32.開かれた心②
ヒューイは拳を固く握り締め、少しだけ俯きながら話し始めた。
「エドワードは結婚してからどんどん良い男になっていった。それは君という伴侶を得たからだと君に会ってすぐに気がついたよ。気づけば彼の隣にいる君を目で追っていて、どうしようもなく君に惹かれている自分がいた。だが君は彼の隣でいつも幸せそうに笑っていた。誰から見ても幸せそのもので、二人の仲を壊そうなんて考えられなかった。
だから俺は諦めた、叶わぬ思いを胸に秘めてそっと見守ることを選んだんだ。
ここまではよくある片思いの話だ。
だがエドワードが記憶を失って戻ってきた時、みんなが君の存在を大事にしろと忠告していたが俺は何も言わなかった。それは彼が彼なりの誠実さを示していると感じたからだ。
形だけ正妻を大切にして、君の教養や人脈を利用する為に離縁せずに飼い殺しにすることも伯爵家当主である彼には簡単に出来たはずだ。だがあいつはそれをしなかった。妾と子供を大切にすることで君に一切期待を持たせず離縁する選択肢を与えた。周りは酷い奴だと言っていたが、俺はただ不器用な奴にしか見えなかった。
エドワードの行動を否定しない俺を軽蔑するかい…」
彼はまるで罪を告白するように話していた。
そして私に許しを請うように尋ねてくる。
彼が許しを請わなければいけないことなど何もないのに。
「そんなことないわ。私の気持ちを知っていたエドワードはもっと私を上手に利用だって出来たのに、彼は馬鹿正直に今の思いを大切にして私に何も偽らなかった。それは一見酷い扱いだったけど、記憶を失った彼が出来る最善だったんだと…今は思っている。彼は誠実で不器用な人だったのよ。
家族ほど近くなく他人ほど離れていない従兄弟だからこそ、そんな彼をあなたは理解出来たんだと思う。
だからヒューイは何も間違っていない。私はあなたを軽蔑なんてしないわ。あなたはちゃんと見て判断していただけ」
ヒューイが気に病むことではない。
それに忠告する人が一人増えたからといって何も変わらなかったと思う。
私の言葉を聞いてもヒューイの表情は変わらなかった。
「有り難う、マリア。でもそれだけじゃないんだ。いつかあいつが記憶を取り戻したら君を選ぶと俺は確信していた。君をずっと見ていた俺は二人の愛がどんなに深いものか理解していた。
それなのに、俺はエドワードにそれを告げなかった。王太子の側近の力を行使すれば、ラミアの存在を本邸から遠ざけるとか出来ることもあった。
それによっては未来は変わっていたかもしれないのに、俺はあえて何もしなかった。
君が絶望に打ちひしがれているのを見ていながら。
これはエドワードの誠実さは関係ない。
自分の想いを優先させただけだ。
呆れるくらい勝手だよな、俺は本当に…。
…すまない、マリア。
俺が君を愛していたから、真実の愛を取り戻す機会を君から奪った…」
こんなヒューイは初めてだった。弱々しくて自信がなくて今にも泣きそうな顔をしている。
愛を伝えている顔には見えない。
もしかしたら自分が愛を告げていることに気づいていないのかもしれない、彼にとってこれは罪の告白なのだろう。
ヒューイ、そんな顔しないで。
私があなたを嫌いになるなんてないわ。
だってこんなにも愛しているのよ。
彼があの時に何かをして変えなければいけないことなんて一つもなかった。
だってあれは私とエドワードの問題であって、どんな形であれ二人で解決しなければ意味がなかった。
そしてその結果に後悔など一切ない。
「あれはすべて運命だったと思っている、大きな見えない力に抗う術は誰にもなかったのよ。
でもね、私は何も後悔はしていないわ。
これで良かったと心から思っている。
だって今があるもの。
ここでヒューイと一緒にいられていることが全てだわ。愛しているわ、ヒューイ。あなたと一緒にいられる時間をくれてありがとう」
彼に隠していた私の想いを伝える。彼の為に今伝えるべきだと思ったから。
彼には自分の行動を苦悩したまま、前に進んで欲しくない。
そして彼にこれからすべてを伝えよう。
そうしたら彼はきっと私から離れていくだろう。
それでいい、彼には誰よりも幸せになって欲しいから。




