リディアとお茶会
ジェイドの要望で一緒にリディアの元へと行くことになった。
出掛けることを伝えてくるとジェイドは一旦執務室へ。
瑠璃は先に庭園に向かった。
そこには大人しく待っていたコタロウと、コタロウの頭の上にちょこんと乗ったリンがいた。
『ルリ、クッキーはできたの?』
「うん」
『我、大人しく待ってた』
尻尾をぶんぶんと振り、待ちきれないと全身で伝えるコタロウに瑠璃はくすりと笑う。
「おまたせ。はい、クッキー」
コタロウとリンの前に置くと、コタロウは尻尾を更に振りリンは空中でくるりと一回転して喜びを表現した。
『ありがとうルリ』
『我はルリの作るクッキーが一番好きだ』
コタロウにはチェルシーと暮らしていた時にクッキーだけではなく、おかずや別のお菓子を何度か作ってあげたことがある。
「ありがとう」
率直な賛辞に瑠璃はどこかの誰かとは大違いだと思いつつにっこりと微笑んだ。
コタロウとリンが食べ終えた頃、ようやくジェイドが姿を見せた。
「遅かったですね、ジェイド……様……?」
てっきりジェイドだけだと思っていたが、その後ろにはユークレース、フィン、アゲットの姿がある。
不思議そうにしている瑠璃の顔を見てジェイドは苦笑を浮かべた。
「すまないルリ、フィン達も共に連れて行っていいか?」
「皆もですか?
まあ、長居しなければ特に問題ないとは思いますけど、どうしてそうなったんですか?
フィンさんはジェイド様の護衛なので分かるとして、王様がいないのに宰相もいなくなって大丈夫なんですか、ユークレースさん」
「クラウスがいるから大丈夫よ。
本当はアゲットも置いていくつもりだったのだけど………」
ユークレースは隣にいるアゲットをちらりと見る。
「伝説の時の精霊に会えるというのに仕事なぞしておれるか」
誰よりも期待に満ち溢れるアゲット。遠足が待ち遠しい子供のようにそわそわしている。
おめかしのつもりか、顎髭を結ぶリボンがいつもより豪華だ。
「まあ、広いので人数制限はありませんけど、本当に良いんですね?
長くいると精神が壊れるらしいので気を付けて下さい」
そこは聞いていなかったジェイド達がギョッとする。
「そ、それは大丈夫なのか……?」
ジェイドが頬を引きつらせながら問い掛ける。
「長居しなければ大丈夫ですよ」
そうは言うが、後ろにいるフィン達はもの凄く不安そうな顔をしている。
そんな周囲を放置して瑠璃は自分の前に空間を繋ぐ入口を作り出す。
人数が多いのでいつもより大きいのを作った。
「行きますよー」
躊躇うジェイド達をよそに瑠璃は行き慣れた空間の中へさっさと入っていく。
ユークレースはアゲットと顔を見合わせどうするか考えているようだが、ジェイドが先に扉へ向かい歩を進めた。
そしてフィンも後に続く。
「長くいなければ大丈夫だとルリが言うのだから大丈夫だろう」
未だ躊躇いをみせるユークレースとアゲットに向かいそう告げ扉の中に消えていった。
行くぞと言うようにユークレース達を振り返ってからフィンも後に続くと、ユークレースとアゲットも意を決したように扉へ向かった。
空間の中は荷物を入れる場所であり、自分自身が入るなどと考えたことがなかったジェイド達には、その中に入るのは興味と共に不安と恐れを感じる。
恐らく瑠璃がいなければ一生入ることはなかっただろう。
扉の中は予想外に広い。
それは瑠璃の魔力の多さを示しているのだが、その広さよりその中にある、埋め尽くさんばかりの財宝に目を奪われた。
ジェイドの後から入ってきたフィン達もぽかんとこの光景を見て固まっている。
これは色々問い質さなければと思うジェイドの前で瑠璃は何もない場所へ向け叫ぶ。
「リディア、遊びに来たよ-!」
すると何もない所に、ふわりと幽霊のように透き通った女性が現れた。
『いらっしゃい、ルリ』
リディアはにっこりと笑みを浮かべ挨拶した後、瑠璃の後ろにいるジェイド達の姿を目に収めた。
「あらあら、今日は随分お客様が多いのね」
「ジェイド様達がリディアに会いたいって。
リディアと契約していなくても、少しぐらいならここにいても大丈夫なんでしょう?」
『ええ、少しならね』
それを聞きジェイド達はホッとしたように表情を緩めた。
「うーん、この人数じゃあいつものテーブルだと小さいよね。大きいテーブルあったかな?」
『それなら………』
リディアが空いた場所に手をかざすと一瞬でその場に大きいテーブルが出現する。
リディアはこの空間に存在する物ならば何でも移動させられる。別の空間からですらだ。
その間、周囲に無造作に積み重なっているお宝の山に視線を向けるユークレースとアゲット。
女子力が高く沢山の宝石や装飾品を持ち、かつ竜王国の有能な宰相ユークレースは即座にそれが本物か偽物か判断して価値をはじき出す。
そして竜族という長命の種族の中での老人という、人間とは比べものにならない時間を生きてきた生き字引のアゲットは、色々な理由でなくなった宝と似た物があるのを目敏く見つけていた。
そんなこととはつゆ知らず、瑠璃はその辺にあった椅子を並べ座べテーブルに座る。
リディアも実体化して瑠璃の隣に座った。
本来精霊はリンやコタロウのように誰かの肉体をもらわなければ実体になれないが、リディアはこの空間の中で実体化することができる。
なので実体化した今、見た目は人間とそう変わらない姿をしている。
違うのはその身から溢れる生き物とは異なる雰囲気だろう。
人のような姿をしていても、どこか人間味を感じさせない厳かで神聖な雰囲気を醸し出している。
「はい、クッキー作ってきたよ」
実体化すれば食事もできるリディアに、作ってきたクッキーを渡す。
『ありがとう、ルリ』
嬉しそうにするリディアに満足し、瑠璃は次にお茶を入れる。
食器は勿論、お湯や茶葉もこの空間に入れてある。
それは今日のようにここでお茶会をする時や、いつでもリディアが好きな時に食事を楽しめるようにするためである。
人数分のお茶を入れたところで自己紹介を始める。
「リディア、こちらがジェイド様。今の竜王様よ」
「初代竜王と契約していた時の精霊にお会いできて光栄だ」
竜王たるジェイドが普段はすることのない上位者に対する礼を取ろうとした所で、リディアがそれを止める。
『固い挨拶は不要よ。
精霊はそもそも人が作った礼儀に興味はないし、私の契約者は二人共気さくな性格だからそういう対応には慣れていないの。
特に前の契約者に関してはそんなものと無縁だったし……』
文句を言いつつも、前の契約者と口にするリディアは穏やかな表情をしている。
「あなたは初代とは恋人同士だったのですか?」
宝物庫にあった初代の隣にある女性の絵。
長らく謎となっていたが、リディアを目にしてそれが誰かが判明した。
精霊と恋するなどという話はどの種族でもこれまで聞いたことがなく、好奇心のつもりだったが、ジェイドはすぐに聞いたことを後悔した。
「私と彼が恋人同士だった事は一度もないわ」
そう寂しげにリディアは笑った。
しかしすぐに何事もなかったかのように表情を変える。
『どうしてそんなことを聞くのかしら?』
「城の宝物庫にある初代竜王の肖像画の隣にあなたの絵が並んでいるのです。
生前、この絵の者がいるから結婚はしないと言っていたようですが、彼の周囲に絵のような人物がおらず、ずっと謎のままだったので」
『そう……』
「申し訳ない」
謝罪するジェイドにリディアはきょとんとした後、小さく笑った。
『ふふふっ、どうして謝るの?
とてもいい話が聞けたわ、ありがとう。
あの人の外でのことはよく知らないから嬉しいわ。
良ければその私を描いた絵を見せてもらえるかしら?あの人がどういう風に私を見ていたか知りたいから』
「ええ、今度ルリに渡しておきます」
あえてなのか、リディアが嬉しそうに笑ったことで気まずい雰囲気が晴れ、和やかな空気が流れる。
気を取り直して他の紹介を終えると、当初の目的を思い出した瑠璃が切り出した。
「ねえリディア。何か売ってもいいものあるかな?」
『ここには大概の物が揃っていると思うけど、売って何か買いたい物でもあるの?』
「うん王都に家を買いたいのよ。
両親とお祖父ちゃんがこっちに来るらしいから、暮らしていけるように家や日常生活で必要な物を用意しておきたいの。
家具や日用品はこの中にありそうだけど、王都の家を買うには食堂で働いていた給金だけじゃあ足りないから」
流石大国の王都だけあり、土地の価格がかなり高いのだ。
食堂で働いていた時期も短く、到底足りない。
そこで瑠璃以上にこの瑠璃の空間の中にある物のことを知っているリディアに売っても良さそうな物を聞く。
『お金が欲しいなら、ヴァイトが残したお金を使ったら?』
リディアが視線を向けた先には積み上がったお金の山。
それらは初代竜王ヴァイトの遺産で、彼の意志により瑠璃に所有権を譲られた物だ。
家を買いたいならばそのお金を使って問題ないのだが………。
「でも、そのお金って竜王国の古いお金みたいで、今の貨幣とは違うみたいなのよね」
『あらそうなの?だったら………』
「ちょっと待った-!」
代わりに別の物を提案しようとしたリディアの言葉を遮り、ユークレースが待ったを掛けた。
「どうしたんですか、ユークレースさん?」
「聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」
「どうぞ」
よくぞ聞いたとばかりにジェイド達の視線が真剣みを帯びる。
「この空間はルリの作った空間なのよね?
という事は、ここにあるものは全てルリのものなの?」
「はい」
瑠璃が頷くと、次にジェイドが質問する。
「どうやってこれほどの資産を手に入れたのだ?
まだこちらの世界に来て数年だろう」
「ここにある物のほとんどがリディアの前の契約者である初代竜王様の物です。
彼がリディアの次の契約者に全部譲るって言い残していたので、リディアの契約者である私が譲り受けたんですよ」
「初代の遺産!?」
ジェイド達は驚きの表情を浮かべ。
特にアゲットは身を乗り出して驚いた。
「まあ、リディアが他の空間から持ってきた物も結構ありますけどね」
ぽつりと呟いた瑠璃の言葉を拾ったジェイドが問う。
「どういうことだ」
「空間は作った持ち主しか開けないので、持ち主が亡くなった空間は、リディアが順次消していくんですよ。
で、その中で使えそうなのをここに持ち込んだり、他の人の空間に放り込んだりしているんです」
「他人の空間に入れるのか!?」
『誰でもじゃないわ。それができるのは時の精霊たる私と契約者だけよ』
「つまりルリは他人の空間に入れると?」
「はい。時々リディアと一緒に空間を消す手伝いをしてますから」
瑠璃が思い浮かべるのは、リディアと瑠璃だけが入れる、世界中の人達が作り出した空間と繋がっている、暗闇の中に浮かぶ螺旋の階段のある空間。
ヴァイトから譲り受けた遺産の中には、ヴァイトの死後リディアが消滅させる空間から持ってきた物も数多くあったが、今ではこの中に瑠璃が持ってきた物もいくつかある。
「それは現存している者の空間にも手が出せるのか?」
「できますよ。
………あっ、間違ってもまだ持ち主のいる所からは取ってきてませんからね!」
螺旋階段側から扉を開ければ誰の空間にも侵入可能だが、そこの一線は守っている。
何やら考え込むように難しい顔をするジェイド達に瑠璃は慌てて弁解する。
しかしジェイド達が考えていることは別のこと。
他人の空間に入り込めるという事は、空間を作った者の全ての資産を手にできると言っているようなものだ。
そして取ったとしても証拠が残らない完全犯罪。
空間は個人しか開けないということで、多くの者が特別大事な物を空間に入れる。
そこに介入できるとなれば、その能力を欲する者はいくらでもいる。
「ルリ、私達以外にそのことを話した者はいるか?」
「チェルシーさんには話しました。
私だって馬鹿じゃありませんから、そんな危険なこと、信頼できる人にしか話しませんよ」
それを聞いてジェイドは安堵の表情を浮かべた。
それと同時に、猫になったりと色々予想外なことを起こす瑠璃にきっちりと念を押す。
「そうか、それならいい。
今後絶対に他には話さないように。
欲に目が眩んだ者に目を付けられたら大変だからな」
「はい、分かりました」
ジェイドの言葉に頷いたところで、ユークレースが話を戻す。
「それで、先程話に出ていた竜王国の古いお金のことだけど………」
瑠璃は席を立ち、山を築いているお金の山から数枚を取りテーブルの上に乗せる。
「これです」
テーブルの上に置かれた竜王国の古いお金に、ジェイド達の視線が釘付けとなった。
「古いお金でも、換金したり今のお金に替えたりできるんですかね?」
瑠璃の世界でも古いお金を集めているコレクターがいて、あまり出回っていない珍しいお金だったりしたら売れたのを思い出す。
もしくは銀行に持って行けば新しいお金に替えてくれたりとか。
「最悪、火の精霊達に溶かしてもらって、素材として王都の武器屋にでも持って行こうかな」
何の鉱物かは分からなかったが、金貨のようで少し違う古いお金。少なくとも素材としては売れるだろうと思い口にしたのだが、ユークレースをはじめジェイド達の表情が焦ったようになる。
そしてユークレースが声の限り叫んだ。
「駄目よー!!」
ユークレースの突然の叫びに瑠璃はびくりと体を震わせる。
その横ではリディアも大きな声に驚いていた。
「びっくりするじゃないですか、ユークレースさん」
「あなたが溶かすなんて言うからでしょう!
そんな貴重な物を溶かすなんて何考えているのよ!?」
「へっ、貴重なんですか?」
確認するように全員の顔をぐるりと見渡し最後にジェイドの顔を見ると、苦笑を浮かべ頷いた。
「竜王国の古い貨幣は初代竜王の時代にある鉱物から作られていたんだが、その鉱物が初代竜王の死後めっきり採れなくなって、次の代の竜王の時に今の貨幣に変えられたんだ。
その鉱物は武器や防具としても良い素材で、貨幣をどんどん加工していったから、今では貨幣の形で残っている物は希少だ」
「じゃあ武器屋に持って行けば高く売れますね」
「だから駄目だって言ってるでしょうが!
売るなら国に売って頂戴!!貴重な国の歴史物なのよ」
くわっと目を剥き怒るユークレース。
別に家を買うお金が入ってくるならどこに売ろうと構わないので、とりあえずテーブルの上に乗せたお金をユークレースに渡した。
高価な物らしいので、その数枚でどれ位の値段になるか確認してから、足りないようなら追加で買ってもらうつもりだ。
「それにしてもどうして急に採れなくなったんですか?
貨幣にするんですから、今後もそれなりの量を採れると判断したから貨幣の素材に使ったんでしょう?」
「初代竜王の時代のことよ?私が分かるわけがないじゃない」
「ごもっとも」
ヴァイトの謎の恋人の話は、残された肖像画と共に話が語り継がれていたので今にまで当時の話が残っていたが、当時の自然現象の原因やその鉱物を使った理由までは、いくら宰相のユークレースと言えど知っているわけではない。
しかし、この場には初代竜王の時代のことを知るリディアがいた。
『きっとヴァイトが死んで、カイがいなくなったからね』
「カイ?」
『ヴァイトと契約していた地の最高位精霊よ。
カイがヴァイトを加護していたから、そのヴァイトが守っていた竜王国の土地も影響を受けて良質な鉱物が採れていたのでしょうね。
でもヴァイトがいなくなって、カイも竜王国を去ったから鉱物が採れなくなったのよ』
へぇーと呑気に返事する瑠璃以外は、真剣な顔でリディアの話を聞き入っていた。
何にせよ、これで王都に家を買う資金が調達できた。
瑠璃は内心でよっしゃーっとガッツポーズをする。
次は街に下りて家探しだ。




