19.近づく距離②
季節外れの嵐はすぐに通り去っていくと思っていたが、その進みは思いの外遅く、その勢いは時間とともに増していく。
朝は曇り空だったのに夕方頃には急激に天候が崩れ雨風が強くなっていた。
家の中で大人しく過ごすぶんには大丈夫だが、この天候のなか馬を走らせ王都に戻るのは無謀というものだろう。
「ヒューイ、慣れた道とはいえこの天気のなか王都に戻るのは危ないわ。今晩は我が家に泊まって、明日天気が回復してから帰ったらどうかしら?」
これはこの地を治める伯爵家の令嬢としては当然の申し出だった。
突然の来客でも伯爵家である我が家なら十分に対応できる。部屋だってあるし家族もヒューイなら大歓迎するはずだ。
逆にこんな天候のなか帰らせたと知ったら、家族から『なぜ我が家に呼ばなかったんだ!』と叱られるだろう。
「ありがとう、お言葉に甘えてさせてもらうよ。
流石にこの天気では馬が可哀想だからね」
彼もこの嵐で帰るのは危険だと判断したのだろう、私の提案に素直に頷いてくれる。
そして孤児院での仕事を終え、彼を連れて屋敷へと帰ると両親と兄は予想通り『よく来てくれた!』と彼を歓迎した。
兄に至っては『秘蔵のお酒を出すから飲み明かそう』と言い出し、お酒をあまり嗜まない父も『私も一緒に』と張り切っている。
ヒューイを交えての夕食はいつも以上に賑やかで誰にとっても楽しい時間となった。
その後は男性陣はお酒を嗜み、私と母は紅茶を飲みながら、みんなで何気ない会話を楽しんでいた。
秘蔵のお酒を飲んで上機嫌になっている兄は軽い口調で私に話し掛けてくる。
「そういえば、そろそろマリアも夜会に出てもいいんじゃないか?」
そのサラリとした言い方に反して言っている内容は重い。
私は領地に来てから社交界からは遠ざかったまま。
家族は今まで私に対して夜会への参加を促すことは決してなかった。
『ここにいればいい』と言ってくれた家族の言葉に嘘はない。
しかし領地に閉じこもったままでなく、新たな幸せを私が掴むことを家族が心から願っているのも事実だ。
それは娘であり、妹である私を愛しているからこそ。
「そうね、ノーマンの言う通りかもしれないわ。マリアは踊るのが好きなのだから、たまには夜会に出て楽しんでらっしゃい」
兄の言葉に母も明るい口調で同意を示し、父も静かに頷いている。
決して私に無理強いはしていない。
ただ娘である私の心が癒えてきただろうと次の段階に進むことを見守っている。
私の幸せだけを願っている。
その優しさに守られ私はここにいる。
お兄様、お母様…お父様…。
……ありがとうございます。
私も…、もう大丈夫だと思っている。
でもその一歩を踏み出すのは勇気がいる。
その勇気が持てない臆病な私。
そんな自分は嫌になのに。
…何も言えないままでいる。
そんな私にヒューイが声を掛けてくる。
「マリア、良かったら俺にエスコートさせてくれないか?ほら俺は噂が噂だから、女性から敬遠されて人気がなくてね。いつも一人で夜会に出席しているんだ。だがそうなると親切な親戚がいろいろと煩くてね。
どうだろう、可哀想な俺の平和を保つために協力してくれないかだろうか?」
ヒューイの口調も兄や母と同じくらい明るかった。
確かに婚約者でも血縁でもない女性を夜会でエスコートしても、節度ある態度を保てば常識の範囲内として認められる。
だから知り合いである私のことを彼がエスコートしても問題はない。
でも彼の申し出は、彼が言うように彼自身の為ではないことは分かる。
彼は私のことを気遣ってくれている。
どんな噂があろうとも侯爵家の嫡男で、王太子の側近である彼は引く手数多なはずだ。それにヒューイの凛とした男らしい容姿とブレることがない姿勢に惹かれる女性は多いだろう。
敬遠どころか一人で夜会に参加したら女性達に囲まれているに違いない。
…離縁した私の隣にいるような人ではない。




