくジェイド様の隣に立てますね」
痩せているが出るとこは出ているセレスティンは、露出の高い服を着ていても似合っていると言えるようにスタイルが良い。
一方の瑠璃はセレスティンと比べると若干胸の辺りが見劣りするのは確かだ。
「私はスレンダーなだけだもん。
自分の胸が大きいからって強気になってぇ。そんなの脂肪の塊じゃない!」
「ふん。負け犬の遠吠えかしら。
ジェイド様の番いとなるなら、容姿もそれに相応しくなくては。
そんな体でジェイド様を癒せるとでも思っていて?」
「ちゃんと癒せます!
ジェイド様はもふもふ好きなんです。私の猫の姿を可愛いって、癒されるって言ってくれてるんですから!」
「あーら、それは猫ならあなたじゃなくても、誰でも良いんじゃないのかしら。
私が猫になってもジェイド様を癒して差し上げられるわ。
あなたの腕輪よこしなさいっ!」
「嫌です嫌です!ジェイド様を癒すのは私の役目なんですから!」
お酒が入っているせいか互いに遠慮がない。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を横目にアルマンは静かに酒をあおった。
夜はまだまだこれからだ。




